2 / 別にどうということはない夜。
報酬を受け取るには町まで行かなくてはいけないので、今日の夜はストラの家で休むことにした。
自分は客室のベッドに横になり、何もない場所の空気を楽しんでいる。
いや、ほんとうに楽しんでいるかどうかはともかく。本当に何もないため娯楽が少ないのは残念である。
ディープランという街に行ったらとりあえず何かできそうだけれど。それまでは我慢して機械の無い世界を楽しむしかないと見ている。
夜の満月、電灯らしいものはあるがそれは魔法によるものだろう。光量はそこまで激しくないし量も多くない。
そのため空は快晴で星空が見えていた。
「何黄昏ているんにゃ人間。」
「うわぁ!?」
寝ていたら突然真下からにゅっと出てきたのでびっくりした。
「い、いつ入ってきたんだ!?」
「ストラの家は抜け道があるから、こうして客室に忍び込むのは簡単にゃ。」
「そんなのあったのか。それにしても不気味な真似をするなよ。」
「お化けだと思ってびっくりしたかにゃ。一撃で魔物を撃退した割に可愛い人間だにゃ。」
いや、猫耳とかの空気も相まってどこかお化けみたいなのは事実なんだが。
「なぁ。少し暇つぶし的になにか出来ることないのか?」
「暇つぶし?うーん。それはつまり、夜の相手を私に求めているのか人間。」
「違う。明らかにそれは間違ってる。」
「じゃぁ何なら間違ってないと言うんだよ人間。」
「一応女の子なんだからもう少し節度を持った方がいいんじゃないか?」
「一応って何にゃ。むしろお前はストラの方が好みなのかにゃ?」
「そういうわけじゃないけど。」
「大体あんな大きな力を持っている時点でおかしい話しにゃ。普通の魔力ではない、尋常ならざるあの威力を見れば誰だって興味が湧いてくるにゃ。」
「えっと。あれは見なかった事にしてくれ。」
「いきなりそんな事を言われても困るにゃ。お前の魔力は凄いが、頭は微妙だにゃ。」
「お前には言われたくないぞ!?」
「あんな力をお前みたいなやつが持っているのは不自然にゃと思う。」
不自然と言われてしまったが、まぁたしかに仕方がない気はする。
女神から力を貰ってまだ1日も経っていない。貫禄もないので、そう言われるしかないだろう。
「アタリという男がどれほどの価値があるのかは知らにゃいけど、とりあえず私はストラの言う通り敵対することはないにゃ。」
「敵対?」
「本当だったらストラについた悪い虫を殺してみようかと思っていたけれど。気が変わったって意味にゃ。」
「それは無茶苦茶怖いけど最初から僕を殺すつもりだったのはやりすぎじゃないか?」
「この時代、いつ誰が変なことをするかわからないにゃ。ミントベルクは他の国に領土を取られて、経済が傾いているし。」
「戦争とかしていたのか?」
「隣国との条約の食い違いを整理しようとして、結果的には衝突したけれど。結局ミントブルクは多くの犠牲を払ったにゃ。敗戦して賠償金を支払わされた後だから、街に行ってもそう油断はしないことにゃ。」
「そういう国なのか。なんだか大変だな。」
「世の中を知らないようだけれど。アタリは本当にどこから来た人間かにゃ?」
「別にどこからでもいいんじゃないか?」
「ストラから特別視されるほどの人間なのだから、かなり訳ありだと思った方がいいと思うけれど。」
「僕はその。色々あって大変だった後なんだ。そう、僕は一度死にかけて。それで物凄く偉い人に助けられた後にここまで来たんだ。」
「死にかけたって。誰かに殺されそうになったのかにゃ。」
まぁ、殺されそうになったというよりは殺されたと言った方が正しいけれど。この場合事故死になる。ただ、トラックに轢かれたことを直接言うつもりもない。
「うーん。まぁ、事故みたいなものなんだろうけど。そこら辺は言わなくてもいいんじゃないか。」
「訳ありだというのはわかったけれど。あの強い力の原動力にしては弱すぎるにゃ。」
「そうだな。僕に突然降ってきたみたいなものだから。」
