4 / 今日の新メニューは牛頭ランチです。
管制塔と思わしき場所に近づくと、妨害してくる魔物は多数出てくる。魔法による一斉撃破によりすぐに移動できるが、さすがに時間はかかりすぎている気がしていた。
塔の中に入り、僕とユミルはその広い階段を駆け上がっていく。
その最上階まで登っていくと、広い場所に入ることができた。
その場所の奥には、ストラとミーシャが捕まっていたのが見えている。
二人は気絶しているようだが、大丈夫だろうか。
その広い場所の中央には一人、剣を持っている黒騎士がいるせいですぐに前には行けなかった。
「あの騎士がこのダンジョンを支配しているみたい。」
「あいつを倒せればいいんだな。」
「気をつけて。相手は未知数だから。」
とにかく今は急がなければいけない。駆け出した僕はそのまま黒騎士に突撃し、先に攻撃しようとした。その黒騎士は攻撃に対し防御して、敵意を認識した後は黒騎士も攻撃を繰り出すようになる。
さっき戦った大きな騎士よりも俊敏で、すぐには倒させてくれそうにはない。
魔力を集中し、一気に仕留めようとするがその攻撃は黒騎士によって弾かれる。
「右に退いて!」
そう聞こえて僕は右に避けた。ユミルが発した魔弾が勢いを上げて加速し、黒騎士に命中する。
しかし、黒騎士に対しては全く効いていないようだった。
「魔法が効かない!?何でこんなのが。」
ユミルは理不尽な魔法防御力に慌てていたが、黒騎士はユミルを無視して僕を標的にしていた。
黒騎士のスピードの早い攻撃を何とか弾き、隙をついて攻撃する。何とか僕の攻撃は通ったように見えるが、まだ倒せるには至っていない。
「なら、あの二人だけでも助け・・!?」
ユミルの目の前にグールが出現し、彼女の行動を妨害した。
ユミルは飛び上がって、魔法障壁を形成して足場を用意する。その高い場所からならなんとか狙撃できるかと思ったが、今度は外からの術者による攻撃に煽られていた。
「なんて数!」
「仕方ない、もう一度吹き飛ばすからその隙に助けろ!」
「え?」
何度も魔法を使うのは疲れるが、もう一度やるしかない。意識を集中し、一撃必殺の魔法を繰り出す。
目の前の騎士と建物の壁がその魔法によって消失したが、流石にこの場所でやるのは危険な気はする。
ユミルはそのまま移動して二人を救助する。
「よし、外から逃げよう。」
「はい。」
破壊された壁から一気に飛び降りることで、その塔から脱出することができる。
その試みは成功し、何とか安全な場所まで退避することができた。
二人が眼を覚ますこと10分。とりあえず管制塔と思われる場所は破壊してしまったが、大丈夫だろうか。
どうやらある程度心配は無かったようで、自動的に転移魔法が発生してすぐに遺跡の外へ出ることができた。
しかし、どうして遺跡の中であのような状態になっていたのかは不明のままである。
街へ戻り、遺跡での内容を報告する。とりあえず報酬をもらえたが、ストラは納得できていなかった。
「結局、オーブを盗んでいった人って誰なんでしょうか。」
「さぁ。そういうのは別の人に任せて自分たちや休むにゃ。」
そう言って、宿屋へ戻る。ユミルは途中で別れているため今は居ないが、彼女はどう思っているんだろうか。
宿屋での1日が過ぎたが、その日は任務が来なかったため街の中で過ごすことにした。
ストラと一緒に街に出かけて、暇を潰しているしかない。
「今日はどうしていましょうか。」
「さぁ。」
やることが見つからないため、結果的には噴水広場でゆっくりしていた。
ベンチに座ってアイスを食べている程度だが、その状態の中あることを思い出していた。
「そういえば、この場所で変な男の人が大きな声出していたな。衛兵に捕まって行ったけど。」
「あぁ、その人は最近話題になっている新興宗教の方ですね。終末思想を唱える、一種のカルトだそうです。時々意味不明な演説をしていますけど、とりあえず今の所は要注意集団というところでしょうか。」
「結構物騒なのもいるんだな。」
「そうですね。今は取り締まりが強くなっていますけど、注意したほうがいいかもしれません。」
