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熱帯地エンドラーサ 1

 ここは南東の地エンドラーサ――。

 生野菜でも外に放置しておこうものなら蒸し野菜が望まずして出来上がりそうな程の湿度と気温を有する熱帯地方。

 まだ日が昇ってすぐだというのに立っているだけで額に大粒の汗が浮かび、頬を滑り落ちていく。

 ここより更に南下した所に今回の討伐対象であるサラマンダーは生息しているのだが、その場所はいうなれば砂漠。

 近づくにつれて次第に湿度は下がり蒸されるような暑さからは解放されるものの、水溜まり一つも存在しないカラカラの不毛の地と化していく。


 ビチャビチャビチャ――。


「あー……、やっぱりいつ見ても盛大だよねぇ」


 さすがの暑さに耐えかねたのか、黒のローブを脱いで薄着になっているシャルドネは汗を含み湿った自身の長い髪を鬱陶しそうにかき上げながら、それでいてどこか涼し気な表情で地面に溜まりを作るようにして流れ落ちる流動物を見て言った。


「いくら騎乗時間は短いとはいえ、飛竜の速度は身体にかかるGの負荷が段違いだからね。……まぁ、馬だろうと船だろうとこれは変わらないんだけど。ほら、水飲んで」


 流動物が流れ落ちる根源であるエクシアの背中をさすりながらリンクスは水を手渡す。


「あ、ありがとうごz……ウプッ」


 こんな状態であるというのに傍観するだけのシャルドネとは違い、介抱してくれるリンクスに一言お礼を告げねばとエクシアが無理に笑顔を作り口を開いた矢先、遮るかのように彼女の口から出るものが出てきた。


 ビチャビチャビチャ――。


 緩やかにすすむ馬車や船とは違い、圧倒的Gにやられたエクシアはいつもより激しく吐いていた。


「喋らなくていいから。お礼とかいいから、ね? だから早く水飲んで?」


 地面に勢いよく流れ落ちたソレが跳ね返り、リンクスとエクシアの服を次第に汚していく。

 リンクスから水の入ったボトルを受け取ったエクシアはくぴくぴと口に運び喉を潤す。

 汚してしまった地面にも水を撒いて今更どうしようもないというのに、まるで誤魔化すかのようにして少し離れた所で仁王立ちしているエモンを見た。


「エモンさん、毎度毎度すみません……」


 くいっと慣れた手つきで口元を拭いながらどこか男気を感じさせるいで立ちでエクシアは言った。


「構わん。こうなることも想定した上での今回の計画だ。飛竜で稼いだ分の時間は休憩に充てる、各自夕刻まで体を休めろ」


 それにはさも当然だと云わんばかりにエモンは答えた。


「あぁ、なんと慈悲深い。これも神の思し召しなのですね――うぷっ」


 胸の前で両手を合わせて神に祈祷しながらエクシアはリバースする。


「もう、ほら喋らなくていいから」


「神様も人選間違えたんじゃないの、これ」


 これにはさすがに見慣れているリンクスとシャルドネといえども苦笑いを浮かべるばかりだ。


 もうこの三人とも長い付き合いになるエモンも今でこそ扱いに慣れ、それ相応の計画プランを事前に練ることが出来るようになったが、パーティを任され、結成した当初はそれはそれは焦ったものだった。

 冒険者になる前までは"現場"の親方として働いてきたエモンは子供や野郎の扱いこそ手慣れたものだったが女の扱いには疎く、さらには希少な聖女ときた。

 聖女とは神への信仰が厚い協会に所属する神のご神託を受けた女性ヒーラーのことである。

 ちなみについの男性が神官と呼ばれているのはまた別の話で、今は置いておくとする。


 孤児院や医療福祉において手広くビジネスを広げているかたわら、現地での緊急時に対処すべくこうして冒険者に同行しているエクシアのような聖女はいわば"レンタル品"であり、何があっても協会に必ず"返却"しなければならない。


 そう、例えば窮地に立たされて二人に一人しか助けられないという状況においても神の化身とされる聖女の命を最優先しなければならないのである。

 その聖女が目的地に到着したらたちまち体調を崩しに崩すものだからその都度冷や汗をかいたものだったが、いつしかこれが彼女の特性アイデンティティであることを認め、聖女とは吐くものであると考えるようになった。


