熱帯地エンドラーサ 2
◇
「ねぇ、リンクス」
エンドラーサでも観光地として有名な商店街の一角。
街の至る所に設置してあるスプリンクラーから冷たい蒸気が放出し、先ほどの暑さとは打って変わって過ごしやすくなっている。
シャルドネは立ち並ぶ露店の商品を見ながらリンクスを呼んだ。
「ん?」
リンクスも何か掘り出し物はないかと隣で見て回っていたところ、声を掛けられどうした?と返した。
「もう僕たちも班長とパーティを組んでから随分と長くなるけどさ。リンクスは独立とか考えたりしないの?――あ、おじさん。これちょーだい」
「あいよ。2000コルになるよ」
「おっけー」
買う物があったのか、シャルドネは紫色に輝く石を手に取って金と一緒に露店商人に渡した。
リンクスもシャルドネも元は別のパーティを組んで依頼を受けていた身である。
生涯引退までずっと同じパーティでいるというのは稀な話で優良物件があればそちらへ移動する冒険者も少なくない中、彼らはここ数年ずっと苦楽を共にしている。
「独立って、移籍ってことか?」
日ごろから飄々としているシャルドネから不意に問いかけられた内容。
その意を確認するようにリンクスも問い返した。
「んーん、違う違う。移籍じゃなくて独立さ。リンクスの実力ならもう、一人で新しくパーティを作ってもそれなりのパーティを作れるでしょ?だから自分で立ち上げたりしないのかなーってこと」
そうじゃないよとリンクスの問いに対してシャルドネは言う。
これまでリーダーとして指揮を執ってきたエモンの功績が大きいが、彼と共に依頼にあたっているお陰で信頼と実績から同じパーティであるリンクスとシャルドネもギルドからは相応の評価を得ている。
仮に新規のパーティを立ち上げたとしても、早々に行き詰まることはないだろう。
個々の資金も潤沢とまではいかないがこうして露店で無駄遣いするくらいにはあるし、もし失敗してもやり直しが効くだろう。
リーダーともなれば報奨金の配分の決定権を有し、依頼を選択する権限も持ち合わせることが出来る。
それすなわち、行きたくないと思った地方への依頼を拒否することも可能なのだ。
「……考えたことが無いと言ったら嘘になるけど、結局は俺には無理かなという答えに辿り着くだけだから本当に考えたことがあるだけさ。そういうシャルドネは?」
「僕?僕はそもそもリーダーとか気質うんぬんよりそういう器じゃないからね。どのリーダーのパーティが良いかなって考えることはあるけど」
露店商人から商品を詰め終えた袋を受け取ったシャルドネはそのまま無造作にズボンのポケットに突っ込んだ。
「今のパーティに不満でもあるのか?」
一度も失敗したことがないパーティという肩書を重く感じることはあるが、それに見合った報酬に休みもしっかり取れる。人間関係でのいざこざも無く、自分が必要とされる場面が必ず存在するなど、やりがいはあれど不満に思うことはリンクスにとってあまりないことだった。
あるとすれば、多少無茶な依頼が来ても一言返事で受けてしまうエモンのことだろうか。
たまに度肝を抜かれてしまいそうになることもあるが、それでもしっかりと安全対策をしながらの仕事になるため気乗りはしなくとも、やることをしっかりやれば何ということはない。
シャルドネも同じように考えているとは思うが、じゃあ一体何が聞きたいんだろうとリンクスは問う。
すると「んー、なんていうかなぁ」と言いながらシャルドネは続けて応えた。
「そんなに声を上げるほどの不満があるわけじゃないんだけどさ。班長は僕たちよりも一回りは歳が離れているわけだしいつかは引退する時が来るでしょ?このままずっとおんぶに抱っこってわけにもいかないと思うんだよね」
「あぁ、なるほど」
つまりはこの先の数年後、どういう形であるのか考えてるのかってことかとリンクスは思った。
「班長って元々は田舎の木こりだったって聞くし、引退した後はそっちに転身出来るかもしれないけど僕たちはそういうのが無いわけじゃん」
「まぁ確かに俺たちには帰属する場所がないからね。でもそこまでは考えたことなかったなぁ。シャルドネってなんだかんだで意外と真面目だよな」
「意外ってのは余計だと思うけど、それくらいは考えておかないとね。もしリンクスがパーティを立ち上げるっていうなら僕が行ってあげてもいいよ?」
「そこは普通、お願いするところじゃないかな?でも、もしそうなったらエクシアも誘ってあげないとね」
笑いながらリンクスはシャルドネに返事をし、今はエモンの元でダウンしているだろう聖女の名を出す。
「あっ。そうそう、それなんだけどさ。どうして班長はエクシアのことをあんなに買ってるわけ?他の聖女や神官じゃあダメなんだって言ってたけど、それだけじゃあいまいち分からないんだよね。毎回ゲロ吐くし」
エクシアの名前を聞いてついでとばかりにシャルドネはリンクスに問う。
実は連れ子だったりするんじゃないかと思うこともある。
「なんでも協会の秘蔵っ子らしいけどね、エクシアは。俺も噂程度に少し聞いただけだけど、千切れた腕程度の傷までならその場ですぐに治せるとか。……毎回ゲロ吐くけどね」
リンクスは「これも本当かどうかわからないよ」と補足も忘れず付け足した。
何せリンクスもまだ見たことがないのだから。
「へー。でも、班長の指揮の元でそんなこと起きないような気がするけどなぁ」
「そういう意識が危ないんだってまたエモンさんに怒られるよ」
「間違いないね。――さてと。商店街、端まで来ちゃったわけだけどどうする?」
「そうだなぁ風呂でも行く?俺も汚れちゃった服を洗いたいし」
エクシアを介抱している際に汚れた個所を見ながら言った。
「おー、風呂。いいね、そうしよっか」
他にもエクシアに関しては謎に包まれている部分が多いが、いずれ彼女について何かわかる時が来るのだろうか。
だが、あのエモンが多くを語らないところから察するにそういった場面が訪れない方が良いのは言わずとも理解している二人だった。
◇