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逃避行

 僕の手首に手錠がかけられる。僕と彼女の時間を割く警察の所業だ。あの探偵が通報したのかと僕は悟りながら、僕は彼女と別れなければいけないことに絶望する。自分が逮捕される事実よりも、もう彼女と逢えないことに絶望する。


 そのことに涙を流しながら、僕は目を覚ましていた。八雲さんと小林さんという探偵と探偵助手が訪ねてきた翌日の早朝だ。時間にして五時。いつもよりも早い時間に目が覚めていた。


 僕はベッドの上で頭を抱えていた。逮捕されることは怖くない。刑務所に入っても問題ない。そこに彼女の姿があるなら、僕はどこにだって行ける。


 しかし、現実は優しくない。きっと僕が逮捕されたら、警察は彼女との面会を許してくれないはずだ。僕と彼女の仲を裂くに決まっている。

 彼女と一緒なら、刑務所で一生を終えてもいいと思っている僕でも、彼女と逢えない人生は耐えられない。


 きっと、このままではダメだ。僕は彼女と一緒に居続けるために、ちゃんと方法を考えないといけない。


 まずは探偵のことを調べようと思った。あの二人が知っていると感じたことに間違いはないのか、それを確認する必要がある。間違いではなかったら、今すぐにでも方法を考えないといけなくなるが、間違いだった場合、下手な行動は逆に露呈に繋がる。

 彼女との関係を僕は守らなければならない。そのための義務がある。その事実を思い出しながら、僕はパソコンに向かった。


 受け取った名刺は手元に置いてあった。そこに書かれた名前は『アリス探偵社』だ。その名前を検索エンジンに打ち込み、出てきたサイトを片っ端から見てみる。普段から、こうして何かをきっかけにネットを探索していた身としては、調べることは難しいことではなかった。

 問題は調べたことによって出てきた情報の数々だった。アリス探偵社に持ち込まれる依頼の数は多く、複数人の探偵が探偵助手を連れて解決しているらしいが、その依頼の内容はペット探しや行方不明者の捜索まで多岐に渡っている。その中には特定企業や個人の調査もあるそうだ。


 仮にマグロ運送が調べられていた場合、ご丁寧に胸に『マグロ運送』と書いた配達員は証拠の塊だ。その人物が僕の部屋を訪れたことも、同じくらいの証拠になる。


 やはり、知られている。僕の部屋に彼女がいることをあの二人は知っている。僕は再びの確信と共に、次なる行動を考える必要に迫られていた。


 ここから逃げ出す。探偵が通報し、警察が押し寄せる前に、彼女と一緒に逃げる。きっと、それが一番だ。


 僕は彼女の前に立っていた。彼女と逃げるなら、それもまた最高な時間になるはずだ。いろいろな場所を一緒に見られると思ったら、逃避行も楽しい旅行に早変わりだ。

 急に逃げると言ったら、もしかしたら、彼女はビックリするかもしれない。何かあったのかと心配するかもしれない。それでも、最終的には分かってくれるはずだ。僕達に逃げることが必要だと彼女も納得してくれるはずだ。


 僕はすぐに彼女を連れ出す方法を考え始めていた。逃げることはいいのだが、そのために彼女を連れていく方法と、移動する手段を考えないといけなかった。途中で誰かに彼女を見られ、嫉妬の末に通報でもされたら、僕はどちらにしても彼女と別れなければいけなくなる。


 それを避けるために、彼女をどうやって連れていくか。考えて、考えて、考えはすぐに決まっていた。彼女をスーツケースに入れて運ぶしかない。その中身が彼女であると気づかれないもので、僕が旅をしている時に持っていても不思議に思われないもの、何より、家に置いてあって今すぐに使えるものとなると、スーツケースくらいしかなかった。


 彼女の美しさを保つドライアイスと一緒に、僕は彼女に傷一つつけることなく、彼女をスーツケースの中に仕舞い込んでいく。スーツケースの中にすっぽりと納まり、ドライアイスに包まれた彼女は言葉にできない程に美しく、僕はその姿にしばらく見蕩れていた。

 このまま見蕩れていても仕方がないと、しばらくして気づき、僕はスーツケースを閉じると、彼女の入ったスーツケースと一緒に家を出る。まだ早朝だが、電車はそろそろ動き出す時間だ。


 それに乗って、とにかく遠くへ。遠くへ逃げようと思いながら、僕はスーツケースを押していく。中の彼女が傷つくことは何としても避けたい。

 慎重に、だけど、迅速に、僕は駅に向かっていく。


 その途中であの二人の探偵から声をかけられることが怖かったが、そのようなこともなく、僕は無事に彼女と共に電車に乗ることができていた。そこで少しだけ落ちつく。


 目的地は特になかった。ただ彼女と一緒に果ての果てまで逃げるだけ。何だったら、海外に行ってもいい。そう思ったが、彼女をどうやって海外に連れていくか、僕は手段が思いつかなかった。


 取り敢えず、国内でいいから、あの二人に見つからないところまで逃げて、僕は彼女と穏やかに過ごしたい。そう思いながら、僕は眠りそうになる。まだ朝が早い上に、落ちついてしまったことが原因だろう。普段なら絶対に眠っているところだが、今日はそうもいかない。彼女をエスコートしている最中に眠ったりしたら、彼女に笑われることは目に見えている。

 僕は何とか瞼を開きながら、車窓から景色を眺めていた。いつも見ている場所も、彼女が隣に納まっていると思うと、違った場所に見えるから不思議だ。


 これから何があるだろうか。僕は彼女との新しい日々を想像し、思わず笑みを浮かべてしまう。


 何があっても彼女がいるなら最高だ。この最高な時間はきっと永遠に続く。この時まで僕はそう思っていた。

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