そんな話をした後、別のところへ行った。何かの劇場だったり、遠くからきた商人が出している売り場に行ったりする。
それを見ているだけでも楽しかったが、自分が売り場のところである少女とばったり会った。
「あれ、ユミル?」
「貴方、いたのね。」
「あぁ。ユミルも何か買い出しか?」
「えぇ。適当に錬金術のための買い出しをしいていたところだけど。」
そのユミルは錬金術の任務を受注しており、こうして街でなんらかの素材を買っているらしい。
自分一人で外に出て素材をいちいち集めるには流石に無理があるため、遠方から来た商人と取引をすることが多い。
現在ユミルはロバト鉱石という、特別な鉱石を購入しようとしているところだった。
そのロバト鉱石と他の鉱石を組み合わせると炎加護の魔法を数パーセント割増にする力が与えられるらしい。
そのロバト鉱石は遠い外国の山脈の中に存在しており、関税も比較的高めなのが特徴的だった。
その赤く光り輝いている鉱石を手にしたユミルは、これで一段階目の行動は終了である。
「この後はアトリエに戻るから。」
「そうか。」
仕事のために一度彼女は自分の自宅へ戻る。
アタリは多くの人が通る場所で、未だに何を買うか迷っているストラを待っていた。
結局ストラは何を迷っていたのかは不明なままだが、そこからまた噴水広場に戻っていく。
噴水広場まで戻って行った後は、次は洋服屋でストラの私服を選ぶことになる。
「この世界の服の構造ってわけがわからないな。」
「そうですか?」
流石にこの世界のレベルだと、工場なんて無いだろうし。
僕の世界で言えば、繊維を作る大きな機械で仕事をしているおばあちゃんのイメージだろうか。
適当にストラはイメチェンを楽しんだ後はもう既に夕方になっていた。
「今日は楽しめましたね。」
「そうだな。」
ミーシャはほかに用事があるとかで朝からいなかったが、それもあってデートみたいな感じになってしまった。
そしてその夜、僕は宿屋の食堂でご飯を食べていた。
「この席は、いいでしょうか。」
「え?はい。」
銀髪の少年が前の席に座る。彼はカツカレーを持っているが、見た目はストラより幼そうに見えた。
「ストラさんの、任務の付き添いの方ですね。」
「え?」
そう話しかけられて、とりあえず僕はそうですねとしか言えなかった。
「私はフェルディナントです。フェルで構いません。私はギルド協会で働いていて、時節ここで関係者と接触するのが仕事なので。適当に雑談だと思ってください。」
「雑談ねぇ。」
ストラは今別のところでほかのギルド仲間と一緒になっている。
話ならそっちに行けばいいんじゃないか。
「ストラさんからの話によると、貴方は道で偶然会って協力関係になったと言いましたが。彼女とはその以前は会ったことはないんですね。」
「あぁ。ないけれど。」
「そうですか。貴方は魔法のことはどこまでご存知ですか?」
「え?あぁ、少ししか知らないけれど。」
「その反応からするとほとんど知らないようですね。」
「そう言われても仕方がないだろうけど。それが一体なんなんだ?」
「ストラさんは、ギルド協会の中では特別な人間なんですよ。アレスタントという屈強な騎士の妹なのですから」
「誰なんだそれ?」
「有名な方ですよ。ギルド協会では規格外とされるスキルを所有し、到達不可能と言われているエリアに侵入して悪魔を打ち倒し世界を作ったのですから。」
どうやら救世主みたいな奴の妹だったようだ、ストラは。
「それだと、あいつから聞いた話と噛み合わないんだが。あいつは一人っ子だって言ってたけど。」
「誰だって嘘はつきますよ。彼女の場合、兄の存在をわざと隠すことでなんとか他者と折り合いをつけていますからね。あの有名なアレスタントの妹ですから、もし正体を知られていれば他の人と会話することすらできないでしょう。」
「そんな凄いことを僕に説明してどうなるんだ?」
「彼女の一番近くにいる存在ですから。だからこそ、彼女の本質をよく知ってもらいたいんです。彼女は能力こそ兄に近いものを持っていますが、その全力を発揮することはあまりないでしょう。というのも、これは彼女が兄にかけられた封印魔法により、全力を出せないでいるからなのですが。」