「シャルドネ、リンクス。お前たちも街で買い物なり羽を休めるなりしてこい。エクシアのことは俺が見ておく」


 いくら時間はあるといえど、いつまでもエクシアの介抱に付き合っては気が休まらないだろうとエモンは二人に告げた。


「じゃあ僕は良い魔石が無いか見てこようかな。リンクスも一緒に行く?」


「そうだね、そうしようかな。服も洗わないと……、エモンさんいつもすみません。エクシアのこと宜しくお願いします」


 あ、そう?といった感じで身体を起こしたシャルドネはリンクスに声をかけた。

 リンクスも素直にエモンの言葉を受け入れ、シャルドネに同行することにして二人は迷うことなく街の中へと姿を消していった。


「――さて、エクシア。立ち上がれるか?いつまでもここにいては更に体調を崩してしまう、日陰に移動しよう」


 二人が行ったことを確認したエモンはしゃがみこんでいるエクシアに問う。


「まだちょっと……、あの、おぶってもらってもいいでしょうか……」


「構わんが、俺の背中で吐いてくれるなよ」


「は、吐きませんよっ!!」


 すでに何度も吐いているどの口が言うのか。

 エクシアはやれやれと目の前でしゃがみ、大きな背を見せてくれているエモンにいそいそとよじ登った。

 そしてエクシアと前方には巨大な荷物の入った鞄を背負っているという重さをまるで感じさせないかのように軽々と立ち上がったエモンは、先の二人と同様に街中へと涼める場所を探して歩を進めるのであった。



―◇―



 以前、シャルドネがエクシアのいないところで言ったことがある。『エクシア、いらなくない?』と。

 しかしながらエモンはこのパーティに彼女は必要なのだと彼に講じた。

 ただでさえ回復魔法を使える者は少ない。

 その中でもこうして"エクシア"を協会から借りられているのもギルドの伝手とエモンの信頼があってこそのものだった。

 他の聖女や神官ではなく、エクシアを借りられることに意味があった。


 まだ命を落とすような場面を作ったことはないが、こうして高難易度の依頼を受け続けている限り傷薬では有事の際に対処することが出来ない状況が起こりうる可能性がある。

 一パーセントでも可能性がある限り、万全の準備をしておく必要があると告げたのだ。


 そのことについてリンクスは、過去に別のパーティで仲間を亡くしている経験からエモンの考えに理解を示していた。


 対してシャルドネはどこか楽観視しているところがあるが、ヒーラーの重要性という面において机上では――、頭では理解しているつもりである。

 理解はしているのだが、どうしても毎度毎度吐かれていては足止めを食らっている気がしてならなかったのだ。

 他のパーティよりも最大限に安全に配慮しながら依頼に着手しているのだから別の聖女なり神官でも代わりは効くのではないかと時々思うことがあったわけである。

 そうすれば、わざわざ飛竜に乗って前乗りする必要もなければ急いで街を出る必要もない。


 それでもエクシアでなければならないのだとエモンは請う。


 これまでエクシアの回復魔法に頼るといってもちょっとした疲労感を抜いてもらったり、切り傷を治す程度にしか魔法をかけてもらったことがないシャルドネは未だ実感が無いが、エモンの言うことだからと今では渋々ながらに納得している。


 どれだけ気を付けていても不測の事態は起こりうるが、いつもどこでも気を張っていては人間、滅入ってしまう。

 だが、その緊張が解けるタイミング次第では……、一時の油断が命取りになることもある。

 その時にエクシアは役に立つのだと言う。


 しかし、そんなことにならないようにするのも、このパーティにおけるエモンの役割だ。

 依頼をこなし、金を稼ぎ、今日も今日とて彼らにうまい飯を食わせ、良い宿を取る。


 数々の冒険者が"冒険者"を目指すことになった確固たる目的を現実とするために。

 だから彼ら4人は声を合わせて、今日一日の安全を祈願する。


 "ご安全に"、と。



―◇―

 



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