「意味がよくわからないし、まあ理解できなくても別に困る事はないけれど。アタリの力の強さは本物だから、そう放置しておくわけにもいかないにゃ。」
そう言ってミーシャは近くまで来た。
「お前は何か知っているようで何も知らない。魔法の力は強いくせに、実際のところは無知にも見える。」
「僕は、その。本当のところは何も分からない状態なので。お手柔らかに。」
「何も知らないの間違いじゃないかにゃ。」
「確かにそうだけど。僕としてはミーシャも協力してもらいたいんだ。」
「何の協力にゃ?」
「僕が出来るだけ異世界で生きていけるようにかな。」
「生きることに悩むほどなのかにゃ。聞けば聞くほどお前はかなりおかしい人間にゃ。」
「そうかな。」
「まぁ、別に全てを話す必要性はないけれど。魔法の知識もなく強力な魔法が使えるのは、ある意味かなり危険だからにゃ。ある程度、知識のある人間から教わったほうがいいにゃ。」
「ミーシャからはダメなのか?」
「私は内面、肉体系の魔法しか使えないからにゃ。自己理論で動いているから、アタリが使った収束砲撃魔法は専門外にゃ。明日街へ行ったら、とりあえず適当に勉強しておくといいにゃ。」
「わかったけど。ストラからは?」
「ストラはそういうところは面倒くさがりだからにゃ。適当な理論は放置しているから、何も教わることはないはずにゃ。」
「そうなのか。頭が悪いとかじゃなくて。」
「感覚で魔法を使っている感じだからにゃ。彼女の場合、自己流で魔法を習得したタイプだからまず参考にならにゃいにゃ。独学の天才の言うことは話半分でいいにゃ。」
「独学の天才ね。」
確かに、ある程度人と勉強して技術を上げていくタイプの方が勉強をする方法が分かりやすいだろう。
人とは関わらず、単独で他人が真似できない領域に至った人間の場合は参考になるものではない。
才能とかそれ以前の問題だ。技術を得るためのショートカットを明らかに知っているが、そのショートカットがあまりにも難しすぎる。
天才型は天才である故に他人には理解されない。どう足掻いても、独自路線で磨かれた才能というものは誰かがすぐに真似できるものではないのだ。
思考法がまるで違う、方法論があまりにも独自過ぎる。そして解答に至るまでの道筋が難題であること。
「ストラがそういうタイプの人間には見えないんだが。」
「人は見た目では判断できにゃいにゃ。大体あのタイプの人間に驚いていてはこの先生きていけにゃい。」
「はぁ。」
「でもストラとそういう仲になりたいのであれば積極的になるがいいにゃ。」
「なんでいきなりそういう話になるんだ。僕とストラはそういう関係じゃないって。」
「どういう関係でもいいにゃ。彼女は基本的には高性能だけれど、しかし中身は普通の女の子にゃ。」
「中身はって。なんだか無茶苦茶に聞こえるぞ。」
「普通にアホだと言っただけにゃ。」
「しかももっと低いレベルになったな。どういう意味なんだそれ。」
「ようするに、彼女は魔法のポテンシャル以外は平凡だということにゃ。ある意味、ギルド協会にとってはかなり都合のいい人材だけれど。それで、アタリにとってはどんな感じにゃ。」
「気を許せる協力者・・?というか、まだ会って1日も経ってないの理解してないだろお前。」
「確かにそうだにゃ。しかしこの場合時間はあまり関係ないにゃ。」
「どういう意味だよ。」
「お互いに何かしらの共通点がある人間はすぐに分かり合える。だから、時間なんてあまり関係ないにゃ。むしろ長い時間をかけないと理解しあえない方が返って人間関係は深まらないはずだにゃ。」
「僕とストラに共通点があるってこと?」
「ある程度は。ただ何か感じるものがあっただけかもしれにゃいし。」
こいつは僕とストラをくっつけさせたいのだろうか。そんな意味のない努力をなぜするのか分からない。
「ストラが大切にしていたもの、とりあえず返す気はあるんだよな。」
話をずらす作戦に出てみた。
