母の来訪
「で、どうなの?」
病室に入ってきた母は挨拶もそこそこに状態を尋ねてきた。
「まあ、安定している。そんなに苦しいってこともない」
酸素マスクをつけていて説得力がないが、そう答える。
「それならいいけど」
「担当の先生と話したんだけど、食事抜きで徹夜したので過労じゃないかってことらしい」
「晩御飯食べてなかったわね。お昼はなに食べたの?」
ゆうべ母は父と一緒に外食していた。共通の友人が訪ねて来ていたという話だった。「私たちだけおいしいものを食べるのは申し訳ない」と夕飯の用意は冷蔵庫に入れてあると言い残して出かけたの忘れていた。
「気がついたらお昼は過ぎていた」
「で、せっかく用意したお夕飯がそっくり残っていたんで驚いたわよ」
「ごめんなさい」
「それはまあ、今日のお昼にでもするけど、ご飯食べないで倒れるなんて、戦時中じゃあるまいし、驚いちゃうわよ」母はときどきこういう言い方をする。戦後生まれのはずだが。
「それだけじゃないと思うんだけど」
「原因のひとつでしょ。食べることを忘れるのは身体への裏切りよ」
食糧を生産する農家の矜持なんだろう。「ごはんは大事」二人の口癖ではある。ことあるごとに聞いてきたが、今回は文字通り身に染みたと感じる経験だった。
「で、さっき、担当の先生に会ってお話してきたけど、前の会社、そんなに大きかった?」
「え?」
「だって、50人もいるような営業所って言ったんでしょ?そんなにいるって聞いてないわよ」
あ、これだ、あの違和感。
「それはもう営業所って言うより、支社っていう規模じゃないの?」
「そうは言ってない」
そうは言ってない。だけど、そう伝わった。鏑木の頭の中ではあの事務所の大きさもイメージできていたはずだ。言葉も言い換えたけれど、正確に聞けば、「5ないし10人」と聞こえたはず。これを50人と認識するということは、どちらも正確に伝わってないということ。言葉だけならまだしも、心、思考が見えていたら聞き間違いということはありえない。
「5人って言いそうになって、10人のときもあったな、って10人って言いなおしたんだけど、ご、じゅうにんって言い方が続けて聞こえたんじゃないかな」間が空いていたのでそう解釈されるとは思ってもみなかった。50人という言い方とはアクセントも違うはずなんだが、ありえなくない。ただし、言葉だけで解釈するなら、だ。
実際には、5人、と言いかけて10人と言い直している。そう記憶している。
ただし、これは鏑木の記憶であって確認はできない。事実はひとつだが、蕪城の真実と福井医師の真実はすでに違っている。
これは少し考えなくてはならないな。と、鏑木は母に声をかける。
「退院したらお詫びとお祝いを兼ねてなにかおごるよ。食べたいものがあるなら、考えといて」
「無理しなくてもいいのよ」
「無理、というより、栄養に気を付けます宣言みたいなものだから、焼き肉なんかもいいかもね」
「考えといてって言っておいて焼き肉って言うの?」
「ごめん、ほんとになんでもいいから」
「じゃあ、今日は帰るわね。なにか欲しいもの、ある?」
「思いつかないな。なにかあったら言うよ」
「明日も明後日も来いってこと?」
「いつでもいいよ。って言ってるうちに退院するかもしれないけどね」