だから、彼女はあの時普通に敵に捕まってしまうという失態を犯していた。
能力がないわけではなく、彼女の兄による力によって非常事態にですら全てを発揮できないでいたようだ。
「彼女の本来の力があれば、もっと高ランクの任務を受注できるのですが。今のところは彼女の別の問題もあって全力を出すことはできません。」
「別の問題?」
「彼女が昔住んでいた村に、一度魔物の集団が襲ってきたことがあります。その襲撃事件により、村人たちは魔法で石化されてしまいました。彼女は師匠であるエグバートに守られましたが、その師匠も石化されてしまっています。つまり、彼女は子供の頃に自分以外の知り合いや家族をその時に失っていたことになります。その後に、かけつけた別の魔法使いによって彼女は助けられました。彼女はその時に自身にかけられていた力を解放し、その魔物を打ち倒しましたが。それ以降は彼女は力を使うことはできていません。彼女にとっては、むしろこの後もその力を使わせないようにしてほしいんです。」
「つまり、ストラが無茶をして本来の力を解放させるなってことか?」
「はい。」
「その力を使って欲しいわけじゃないんだな。」
「本当ならそうなのですが、彼女が持つ力はとてつもないものですから。彼女にとっては、自分の力は諸刃の剣なんです。」
「なるほど、大体言いたいことは分かったけれど。でもそれなら、あまり高度な任務をやらせないほうがいいんじゃないか?」
「それもそうなんですが、彼女は時々言うことを聞きませんから。彼女が暴走しないように、ある程度成果を出している貴方が守ってほしいんですよ。」
「ミーシャじゃダメなのか?」
「彼女は優秀ですが、しかしストラのサポートができるほどの人材ではありません。どちらかといえば、ストラに可愛がられているようですし。」
可愛がられているというと変な意味に聞こえてしまうが、確かにそうじゃなかったら強引にでも自分の物を取り返しそうだ。
ミーシャが所有している元ストラのペンダント。
あれはミーシャの言うところによると、別にそこまで重要そうなアイテムではなさそうだ。
「中々凄い話だけれど、ついそのことをストラに聞いたらどうするんだ?」
「彼女としては聞いて欲しくないとは思いますが。ギルド協会としては彼女を安全にコントロールしたいんです。出来るだけ、彼女は普通の剣士として活躍してくれればいいんです。貴方にはむしろ感謝しているんですよ、まさかストラが他人を受け入れるだなんて思っていませんでしたから。」
「え?」
「ストラは前までは人とは一緒にはいるタイプではないようですし。今日も貴方とずっと外で歩いていたところをみると、貴方と会ったことでなんらかの心境の変化はあったんでしょうね。」
「ずっと見ていたのか?街の中で?」
「というより、ギルド協会の関係者がずっと外で異性の方と飲み食いしているストラを見れば。嫌でも私のところまで情報は飛んできますよ。ならいっそ、アタリさんにそのストラのブレーキ役として機能してくれれば問題はないと思っていますから。」
「それでいいのなら、問題はないけれど。その彼女のお兄さんはどうしたんだ?なんでストラの力を封印?するような真似したんだ?」
「それは分かりません。」
分からないのか。ここまで話し込んで来ても、結局アレスタントという彼女の兄は肝心な時はあまり役に立たないらしい。
「アレスタントは、魔族との抗争で活躍した後は消息を絶っています。」
「魔族?」
「遠い北の国に存在する、人間が住むことはできない土地に生きている人たちですよ。アレスタントは当時、魔族とエルフの抗争を中立的た立場から解決しようとしていましたからね。ただ、その抗争が終結したと思われた後に、アレスタントは行方不明になりました。あの時は状況がひどかったので、人によっては死亡説も信じていますが。今のところは失踪扱いになっています。彼ほどの人間が、他の屈強な仲間も居ながら失踪するのはありえないというのが主な考えですから。」