「ん?あぁ、あれにゃら問題はないけど。宝石部分の価格のせいで値段が高いからにゃ。私としては気楽でいいけれど。」
「ミーシャはその高い額をすぐに買えたのか?」
「そうだにゃ。ちょっと前に長期旅行に出かけていて。東の国にある神聖な池から金色の鯉を釣り上げたら多額の金を貰えたにゃ。」
「ダメだ。つっこみどころが多すぎる。」
「本当は鯉を食べたかったのだけれど、結局それは断念されてしまったにゃ。」
「当たり前だろ。鯉は観賞用じゃないか?」
「うーむ。アタリは食べたことないのか?」
「無い、のか?というか、長期旅行で何をしていたんだ?」
「普通にただの旅行にゃ。」
「以外とヒマなんだな。それで多額のお金を手に入れて、帰って質屋で買ったのか。」
「現金はそのまま持っていけないから、銀行で色々手続きするのは苦労したにゃ。とりあえず手に入れたおかげで外で寝ても快適だけれど。」
「外で寝たら確かに虫が寄ってくるな。というか、そんなことして風邪をひかないか?」
「この獣人を舐めてもらっては困るにゃ。」
まぁ、僕は物理的に彼女に舐められたことはあるけれど。
「あれ?冷静に考えたらミーシャってどこに住んでるんだ?」
「普通に野宿にゃ。」
絶句した。
むしろ涙無しでは語れない生活をしているようだ。
「昨日はストラが飼っているドラゴンと一緒に寝ていたにゃ。あやつからはかなり鬱陶しがられたけれど。寝床は暖かいにゃ。」
「なるほど、僕があの時近くにきていきなり君が襲ってきたタイミングの良さが理解できたよ。ていうかあそこ割と臭くなかったか?」
「臭いとは人聞きが悪いにゃ。それにゃら激臭で敬遠されている、ギルド関係者しか入れないB級スポットに連れて行くにゃ。」
「何だそのスポット。」
「まぁ、毒の沼地になっているせいでアンモニア並みの激臭があるだけだにゃ。」
「それ、完全にやばい所じゃないか。」
そんな場所があるのだとしたら、そこに居る魔物は倒せなさそうだ。
「そんな場所はすぐ近くにはないから安心するといいにゃ。まぁ、どうしてもというのなら任務一つ受注してもいいけど。」
「いや、普通の魔物倒しに行こう。お前だって別に死にたくは無いだろ。それで、普通に野宿とかしているのは何でだ?」
「必要最低限の荷物しか持っていないから気楽でいいにゃ。」
「いや、そういう問題じゃなくて。」
実はこいつ、ストラの家に住み込んでいると思った方がいいんじゃないだろうか。あるいは納屋。
「いよいよ猫並みの習性になってきたな。」
「猫じゃなくてケット・シーにゃ。獣人に対してなかなか無礼な奴にゃ。」
「そ、そうなのか?」
「男として少しは女の子が夜に訪問してくれることに何かしらの性的感情を持っていた方がいいはずにゃ。」
どっちかというと命の危険すら感じるんだが。
「そんなことを言ったところで、別にミーシャが喜べるようなことは無いと思うけど。」
「喜ぶとか喜ばないとかそんな低次元の話ではないにゃ。大体こんな月の明るい日に私がやりたいことなんて一つしかにゃいにゃ。」
「それでもしストラに露見されたら僕がまずい。」
「ストラなら私がどんなことになっていようと起きないにゃ。それともアタリには既に一人や二人彼女がいるのか?」
「一人はともかくなんで二人もいるんだ?そんなことあるわけないだろ。」
「お前ほどの才能のある人間がどうしていないのか謎だにゃ。」
「悪かったな。お前だってそういう相手いなかったのか?」
ハーレム物の七不思議の一つだろうか。殆どのヒロインは処女であり、恋愛経験は何一つもないこと。
ある意味、この謎は伝統的ではあるが謎すぎてむしろどうでもいいぐらいだ。
「相手なら今ここにいるにゃ。」
「かっこいいけど今言うセリフじゃないな。」
「さっきから何を言っているんだにゃ。意味がわからないからこっちが間違えたのかと思うにゃ。」
「えっと。もしある男がハーレムの状態になっているけど。その男の周りにいる女全員が恋愛経験ゼロだったらおかしいだろ?」
