表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

噂のサイト

 家にいてもネット一つで何でも手に入る時代。食べ物も服もゲームも家電も乗り物も、何でも簡単に手に入る。欲しいと思ったそれを売ってくれる相手さえいれば、何でも。


 きっかけは、ほとんど日課のようになっているネットサーフィンだった。仕事終わりのくたくたの身体で食事と風呂を済ませ、寝惚け眼でパソコンの前に座る。当てもなく、自分とは関係のない世界を覗き、自分ではない誰かの苦労を垣間見て、自分だけが大変なわけではないと安心する。その最中だった。

 何気なく辿りついたのは、ただの掲示板だった。あることないこと書き連ねた、真偽不明の噂ばかりの掲示板。いつもなら、少しだけ覗いて、すぐに立ち去るような場所なのに、その時は一つの掲示板に目を奪われ、目を離すことができなくなっていた。


 その掲示板では一つの通販サイトに関する噂が語られていた。会社の名前から注文方法、何が頼めるか、購入できるものの平均金額まで載っていたのだが、その掲示板が他の掲示板と違っていたのは、その噂の対象になっているサイトのURLが貼ってあることだった。そのURLをクリックしたのか、本当にサイトと繋がって驚いている人や、URLが偽物だったことを抗議している人、詐欺サイトに飛ばされる可能性を警告している人まで、そのURLに対する反応は様々だったが、そのURLが本物かどうかは反応から判断することはできない。


 僕はそのURLの上にマウスカーソルを合わせ、少し考えてみたが、眠気に襲われた頭で深く考えることはできず、興味そのままクリックしていた。噂ばかりの掲示板から別のサイトに画面が切り替わる。

 やがて、モニターに映し出されたサイトの名前を見て、僕は寝惚け眼を擦る。


()()()()()』。そう書かれたサイトは間違いなく、掲示板で噂になっていた通販サイトだった。


 僕はすぐに商品一覧のページに飛び、そのサイトで取り扱っている商品を確認していく。噂の通り、そのサイトで扱っている商品は一種類だけのようだ。


 ()()。男、女、大人、子供、身体的な特徴以外にも、死因まで詳細に書かれ、何体もの死体が商品として売りに出されている。


 それらの商品を眺めながら、僕は昔のことを思い出していた。本当に思い出していたのか、眠気に襲われるまま、ほんの少しの夢を見ていたのかは定かではないが、それは僕の初恋の記憶だった。


 本当に小さい頃で年齢はちゃんと覚えているわけではないが、恐らく、四歳くらいだったと思う。その頃、僕の母親が死んだ。死因はちゃんとは知らないが、病気が原因だと聞いている。母親はほとんど病院にいたので、世間の子供ほどにその頃の僕は悲しめなかったのだが、その母の葬式の最中、僕は初めて()()()()()()()()


 その相手は母だった。もちろん、死体になった母だ。目を瞑ったまま、一切開くことのない表情に、僕は言葉にできないほどの()()()を感じ、目が離せなかった。


 それから、僕はその感覚を忘れることができず、他の誰かを好きになることもできないまま、母の面影だけを追っていたが、ある時、古い母の映った写真を発見し、僕が母の葬式で感じた美しさが写真の母にないことに驚いた。


 その時、僕は母に美しさを感じていたのではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()とようやく気がついた。それから、すぐにパソコンを起動し、検索エンジンに『死体、女』と打ち込んでみる。


 そこには、あの日に感じた美しさに近い感動が溢れていた。あの時以来の感覚に僕は自分が本当に求めていたのが死体であるとようやく知ることができていた。


 しかし、それは絶望も伴っていた。この日本で死体を実際に見ることは難しく、この手で触れてみるとなると、身近な人が死ぬ以外の方法がない。死体を個人で所有してみたいと思っても、自分の手で誰かを殺さない限りは不可能だ。


 確かに死体を美しいとは思ったが、誰かを殺したいと思ったわけではない。好きな食べ物があって、その食べ物を美味しいと思っていても、自分で作りたいと思っているわけではないように、僕自身の手で死体を作り出したいわけではない。

 だから、僕はその感情を今まで押し殺していた。どれだけ死体が欲しくても、諦めることに決めていた。


 だって、死体が手に入らないから。自分で誰かを殺したくないから。


 そう思っていたところに飛び込んできたマグロ運送の噂に、実際に目の前に現れたマグロ運送のサイト。それらを見ていたら、僕の中で諦めていた感情が膨れ上がっていた。

 欲しいと思っていた死体が簡単に手に入る。このサイトで注文したら、金を払うだけで家に届く。その誘惑を眠たい頭で振り払うことは難しい。


 僕は値段を見ながら、死体をいつのまにか吟味していた。死体は異性がいい。男相手では綺麗な死体でも勃起しない。できるだけ状態は良い方が良く、匂いは良い匂いと感じるか、悪い臭いと感じるか分からないが、どちらにしても薄い方が好ましい。マグロ運送は日本の企業なのか、日本人の死体オンリーなのも評価したいポイントだった。


 黒髪ロングヘアー。全体的な保存状況は良好。年齢は十九歳で、死因は内臓系の病気らしい。そのことで胃が使い物にならないらしいが、臓器に興味はないので、それはどちらでもいい。別に空っぽでも見た目が綺麗なら問題ないから、食べたい人がいるなら、その人にあげてもいいくらいだ。値段は十二万円と手頃で、即決で払うことも可能な額だった。

 うつらうつらしながら、その子の画像を眺めていると、気がついた時にはカートの中にその子が入っていた。後はクレジットカードを登録し、決済を完了すると、その子の死体が家に届く。


 そのことを思うと、そこから購入までは早かった。クレジットカードも深く考えることなく登録し、自分の住所を打ち込むと、注文が完了し、登録したメールアドレスにメールが届く。

 あとはただ死体が届くのを待つだけ。そう思った時には、僕の意識は夢の世界に沈んでいた。


 翌朝、アラームで目が覚めた時、僕はすっかり注文したことを忘れ、確かな現実として残っているはずのパソコンの履歴やメールをチェックすることもなかったが、僕の記憶の確かさは関係なく、その日は当たり前にやってくる。


 家のチャイムが鳴らされたのは、その日から約一週間後だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