いけ好かないイケメンが涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら動画サイトで動画を投稿し続けている
生ぬるいホラーです。
深夜二時すぎ。
なんとなく眠れなくなって動画サイトを開いた。
バンジージャンプやスカイダイビングみたいに落下する動画を見たくなって検索した中に、妙に顔の造形が良い男性の配信者がサムネイルをしているものがあった。
黒髪をツーブロックにわけて、いかにも女性にモテそうなイケメン。
カメラを一点に固定して、妙に怯えた表情でバンジージャンプの準備をする。
さん、にぃ、いちの合図でもなかなか飛べない。
やっとの事で飛んだら、イケメンらしからぬ絶叫が響いた。
戻ってきた彼はその造形の美しさを台無しにするぐらい涙と鼻水でぐちゃぐちゃになって。
それを見た僕ら視聴者は妙に嗜虐心を煽られたのだった。
このいけ好かないイケメンがもっと泣く姿が見たい。
そう思って次の動画を探そうかと思った時、終わり間際のバンジージャンプ動画から甲高い女の笑い声が聞こえた。
「あはははははははははは!!!!!」
あー、撮ってたのはこのイケメンの彼女かな?
なんて気にもしなかった。
バンジージャンプの次に更新されていたのは激辛メニューに挑戦や、大食いチャレンジの動画。これはあんまり面白くなくて途中で見るのを止めた。
その次にヤバいと噂の心霊スポットの廃墟に一人で行く動画があった。
イケメンのくせに、その顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして、長い足を震わせて、情けないほどのへっぴり腰におおいに笑わせてもらった。
廃墟の壁にすこし癖のある字で『ぜったいに許さない』なんて書かれてて、それを見たイケメンが面白いぐらいに絶叫して転げまわりながら廃墟を走り出た。
バンジージャンプよりさらにぐちゃぐちゃになった顔のアップで動画が締められる瞬間、また彼女の笑い声が響いた。
「あはははははははははは!!!!!」
その後もイケメンが泣いて怯えて痛い目にあったりする動画の配信が続いた。それを僕はゲラゲラ笑いながらSNSに共有したり、友達に教えていた。
おかしいなと思いはじめたのは、スズメバチに刺されてみるという動画が出たとき。
さすがに命の危険を感じたらしい視聴者は通報しましたとコメントを続々と投下した。その時まだ僕は通報しなかった。
次に山の中にパンツ一丁で手足を拘束されながら二十四時間過ごす動画。その山は熊も出ると有名な山だった。
真っ暗の中、怯え続けながら「ごめんなさいごめんなさい」と呟く彼。
辺りから熊みたいな野生動物の唸り声が響く。
朝になって明るくなると、せっかくのイケメンは色んな虫に刺されて身体中がボコボコに腫れ上がっていた。
それでも帰ることは出来ずに、また怯え続けながら、糞尿すら垂れ流しながら、彼は山の中に拘束され続けた。
「ごめんなさいごめんなさい許してくださいごめんなさい許してくださいごめんなさい許してくださいごめんなさい許してくださいごめんなさい許してくださいごめんなさい許してくださいごめんなさい許してくださいごめんなさい許してくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
彼は終始それしか呟かなかった。
これはさすがに通報した。彼が好きこのんでこの配信をしているわけでなく、誰かに脅されている犯罪の可能性が濃いと思ったからだ。
他の動画も全部通報した。よくよく考えれば動画サイトのコンプライアンスにも引っかかる。通報すればイケメンのアカウントは停止されるはずだ。
それなのに、通報しても通報しても、そのアカウントが止まることはなかった。
再生回数は伸びに伸びた。チャンネル登録者もどんどん増えていく。
コメントはイケメンを心配する声や、通報したというコメントも多かった。
残念ながらもっとやれと煽るコメントも多かった。
さらには爪を剥がす動画や、小指を切り落とす動画さえ投稿された。
その頃にはきっと視聴者も飽きたのだろう。
「はいはい、どうせCGかなにかだろ」
「こんな動画を配信して何が面白いの?」
「くそつまんねー」
