組谷知鶴
チャイムが鳴らされたことに多少の疑問を覚えながらも、僕はドアを開けていた。そこに立っていた男の顔は見たことがなかったが、それは重要なことではなかった。
それ以上に気にかけるべきことがある。男の服装の方だ。配達員であることは格好の類似性が示していたが、問題はこの配達員の会社名が服に書かれていたことだ。
『マグロ運送』。その名前を思い出すまで、僕はしばらくかかっていた。あの日の夜に死体を注文した記憶は、その後に眠ってしまったことでほとんど埋もれており、今の今まで完全に忘れていたからだ。
配達員が伝票を見せ、サインかハンコを求めてきた。男の両手はその伝票で埋まり、他に物を置いている気配はないので、どこに頼んだ物があるのだろうかと不思議に思いながら、僕は赤羽と伝票に書く。
すると、男は荷物を持ってくる旨を伝えてきて、その場を立ち去ってしまった。まさか、荷物を後から持ってくるのかと思っていたら、男が人間サイズの段ボールを抱えてやってくる。その姿に僕はただただ驚いていた。
ここに置いておきますね、と告げ、男は玄関前に段ボールを置くと、さっさと帰っていってしまう。その姿を見送りながら、僕はあまりに大きな段ボールに困惑していた。
それをどうしたらいいのか悩みながらも、このままでは邪魔になると思い、取り敢えず、家の中に段ボールを運び込むことにする。
段ボールはサイズの通りの重量をしており、この重さをここまで運んできたのかと驚かずにいられない。さっきの配達員の男は本当に人間かと不思議に思いながら、僕は何とかリビングまで段ボールを運び込んでいた。
ここからの問題は中身だった。あの日に頼んだ物が届いたのなら、中に入っているのは死体のはずだ。死体を頼んで死体が届かなかったら、少なくとも、僕は激怒する。
しかし、段ボールに死体を入れて運んでくるとは思えなかった。棺に入れて霊柩車で運ぶ様子しかイメージにないので、段ボールに入れてトラックで運んできたとなると、本当に死体なのか、死体だったとして大丈夫なのか不安になってくる。
取り敢えず、開封してみたら分かるかと思いながら、僕は近くに置いてあったカッターナイフを手に取った。段ボールは厳重にガムテープで封をされており、それを開封するのに僕の爪では不十分に思えた。
中身が何か分からないので、できるだけ段ボールに近い位置を意識しながら、僕はカッターナイフを動かしていく。段ボールにガムテープ。どちらも一般的な物のようで、我が家にあったカッターナイフでそれらを切り裂くのは十分にできていた。
少しずつガムテープが外れ、段ボールが開いていく中で、僕は何か奇妙な白い煙が中から漏れていることに気づいた。手で触れてみると冷たく、僕はドライアイスを思い出していた。まさか、本当に死体が入っているのかと、その煙を見たことで期待が高まっていく。
やがて、ガムテープが全て外れ、段ボールを開く時が来た。僕は高鳴る鼓動を抑えながら、ゆっくりと段ボールを開いていく。死体以外の物が出てくる可能性も考えてはいたが、頭のほとんどは出てくる死体がどのようなものなのか、気になって仕方ない状態だった。
しかし、その高揚感もそこまでだった。段ボールを完全に開き切ると、中から出てきたのは死体ではなく、段ボールと同じサイズの木箱だった。死体以外も想像してはいたが、ほとんど死体だと思っていた僕はガッカリし、段ボールを仕舞いかけた。
その直前、白い煙が木箱の中から漏れ出ていることに気づいた。まさか、と思い、僕は慌てて木箱の方の開封に移る。木箱は厳重にガムテープで塞がれていた段ボールと違い、手で簡単に蓋を持ち上げることができた。蓋を持ち上げると、中から白い煙が膨れ上がるように飛び出してきて、その中身を一瞬白く染める。
それから、白い煙が晴れた直後、僕は蓋を持ち上げたまま固まっていた。
そこには注文通りの女性の死体が眠っていた。髪も瞼も鼻も唇も手の指も白い肌も、全てがそこに存在していること自体が奇跡のように美しい死体だ。
僕は吸い込まれるように死体を見つめていた。まだ十九歳だというその死体は、マグロ運送が施したのか微かな化粧と、新品と思しき服で着飾られており、肩を揺すれば動き出してもおかしくないように思えた。その中であまりに白過ぎる肌だけが確かに死体である証明のように輝いて見える。
これ程までに美しい死体があるのかと僕は感動しながら、涙を流していた。ついに夢にまで見ていた女性の死体が手に入り、自らの手の中にある。その事実を考えるだけで、身体全体が震えるような喜びに襲われ、僕は勃起していた。
この死体で何かをしたいわけではない。ただ見つめ、触れ、嗅ぎ、舐め、その存在を全身で感じ、僕のまっすぐな愛を受け取ってもらいたい。ただそれだけのことだ。
死体に返してもらいたいこともない。ただ美しい姿でそこにいてくれているだけで、僕は満足だ。
ゆっくりと、傷をつけないように気をつけながら、僕は木箱の中から死体を抱き上げていた。ドライアイスに埋もれた死体は触れると凍傷になりそうなくらいに冷たい。その冷たさが死んでいる事実として、僕を更に興奮させる。
僕はもう抑え切れなかった。死体に抱きつき、顔を身体に埋めながら、僕は一人で絶頂に至る。全身が震えて止まらない。これ程までの興奮を僕は知らなかった。
最高だ。最高の人生が始まった。僕はこれまで手に入らなかった最高の幸せをこの子と一緒に手にする。そう決意しながら、僕は死体を傷つけないように再び木箱に戻す。
これからはずっと一緒だ。もう二度と離れることはない。僕が一途に愛してあげる。
だから、君はそこで永遠に美しいまま、死んでいてくれ。
僕はそう思いながら、木箱の蓋を閉じた。この死体の美しさを損なうことなく、このまま維持し続けるための方法をまずは調べないといけない。これからの最高の時間を永遠に続けるために、僕は彼女を守らなければいけない。
その思いから始まった彼女との生活は、僕の想像通りに最高なものだった。このまま時間が止まればいいのに、と何度も思うほどだ。
しかし、時間はいつも無情に動き出す。僕の最高な日々に水を差すように、それは突然訪れた。
死体到着から数日後、僕の家のチャイムが再び鳴らされた。