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名前のない物語

夜空の魔女令嬢

作者: 中田カナ

今夜は月のない満天の星空。

僕は窓から外に出て彼女の元を目指す。

「あら、魔法使い様!ごきげんよう、よい夜ですこと」

「こんばんは、魔女殿。久しぶりだね」

ここは王都のはるか上空。

ほうきに乗って優雅に笑顔をふりまく彼女がそこにいた。


かつて魔法は人智を超えたものとされてきたが、先達たちのおかげで魔法理論が確立し、今では学問の一分野として成立している。

かくいう僕も魔法学者の1人なのだが、数年前に不可能と言われていた飛行魔法式の組み上げに成功した。論文は提出したが、膨大な魔力量が必要であるため実現は事実上不可能とみなされてしまい、残念ながらいい評価は得られなかった。確かに僕くらいしか実現できないと思うので、魔法式を改良すべく日々実験と検証を繰り返している。

目立つのは面倒なので飛行実験は真夜中に行っているのだが、そんな時に出会ったのが魔女殿だった。

シンプルな白い服を身にまとい、長い黒髪の若い女の子がほうきに乗って飛んでいた。

最初は自分以外に飛行魔法を使える者がいたのか!と驚いたが、よく観察してみて違うことに気づいた。

彼女の姿は透けていて実体がなかったのだ。

僕は好奇心と探究心から彼女に声をかける。

「やぁ魔女殿。こんばんは、素敵な夜だね」

こちらの呼びかけに気がついた魔女が驚いて目を見開いた。

「・・・あの、貴方には私が見えていますの?」

「うん、見えるよ。ちょっと透けてるけどね」

「ああ、声も聞こえていますのね・・・」

ほうきに乗った魔女はポロポロと涙を流し始めた。

幼い頃から秀才とか言われてきた僕だけど、女の子に泣かれるのはどうしていいかわからなくて本当に困る。せめて頭でもなでてあげようと思ったけれど、伸ばした手は彼女をすり抜けてしまう。

彼女が落ち着くのを待って話を聞くことにした。

「・・・ごめんなさいね、急に泣き出してしまって。私に気づいてくれた人は今まで誰もいなかったのです」

彼女は公爵家のご令嬢だった。昨年の雨季に馬車が土砂崩れに巻き込まれ、一命は取りとめたものの身体は今も眠り続けているという。白い衣類はどうやら寝間着であるらしい。

「家族にも誰にも今のこの姿や声を認識していただけないようでして、もはやあきらめて気晴らしに空を飛んでおりましたの」

「そう・・・で、どうしてほうきなの?」

「あら、空を飛ぶならほうきが必須でございましょう?子供の頃に絵本でよく見ましたわ」

小首をかしげて彼女が真剣なまなざしで答える。

「うん、正論だね」

僕はにっこり笑って肯定した。


それからは時々真夜中に彼女と王都の上空で他愛もない話をするようになった。

5歳年下の生粋のお嬢様には僕のくだらない話でもおもしろく感じるらしく、コロコロと笑う様子は見ていて飽きない。

魔法学者であることは説明したけれど、空飛ぶ僕を彼女は「魔法使い様」と呼ぶ。だから僕もほうきに乗った彼女のことを「魔女殿」と呼ぶ。

彼女の身体と魂の分離現象は専門外の僕にはよくわからない。だけど否定はしない。自分が知ることがすべてじゃないことは学者としてよくわかっているし、未知の事象なんて世の中にはまだ山ほどある。そして何より彼女と共に夜の楽しい時間を過ごしているという事実があるのだから。


ある満月の夜。

ふと思い立って彼女に提案してみる。

「そうだ、ちょっと遠くなるけど海へ行ってみない?」

少し不安そうな表情を浮かべている彼女。

「この姿で王都から離れたことがないもので、はたしてどこまで行けるのかわからないのですが・・・」

「うん、じゃあ行ける所まででいいよ。どこまで行けるか検証してみるのもありだろう?もし制限がないのなら世界一周だってできちゃうかもね」

「ふふふ、わかりましたわ。では参りましょうか」

最短ルートで海を目指す。小さな山を越えると海が見えてきた。

「わぁ、綺麗・・・」

彼女から驚きの声が上がる。

夜の海の上には満月の光の道ができていた。

「月の道っていうらしいよ。これを貴女に見せたかったんだ」

「魔法使い様、ありがとうございます。こんな素敵なものが見られるのなら、この状態も決して悪くはないと思えますわね・・・」

そう言い残して彼女は消えた。彼女が突然消えることはわりとよくあることだったので、おそらく時間切れなのだろうと思っていた。


それからも彼女との真夜中の語らいは続いていたが、少しずつ彼女の出現頻度が減っていることにも気づいていた。それは本人も自覚していたようで、

「以前のように簡単には身体から離れられなくなっているようなのです・・・」

と言っていた。

僕は飛行魔法式の改良をいったん中断し、たった1人のためだけの研究に着手した。資料を集めて分析し、専門家の意見を乞い、仮説を立ててその対策を考える。

そして自分の中でこれでいけると確信を持った時点で、ありとあらゆるコネを使って公爵家訪問の約束を取り付けた。この国の頭脳集団といわれるアカデミーに最年少加入という肩書きが初めて役に立ったな。

家族思いの公爵閣下は専属の医師と治癒術師を目覚めない娘につけていた。

ベッドに横たわる彼女は、やせ細ってはいたけれど間違いなく魔女殿だった。

魔法式の展開に集中するため、公爵夫妻や使用人の方々には部屋の隅に下がっていてもらう。

僕の全力を投入して展開された魔法式が室内でまばゆく光る中、僕は最後の仕上げに彼女にそっと口付けた。

やがて魔法式が消えていき、彼女がゆっくりと目を開ける。

「・・・魔法使い・・・さま?」

か細い声をきっかけに公爵夫妻はベッドに縋り付いて号泣し、使用人達もみんな泣いていた。

ごっそり魔力を持っていかれて正直ふらふらだったけど、彼女に心配されたくないので気力だけで笑顔を維持し、後日改めて訪問すると言い残して帰宅してベッドに倒れこんだ。

僕が使ったのは治癒ではなく修復魔法の応用。上手くいくかどうか若干自信はなかったけれど結果オーライかな。

仕上げのキスは魔法とは関係なかったんだけど、眠り姫を起こすならやっぱり必須でしょ?


その後は専属の医師と治癒術師の尽力で彼女は体力を取り戻し、普通に日常生活を送れるまでになった。

公爵閣下からはお礼として僕の研究の後援者になってくれて、あらゆる面で援助することを約束してくれた。

「未来の婿殿のためならこれくらい軽いものです」

と笑顔で言われたが、いつの間にそういうことになったのか正直よくわからない。

彼女の身体と魂の分離はもう起きることはなく、ほうきに乗った魔女殿は二度と登場しなくなった。

だけど僕達はあいかわらず夜の空にいる。

あれから改良した飛行魔法式のおかげで彼女をお姫様抱っこして軽々と飛べるようになった。

本当は手をつなぐだけでも2人で飛べるんだけど、それは内緒ってことで。

いずれ飛行魔法が一般化したら空はきっとにぎやかになるだろうから、今のうちに2人きりの夜空のデートを堪能しておかないとね。

4作目です。

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「名前のない物語」シリーズ
人名地名が出てこないあっさり風味の短編集
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