あれは幻覚、あれは夢
朝を迎え、鏑木は落ち着きを取り戻した。 しっかり寝たのがよかったのだろう。しかし、落ち着いてみると体調の悪さもはっきりと自覚できるようになった。身体がだる重い。頭もまわっていない。
そして、朝の引継ぎをすませたという今日の担当看護師を見て混乱は増した。妄想で見た眼鏡の看護師その人がそこにいたのだから。
担当看護師は長野と名乗った。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
長野さんは検温と血圧をとると説明した。鏑木は手に触れないように体温計を受け取り、腕を出した。
「病院では三交代だと聞いたことがあるんですけど、ローテーションって週ごとに変わるんですか?」
「一週間じゃないんですけど、近いですね」
「というと?」
「病院は定休がありませんから、お休みはばらばらなんですよ。それで5日出て休んで時間帯変えるのが基本なんですけど、3日出て休んだり、いろいろですね」
「週ごとじゃないシフト制ですか、それも大変ですね」
「昔は連続勤務とかあったようですけど、今はほとんどないですし、融通がきくのでそんなに大変でもないんですよ」
昨日も日勤だったんだろう。意識がなかったと思うんだが、対応してくれたのが長野さんだった。うつろな意識の中、それを覚えていた。そういうことだ。そうに違いない。
「昨日、私が運ばれてきたときもいらっしゃったんですか?」
「はい」
「お世話になりました」
よし。疑問解決。
長野看護師は、次に、
「すこし血をとりますので指先を出してください」
と言った。
「え?」
解決したんだよな。だけど触れるのはどうなんだろう?鏑木は少し躊躇した。
「指先がちくっとするぐらいですから、お願いします」
どうやら採血にビビッていると思われたらしい。実際、採血ということにビビッてはいるのだが、それは痛みに弱いということではなくて。「そうだけどそうじゃない」と説明することもできない。そして、必要な検査なのだろうからお断りすることもできない。鏑木は覚悟を決めた。たぶん、大丈夫、あれは幻覚、と。
「では、どの指にしますか?」
「どれでも。採血しやすい指があればそれで」
「違いはそんなにないんですけどね。じゃあ、人差し指にしましょう」
小柄な長野看護師の手はやはり小さかった。
鏑木は思わず目をそらし、つぶる。