「随分壮大な話だな。」
「話としてはここまでです。貴方は、今まで通りストラさんと一緒にいてくれれば、なにかあればギルド協会側から貴方を援助しますよ。」
それは確かに心強いが、問題はそんな話自体現実感が皆無ということだろうか。
ストラは英雄の妹であり、彼女は英雄と同等の力を持っていますなんて。そんなことを言われても困ってしまうだろう。
「それでは、僕はこれで失礼しますね。」
完食したカツカレーを残して、彼は去っていった。
すでにギルド協会に目をつけられていたのは仕方がないんだろうか。
その後も特に何の予定もないため、宿屋で休むことになった。特にやることがないというわけでもないが、3人で一緒にテーブルゲームをする。流石に異世界のテーブルゲームなどすぐに出来るわけでもなく、僕は散々な成績を打ち出して敗北することになった。ストラとミーシャは意外と勝負になっているようだが、最終的にはストラによる勝利に終わってその戦いは終わった。元々僕はテーブルゲームは弱いため何が起きているかはわからない。そもそも勝つ方法すら分からないため、そのタイプのゲームは出来るわけではないのだ。
そして後日。次の任務がストラに受注されるようになった。今までのはミーシャの仕事の手伝いだったが、冷静に考えたらあれはミーシャ一人でもなんとかなったのだろうか。そうミーシャに言うと、即脱出用のアイテムがあるので問題がなかったらしい。逃げる前提で任務を受けていたのは今更になってはどうでもいいことだ。
ストラの任務は、ディープランより北に存在する山へ行き荷物を送ることである。
大量に積み重なった薬草を、遠くの山で生活している人に送り届ける仕事となっていた。
その仕事では流石に僕とミーシャがついていくことはできなかった。荷物でいっぱいになるため、今回はストラが一人でその任務へ向かうことになる。
荷物を整理し、キュルに乗って飛び去っていくストラを見送った後はどうしようか僕は迷っていた。
「やることが無いのなら私と少し付き合うがいいにゃ。」
「何だかものすごく嫌な予感がするな。」
「何警戒しているにゃ。私と遊びたいとは思わないかにゃ。」
「なんの遊びなんだ?」
「さぁ。」
とりあえず宿屋に戻っても暇なだけなので、ミーシャと街へ出てみる。
特に何かするわけでもなかったが、ミーシャは迷子の女の子を助けて面倒を見たりしていた。その女の子は貧困街で生まれた少女らしく、その場所へ行って彼女の家まで送ることには成功した。
「貧困街ってどういう場所なんだ?」
「ん?貧困しているだけだにゃ。」
「魔法とかそういうものがあっても、貧困ってあるものなのか?」
「うーん。それは難しいところだにゃ。魔法は魔法使い以外には使えないし、普通の人間であればその分この世界での競争社会では敗北しやすいにゃ。それに、外の人気のない場所へ行けば、どう猛な魔物に襲われる危険性も高まる。いくら魔法使いが排除しても、一定期間経てばすぐに増える魔物は存在そのものが消えることはないのだから。弱い人間はこうして集団的に自分たちを守っていくしかにゃいし。」
「魔法があればなんでもできそうだけど。」
「その魔法というものがあっても、結局はそれを使う人間が得をするようになるんだにゃ。数だけ増えたところで、その人間たちはただの労働者でしかないし。魔素による毒に抵抗する免疫はないからにゃ。」
「魔素?」
「それも知らないのかにゃ。魔力を形成する一要素にゃ。その魔素は魔法使いにとっては無害だが、普通の、魔力を持たない人間にとっては毒でしかないにゃ。だからこうして私も恐れられるんだにゃ。」
確かに、街の人達はあまりいい感じではなかったけれど。それも結局自分たちが害をなす存在だからなんだろうか。それはよくわからない。
「でも、その魔素があったらこうしている間にあの人達もどうにかなるんじゃないか?」
「極端な接触をしない限りは無害にゃ。」
「ん?極端な接触?」
「濃厚接触とも言う。」
「なんだそれ。どういう意味だよ。」