「やるならもっと死にそうなことやれよ」
「もう飽きた」
「ビビり方がワンパターンすぎる」
なんてコメントで溢れた。
下がる再生回数、減っていくチャンネル登録者。
それでもアカウントを消されることはなかった。
イケメンが泣き叫ぶ動画はどんどん増えた。
終わり間際に必ず甲高い笑い声を入れて。
四月二十日。
配信が始まって三年過ぎたころだった。
『お詫びとご報告』
そんなタイトルの動画のはじめは、やっぱり綺麗な顔をしたイケメンが山の中で正座をした状態で始まった。
「えー…っと」
緊張した面持ちでイケメンが話しはじめた。
「…俺は、結婚をしているにも関わらず、不倫をしてしまい…さらに、相手のご主人に慰謝料を払うために俺の妻の…大事にしていた義母の形見を、売りはらってしまいました」
何言ってんだこいつと思った。予想外のクズさにビックリしたものだ。
「そのせいで、妻とケンカになって、俺は妻を殺してしまいました。不倫相手と、この山に埋めました」
その瞬間カメラがごそごそと動き、固定カメラになったかと思ったら、画面の右端から見たことの無い女が出てきて彼の真横に座った。
彼女は元は普通の可愛い女の子だったろうに、その顔は誰かに殴られ続けたように紫色に腫れ上がっていた。
黙って隣に正座した彼女を横目に見ながら、彼は続けた。
「この山の…○○県○○市○○山に、妻を埋めました。目印はこのゴルフクラブを立てておきます」
地面にゴルフクラブを深く突き刺して、また正座に戻った。
彼は小指がない両手を膝の上で握りしめた。
「動画を投稿し始めたのは…彼女のご主人に返す慰謝料を稼ぐためでした……で、でも、だんだんっ…おかしくなっていって…」
ちらりと横の女性を見る。おそらく、この腫れ上がった顔の女が不倫相手なのだろう。
女の両手の小指も、なかった。
「あ、あの後っ! 廃墟で…心霊スポットで…! あいつの文字で…ゆ、ゆるさないって書いてあったのを見てから…!!」
突如、甲高い笑い声が響いた。
しかし彼の隣の女は口を固く閉じて震えている。
「だんだん、チャンネル登録者が増えていって…!! 俺たちの身体は勝手に動いてっ…! 配信を、はじめたんです…!」
彼の隣の女が口を開いた。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう許してください。ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい」
ブツブツと、繰り返されるその声は、聞こえ続けている笑い声より明らかに低い別人の声だった。
「か、彼女のご主人への慰謝料は払い終わりましたしっ…妻の、形見はっ…取り戻しましたっ…!」
二人がそろって土下座した。
「妻を、こ、ころして今日で、さ、三年がっ、す、過ぎました! ぼ、ぼくたちは…じ、自首、しま、す…」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
二人の頭頂部が見える。額が土についた。二人とも、ごめんなさいごめんなさいと繰り返し呟く。
そこで、画面が真っ暗になった。
呆然と黒い画面を見続けたあと。
『ゆるさない』
と、高い女の声が聞こえた。
次の日、僕は友人と一緒にその山へ向かい、男女二人組の死体を見つけた。
二人とも恐怖で顔を歪ませて、全身を滅多打ちにされたような無惨な死体だった。二人のそばには土と血がついたゴルフクラブが落ちていた。
イケメンは殴られて頭が陥没して、脳漿をぶちまけてあってもやっぱりイケメンだった。浮気するようなクズらしいし、死んだ後の姿を見てもやっぱりいけ好かないとしか思えなかった。
それから男女二人組の死体からすぐ近くの地面から白骨死体を発見した。まるで一回掘り起こしたあとにもう一度地面に埋めたみたいに、半身が軽く出ていたからすぐに分かった。
どうやら彼女の復讐は完了したらしい。
すぐに警察に通報した。動画サイトの話をしてもなかなか信じてもらえなくて大変だった。
あの動画サイトのチャンネルは、もう見つからなくなっていた。
ありがとうございました。
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