目が醒めたら病室だった。
顔がきしむほどきつく装着された酸素マスクが痛い。鼻梁のところ。鏑木はまわりを確認してみる。暗い。夜だね。窓の外に月が見える。息苦しさを感じながらも冷静に状況を確認している。
『さて、どうしよう』
目が醒めたことを報せた方がいいのだろうか?報せるにしてもどうしたらいいのか?大声出したら聞こえるのか?左の腕からはなにやらチューブが伸びている。どうやら点滴のようだ。動かすのはまずいのではないか?と右腕を見る。その先にあるベッドのフレーム、おそらく落下防止の柵、ベビーベッドを思い出すが、そこにコードが巻き付き、その先に紡錘型のプラスチックがついている。これがナースコールというもののスイッチかな?
呼んでいいものか迷う。けれど、呼んでみたい。いいや、押してみよう。
「どうしました?」
数分後、だと思うが、待つ身には永遠に思えるほど長く感じたのちに現れた看護師はベッドスペースの頭上の明かりをつけた。まぶしい。
「いえ、倒れて運ばれたのだと思うんですけど、今、目がさめました。私はどうなったんですか?」
「ご気分はどうですか?」
「気分が悪いということはないようですね。身体が言うことをきかない、という感じです。熱はないようですけど、風邪をひいたときのような」
「熱があるか、はかりましょう。体温計、脇にはさめますか?」
「それくらいなら動けます」
「苦しいとか、どこか痛いということはありませんか?」
「呼吸が多少苦しいようです。痛さは、ないですね」
「朝になったら担当の先生が参りますので、安静にしていてください」
十分以上に睡眠はとったと思うが、することはないのでなんとか寝るしかなさそうである。
体温計を外し、渡そうとしたとき、指先が看護師の手に触れた。
「うわ」
つい、声が出た。
「どうしました?」
「いえ」
「手を動かして痛かったとかでは?」
「痛くはないです」
「そうですか」
看護師は少しいぶかしげな顔を見せたが、明かりを消し、退出していった。
『今のはなんだったんだろう』
指先が彼の手に触れた瞬間、まるで湯に入れたかのように手首から先が熱くなったような感覚があった。そして消えた。
それはいい。いや、よくはないけど、異常は一瞬だった。影響は小さいだろう。小さいと思いたい。鏑木は混乱していた。小説を書き上げた今朝より心拍数が上がっているのではないか?また倒れるんじゃないか?そう思えるほど混乱していた。
『ベッドに寝てるんだし。いや、そういうことじゃない』
自分の思考とまったく異質なイメージが頭をめぐっている。同じ病室にいる他の二人の病状、いやみな爺さんのひねた声、もう一人の若い外国人のたどたどしい日本語、師長の訓示、アンバランスに大きな眼鏡をかけた看護師。
鏑木が会ったことも見たこともない人たち。妄想、想像とするには鮮烈で詳細なイメージはなんだろう?しかしやはり幻想なのか?意識を失って倒れたということはなにかしら脳にダメージを受けたということなんだろうか?脳内出血?死ぬのか?いや、病院にいて検査は受けたのだろう、そして処置もされたはず。
そっと頭をさわってみる。包帯が巻かれているわけではないようだ。髪ももとのままある。さっきの看護師もなにも言っていなかった。知らないうちに脳の手術を受けたのではないらしい。ならば、麻酔後の幻覚なのか?そういうものがあると聞いたことがある。しかし、意識不明で運ばれた患者に麻酔をかける意味はなんだ?
朝になったら医師に検査をしてもらうように言おう。いや、検査は済んでるんだろうか?
鏑木はまんじりとしないまま朝を待った。
鏑木が身体の変化に気がつきました。これがどういうものかを探っていきます。少しずつわかっていく様子にお付き合いください。
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