「女の子にそこまで聞くとは中々根性あるにゃ。ようは、エロい行為だったりその人間の体液を吸収するような行為をしなければ無害といっておるにゃ。」
成る程、そういう度がすぎる行為でもなければ魔素で普通の人間がやられたりしないということか。
「もし普通の人が魔素にやられたらどうなるんだ?」
「病気になるにゃ。免疫系が弱くなって、その人間は人の機能を保てなくなるにゃ。もっと言えば、魔素に耐えられる体をその人間が保有していないからにゃ。魔素は人間の体を侵食してしまえば、魔素は最終的にその人間を自分たちの物となる。まぁ、解毒する方法はあるけれど、どっちにしろその人間は死ぬかあるいは別の存在になるにゃ。」
「それはそれでかなりやばいんじゃないか。」
「うむ。まぁ、昔はそれを承知で地位の低い人間が魔法使いに娘を嫁がせたこともあったけどにゃ。流石にそんな行為で魔法使いの血筋が長くなるわけがないから、そんな行為をする奴はほとんどいないけれど。まぁ、普通の人間が私たちのような存在を恐れていることは間違いないにゃ。」
「ある意味バランスが狂ってるなそれ。普通の人間が一方的に損をしているんじゃないか?」
「魔法を使える人間が死ぬ最多の原因は何か知っているかにゃ?」
「えっと、なんなんだ?」
「魔法に関係する要因にゃ。魔法も便利で非常に強いが、だからといって全て私たちに全て有利に働いてくれるわけでもない。第1に魔法による病理で死ぬか、第2に他殺か。魔法使いはそれぐらい極端だにゃ。」
「他殺って。誰に殺されるんだよ。」
「同じ魔法使いか、もしくは魔物だにゃ。」
つまり、その魔法使いがギルド協会で受注した任務の中で死ぬこともわりと多いということか。
「心配するにゃ人間。魔力が弱くなったことによるものにゃ。ちなみに、第3の要因としては魔力劣化による事故死もあるにゃ。」
ある意味、普通の人間よりもまともな死に方ができないようだ。
普通の人間とは別のベクトルで、普通ではない死に方をすることが多いのだろうけど。
その普通ではないことが魔法使いにとって日常なのだとするのなら、ある意味僕はどんな立場として見られるのだろうか。
僕は本来であれば今日会った迷子の女の子とそう変わらない人間であり、死んで女神に会ってしまったことで普通の存在ではなくなっている。
その普通という枠から強引に引き離されたとはいえ、この世界の基準ですら普通の人間ではないのだ。
別に普通という言葉が好きというわけじゃないけれど、そのある一種の疎外感が形成されてしまったような気がしていた。
「ミーシャは獣人だからって酷いことされたりしないのか?」
そんなことを、言ってみたりはしたのだが。
「さあにゃ。でも、見た目的にはリザードマンの方が怖がられるにゃ。」
見た目がトカゲの人?のほうが明らかに怖がられているのは事実なんだけれど。
そのミーシャも、一度僕の首の後ろを舐めて変な傷跡を残したのだから。そんな、普通の人間ではできるわけがない行為はどう思われているんだろうか。
「あまり心配するようなことはないにゃ人間。とりあえず、今日のところはストラの報酬でご飯でも奢らせるにゃ。」
「そういえば、その報酬ってその日で得た成果からすぐにもらうんだよな。」
「そうにゃ。」
ある意味、それは日雇いの労働者とそう変わらなかった。
しかもその労働の中で殉死する可能性もあるというのだから。
「うーん。何だ、異世界に来たことを今更僕は後悔してきている気がするぞ。」
「何か言ったかにゃ?」
「いや、なんでもない。というか、そんな感じの金銭感覚で大丈夫なのか?普通の人でも月収で働いている人のほうが安全なんじゃないか?」
「ギルド協会で働く人間はどちらかというと傭兵みたいなものだからにゃ。それを承知でアタリは働いているんじゃなかったのかにゃ?」
確かに、それもそうだけれど。その感じだと一歩間違えれば普通の人間の方がまだまともな生活をしていそうだった。
「そもそもミーシャは家がないんだっけ?」
「何を言っているにゃ。」
誤解だったんだろうか。
「この自然こそが、獣人にとっての家なんだにゃ。」