「そうだにゃ。じゃぁこうすればいいにゃ。本当はその女性たちは男には仲良く見せているけど見えないところでは。」
怖すぎる冗談はやめてほしい。
「ハーレムなんて幻想を別に僕は期待してないからな。」
「今更格好つけるにゃ人間。別に女の子の100人や200人、自分の手にしたいはずにゃ。」
「多すぎだろ!??」
そんな人類、いたとしても男性はむしろ皆殺しにされてそうだ。
そういう帝国が現実に居たそうだけど。
「お前の力さえあれば似たようなことはできるはずにゃ。」
「僕を魔王ルートに引きずり込むな。僕は正義の勇者で居たいんだよ。」
「魔王も勇者もエロい意味にしか聞こえないにゃ。」
「最低だなお前!!」
何だ、だんだん頭の悪い会話になってきて収拾がつかなくなっているぞ。
「大体そんな男が一人以上いたら迷惑じゃないか?」
「ある意味思考は童貞にゃが、ある意味モンスター童貞でもあるにゃ。」
「何だよモンスター童貞って。」
「最初のうちは一作品につき一人の女の子を好きになっていたけれど、だんだん数が増えていくやつのことにゃ。いや、メタボ童貞と言った方が正確にゃ。」
いや、何でも言えばいいってもんじゃないだろ。メタボ童貞とかもはや自殺ものじゃないか。
「どっちにしろ最悪だけど。それでそんな奴が居たとしてどうだっていうんだ。」
「それは難しい質問だにゃ。大体数が増えたところで邪魔なはずだからにゃ。そのメタボリック童貞やモンスター童貞の行き着く道筋は、結局のところは破滅のみにゃ。」
「最初からそんな幻想成立しないの分かっているのならなんで100人とか200人とか言うんだよ。」
「毎巻違うヒロインとくっつく作品があったら面白そうだと思っていただけにゃ。」
そんな作品は映画にはありそうだけど、冷静に考えたら確かに最低な男だなそれ。
「正ヒロインとか正妻はいないのか?ほかの男とくっついたら見ている側としてはかなり下品な作品になりそうだぞ。」
「そこが問題にゃ。だから毎巻誰かに殺されたりあるいは幽閉されるストーリーも必要にゃ。」
「そんな鬱展開しか無いストーリー誰が読むんだ?」
ヒロイン交代のためにヒロインを殺すのはちょっと意味がなさすぎるぞ。
「これが恋愛ではなく、物の収集とか魔物を仲間にしていくストーリーだったら矛盾しないけれど。対象が女の子になると確かにおかしいにゃ。」
「ん?どういうことだ?」
「だから、収集対象が女の子ではなく別の物だったら成立するという話にゃ。女の子は別に増やす必要性がなければ、そもそも増えなくてもいいにゃ。つまり、女の子に対する欲望、ハーレムに対する幻想は収集癖とそう大差ない。つまり、間違っているとすれば女の子に対する欲望にゃ。」
「つまり、どう頑張ってもその幻想は成立しないのだから細かいことは考えるなと。」
「察しのいい人間だにゃ。ストラが見込んだだけはあるにゃ。」
「いや。」
というか、お前がとてつもなく下品というか俗物的なことしか考えていないことはよく分かったよ。
数さえ多ければいいと思っているのも考えものだが。
「人間の収集癖が深くなるとそうなると言っただけにゃ。別に、ハーレムが間違っているんじゃなくて。成立しないといっただけにゃ。求めるのなら、もっと集めやすい物を求めたほうがよろしいって話にゃ。」
その蒐集対象が人間ではなく、物質的なものであればいくらでも手に入る。恐らく多少貧乏でもある程度の物ぐらいは手に入るだろう。
「ん。じゃぁ、ミーシャとしてはどうしてほしいんだ?もし僕が見境なくミーシャやストラを襲ったりしたら。」
「現実的にはどうしようもない人間ではあるけれど。とりあえず映像化できなくなるにゃ。」
何だ映像化って。流石に夜中だからミーシャの言動もおかしくなってきたんだろうか。
「私としては、アタリの力はそういったことすら許容できるレベルの物が秘められているということは分かっているにゃ。」
「え?」
そこで話が戻るのか?
