長野看護師の休日 サラダランチ
長野珠穂はおでかけすることに決めた。予定していた銀座へではなく、地元の駅前商店街へだ。ちょっと残念である。すこおしおしゃれして銀座を歩く、ハイブランドのお店やデパートを覗いてみる、混雑しているというほどではなくそれなりに人出でざわついている大通り、中央通りを歩くのも楽しいし、築地側の路地に入ってみるのも楽しい。ちょっとおしゃれして散歩する。そしてそうした路地にあるお店でお食事、というのが月に一度か二度の楽しみになっている。
地元を歩くときはちょっと違ってくる。おしゃれと言っても不断着よりはまし、というレベルだし、しっかりメイクした、とまでは言えない。場合によっては帰りに晩御飯のお惣菜を買って帰る、日常の一コマと考えてしまう。もちろん、そういうときにこそおしゃれしたい、おしゃれするって人がいることも知っている。ただ、珠穂はそれをしない、というだけ。
商店街にならんだブティックは店構えも品ぞろえも銀座とは違う。近隣住人の身の丈にあったお店だ。庶民の生活の一部。この風景に溶け込むことの心地よさを感じながら歩く。
目的のサラダやさんの前に着いたとき、携帯が鳴った。音声着信ではなく、SNSのメッセージだ。
扉を開けて店に入る。壁やテーブルは白い。それだけで明るいお店に見える。ちょっと広めの喫茶店という感じかな。
お店はふつうよりちょっとおしゃれ、という印象だけど、サラダ専門店というのは田舎町の駅前の日常の延長から外れているような気もする。目新しい業態を受け入れる余地がこの街にあるんだろうか?商売のことはよく知らない珠緒からも心配される店。店主にはがんばってもらいたい。すくなくとも、ネットでの評判はいいらしい。
メニューには葉物を盛りつけた上にバンバンジーや鶏そぼろ、おさかななどをトッピングしたサラダの写真が並んでいる。パスタサラダもある。
珠緒は、『パスタサラダって、パスタなのかサラダなのか』と考えた。ボリュームとしてはパスタが主なので、サラダ味のパスタ、ということにした。
それだとサラダパスタなのではないのか?と思いつつ、「今日のおすすめサラダ」を注文した。こういうおすすめメニューはお店の姿勢と味を見るのにいい判断材料になる、と聞いたことがある。「仕入れで安かったからおすすめしたい」「仕入れでいいものが入ったからおすすめしたい」「自分が好きなメニューだからおすすめしたい」などなど。誰から聞いた話だったかは忘れた。
ただ、ここはサラダのお店なので、「旬だからお安く仕入れられておいしい」を期待できる。おさかな料理と同じ感覚で。
注文を告げてメッセージを確認する。重田くんからだった。高校の同級生。「今日、明日、休みになったんだけど、そっちのシフトもそろそろ休みじゃない?もし休みなら遊ぼう」だった。子供じゃあるまいし、当日に「遊ぼう」って言われても困る。そこまで親しいわけじゃない。ボーイフレンド、という言葉は誤解を招くのだったか、お友達の一人。
どう返事するのがいいのか迷ったので保留。返事が遅ければ、「忙しいのだな。出勤日かな」と諦めてくれるだろう。
サラダはおいしかった。お値段もまあ、納得。鏑木さんには感謝、とご報告しよう。珠緒はご機嫌で午後の散歩を続けた。鏑木の言葉の意味がわかるにはもう少し時間が必要だった。