近くにある木々の近くで彼女はそう言った。もの凄くいいことみたいに言ってるけど、実際のところそれはただの野宿である。
「何だにゃ。そのものすごく可愛そうな人を見る目は。」
「いや。もう少し普通の生活をしてもいいだろ?何でそんなことをしてるんだお前。」
「うーん。まぁ、確かに家も重要ではあるんだけど。サバイバル的な行為をしても死ににくいから、そこに甘えが生じるんだよにゃ。」
「どこに甘えがあるんだ・・?」
彼女の言っていることが意味不明に感じて頭を抱えてしまう。
僕は一体何と会話してきたんだろうか。猫耳の女の子だからって少し甘く見ていた気がする。
「大丈夫にゃ。キャンプ生活なんてゆるい行為にゃ。」
「いやいや。」
ゆるいわけないだろ。普通に固い地面に寝ていたら身体中痛いのに。
「適当に暮らしているだけなら誰だってできるにゃ。私は暴力以外能が無いから協会で仕事しているだけだし。」
「おい。」
もはやダメな奴にしか見えなかった。
とりあえず、その場所から離れて宿屋へと戻る。夕方ごろになると、ストラはもう既に帰っていた。
「仕事はもう終わったのか。」
「はい。適当に完了しました。今日のところは別に大きな戦いもなかったですね。」
これから先はずっとこうして協会の任務を受注するストラの手伝いをするのだろうか。試しに、僕はいつミーシャからペンダントを返してもらうのか聞いてみる。
「え?そうですね。あと数回ぐらいでしょうか。」
後数回の任務達成で返してもらうことは出来るが、フェルから聞いた限りでは彼女の本来の能力は発揮できていない。
そんな彼女と一緒にいればいいようだけれど、しかし僕が彼女の補佐などいつまでもできるんだろうか。
彼女は10才の頃に辛い経験をしているが、今ここで聞いても意味はない。
彼女をどこか利用してしまっているような感覚になったが、それも無視しなければならない。
「アタリさんは、この街に慣れてきましたか?」
「え?あぁ。」
「そうですか。」
「なぁ、あのペンダントは誰から貰ったものなんだ?」
「友人からです。子供の頃の。今はもう会えないんですが。私にとっては大切なものなんです。」
そんな大切なものなら、すぐにでも取り返したりしないんだろうか。
「ミーシャは、別に悪気があってあれを持っているわけじゃありませんから。それに、あれを持っていた少女はもう居ません。遠い世界に行っているのだから、私は彼女の事を忘れるしかない。むしろこうしてギルド協会で仕事をしているほうが、私にとっての罪滅ぼしになるんじゃないかって思うんです。」
「罪滅ぼし?」
別にストラが悪いわけじゃないのにどうしてそんなことを言うんだろうか。
「あれ?罪?違うかな。うーん、言葉って難しいですね。どう表現したらいいんでしょうか。」
「それは僕にはわからないよ。」
「アタリさんは、何か大切なものはあるんですか?」
それはどうだろうか。何か大切なものと言われても、そう簡単には言えない気がする。
「無いよ。」
いやそれ以前に自分が居た元の世界に全て置いてきてしまったのだから。そうなってしまった以上大切なものなんてこれから作るしかない。
「私でよろしければアタリさんが待ち受けている苦難は私がお供します。」
「何でそういうセリフになるんだ?」
「なんとなく顔にそう書いてあるので。」
「これから僕は酷い目にあうように見えるのか。」
死亡フラグ的なものがすでに立っていたとしても、それで死んだところであまり悔いは無さそうだ。
というか、あの女神に会ったところで別に僕の人生観が変わったわけではない。世界が変わったところで、自分の大元の人格が全て失われるわけではないのだ。
明らかにルールも見た目も、全て違うからといって僕自身は失われることはない。適応することはあっても、別に態度を変える必要性もないのだ。
「そういえば今日ここの食堂で新しいメニューができるんですよね。お腹が空いたからすぐに行きませんか?」
そう言われて僕はストラと一緒に食堂へ行くことにした。今のところは彼女にとっての優先事項はその、新しいメニューを食べることになっているようだ。