「つまり、僕の力をどうしたいんだ?」
「いや、どうしたいかは考えていないにゃ。それはアタリの自由だし、魔物を倒してくれれば問題はないけれど。実際のところアタリは一体何が目的なんだにゃ?」
「ん?まぁ、何だ。旅かな。」
「それは気楽な話だにゃ。」
ついこの前まで長期旅行に出ていた奴には言われたくないが。
金色の鯉を釣り上げたとか嘘にしか聞こえないし。
「アタリとしては、その力を現実にどう使うつもりでいるのかにゃ。」
「言えないというか、まぁそういうところだよ。ミーシャだって自分が言いたくない過去の一つや二つぐらいあるだろ。」
「ふむ。それは残念だにゃ。」
「だから別に心配したところで、僕がいきなり居なくなったり突然魔王になったりしないって。僕は昔から平凡な暮らししてこなかったから、勝手がわからないんだよ。」
「それだけの力があれば、割と人生楽な気はするんだけどにゃ。その言い方だと、今日初めて魔法を使ったとかそういう感じに聞こえるにゃ。」
確かにそうだが、そこまで詮索されるのも困る。
「えっと。」
「お前は何者だにゃ。」
「普通の人間だって。」
「普通の人間が、一撃で魔物を遺跡ごと吹き飛ばせるかにゃ。」
「えっと。この力は貰い物なんだ。だから、別に何かあるわけでもないんだよ。偉い人に突然押し付けられて、本当に何も分からない感じなんだからさ。」
「押し付けられただけとなると。まぁ、かなりおかしい話だにゃ。」
実際、ミーシャにとっても意味のわからない話し方なんだろう。
自分にとってもあの女神がどうして僕に力を与えたのかは分からないままだから。
何も分からないままだから、結局は僕は自由に動くしかない。
「ある意味ストラにとっては星の王子様ということかにゃ。」
「いや、別に王子様ではないんだけど。」
「その王子様とは言うけれど、国の政治機関の偉い人の息子っていうと興醒めするのは何でだろうにゃ。」
知るか。確かに厳密に言えば王子って役職ですらないしな。
「ミーシャにとってはストラはどういう目で見てるんだ?そもそも今ここでそれを返すとかはないのか?」
「金にかんしては半分どうでもいいにゃ。私にとってストラは幼馴染だけれど。ただひたすら魔物を倒す作業を仕事にしているだけだからにゃ。ギルド協会にとっては都合のいい人材だけれど、正直彼女はもう少し遊んだほうがいいと思うにゃ。」
「遊んだほうがいいって・・・?」
「アタリとすぐにくっつくかどうかが、私にとっては今月前半期の勝負だからにゃ。」
「そういう話になるのか。ん?ミーシャにとっては、ストラはむしろ真面目なタイプに見えるのか?」
「真面目というよりあれは思考放棄しているタイプだからにゃ。協会から見たら真面目に仕事をしている奴だけれど、別にストラという少女は真面目な性格をしていないにゃ。普通の女の子ではあるけれど、しかし普通故に他者との恋愛は難しいにゃ。ストラのメンツを気にしているわけじゃないけれど。」
「お前だって別に恋愛経験はないんじゃないか?」
「まだ14だからにゃ。ストラは17歳、私からすれば割とピンチなタイプにゃ。」
「思春期入りたての女の子に恋愛の心配されるのは割と屈辱だと思うが。でもそういうお前こそ恋愛とかできるタイプか?」
「好きか嫌いかの話をしているわけではないし。この場合、私はストラを見ているとどうも落ち着かないんだにゃ。」
「落ち着かないって?」
「あやつ、私と最初会った時に戦闘になった話にゃ。あの時私は匂いでとりあえず判断して彼女を攻撃してしまったが。彼女を倒すのは無理だった。対人戦になると恐らく、彼女は上位者になるだろうし。その割に魔物の掃除をしているだけの日常だからこっちは不審に思うにゃ。」
「別に、魔物だって全てが安全ってわけじゃないだろ」
「それはそうだけど。明らかに魔物を倒すよりも対人戦の方が強いからにゃ。」
「魔物専門の戦いに向いてないってことか?」
「向いていないというより、対人の方が効率的に倒しにくるって話にゃ。あの時だって、別に私はストラに油断していたわけじゃないから。一度戦った時、一瞬で私は敗北したにゃ。」
「ん?」
つまり、どういうことだろうか。
「その気になれば、ストラはいつでもミーシャから大切な物を奪い取れる・・・?」
「このネックレスは恐らく、ストラにとっては大切だけれど。その大切さの度合いに関してはキュル程じゃないって話にゃ。恐らく、だれかからプレゼントされた程度のものじゃないかにゃ。だからといって、これが彼女の強さの照明でもないけれど。」
「ストラ的には別に、暴力的になりたくないんじゃないか?」
「それは微妙だにゃ。あの時の状況を見ていないから言えるだけにゃ。」
ストラは一度ミーシャと戦って圧勝したことはあるが、その後に彼女を襲うことは一度もない。
本来であれば強引に手に入れることができる物を、面倒な取引を真に受けてミーシャの手伝いをしている状況だ。
「ストラが単純におせっかい好きなのか、それとも頭が悪いだけなのか。その両方だとしても、私にとってはストラはもう少し素直に行動したほうがいいと思うにゃ。」
「そこまで欲深くはないんじゃないか?名声にこだわっているとかそういうんじゃないだろ。」
「ふむ。つまり私の勘違いで、彼女は純粋に仕事をしているだけなのかにゃ。」
「そういうところだと思うけれど。」
「中々つまらない話にゃ。いっそのこと今すぐにでもストラのところに襲いかかってみようかにゃ。」
「何でいきなりそういう話になるんだ。というか、それこそ犯罪じゃないか?」
「ふむ。じゃぁ後々の計画ということにしておこうかにゃ。」
「その後々の計画は一人でやってくれよ。」
「何で?」
「何で僕が当然のように入っているんだ?僕は別にストラ目当てで生きているわけじゃないぞ。明日は早いんだからさ。」
「ふむ。それもつまらない話だにゃ。」
「お前、結局どうしたかったんだ?」
「いや、私としてはストラがどういう人間かを知りたかっただけだにゃ。ただこうしてみると、ある意味ストラ並みに謎だというのは分かったにゃ。」
「お前にとっては、ストラは僕と同レベルの人間なのか?」
「彼女は本気を出さないタイプだからにゃ。彼女は対人戦では絶対的な存在だろうけれど。そんな彼女が一度や二度ぐらいハメを外しているところを見たいだけにゃ。」
そういう言い方だと、まるでストラが本当は超人みたいに聞こえてしまうのだが。
「お前が見ていないところでハメを外しているだけじゃんじゃないか。」
そもそも一日中ストラのところにいる訳では無いのだから、気を抜いているときぐらいあるはずだがそうじゃないのか。
「はぁ。そうだどいいけれどにゃ。」
そして、ミーシャはベッドの中に潜り込んだ。
「今日はここで寝る気なのか?」
「これでとりあえず風邪をひかずにすむにゃ。」
「それは僕が風邪をひくことを心配しているのか?それとも、自分が風邪をひくからなのか?」
「そのどっちでもあるんだけれどにゃ。可愛い女の子が一緒に添い寝してくれるイベントに少しは感謝しないかにゃ。」
「うーん。」
寝ている途中に始めてあった時みたいにならないだろうか。
「鏡で見たけど、僕の首の後ろに赤い点がついてたんだよな。」
「虫に刺されたのかにゃ。」
お前の舌が原因なんだよ。
普通の人間のはずなのに舌で舐められただけであんな傷がつくとは。
さすが獣人、というか一緒にねるのは少し怖すぎる。
「心拍数が上がっているけれど。これはつまりエロいことを考えている証拠かにゃ?」
「いや、どっちかというと恐怖心っていうか。虎に睨まれている感じだよ。」
「別に生娘でもあるまいし。14歳の女の子が目の前にいることに少しは感謝できないのか童貞人間。」
処女の獣人にそんなことを言われる筋合いは無いんだが。
一応寝てみるけれど本当に落ち着かない。
「エロいことはしないのかにゃ。」
「いや、なんだか物理的に傷だらけになりそうな気がして。」
「ふむ。じゃぁひっこめばいいのかにゃ。」
聞くところによると、ミーシャのあの舌はひっこめる事ができるらしい。
妙に機能的なのは感心するけれど、だからといって行動に及ぶ必要性もないのだ。
「ふにゅぅ。これ以上魚は食べられないにゃ。」
などと典型的な寝言が聞こえてきたほうな気がする。
こんな状態がいつまでも続くのだろうか、僕にとっては少々精神的にもきついが。
「え?」
ふと、窓の外をみる。月明かりが雲で隠れたときだった。
薄っすらと誰かがその窓から見ていたのである。
目があった直後、すぐにその人影は消えてしまった。
一体いつからそこに人が居たんだろうか。
ストラとは到底思えない。その謎の人影は一体どうしてこちらを見ていたのかわからなかった。
僕とミーシャが話しているところをずっと見られていたのだとすると、非常におぞましい感覚はあった。