『幼馴染まざぁ』を自称する彼女が俺のことを甘やかしてこようとしてくる件
「はい、バイトお疲れ様。横になっていいよ」
俺がバイトから自宅に帰って早々に、間宮英華はベッドに座り込んで、そんなことを言う。
優しげな表情でこちらを見る彼女は、俺――前坂利久の幼馴染だ。
彼女とは家が隣同士で、幼稚園の頃から現在――高校に至るまでずっと、通う学校が同じだった。
一緒に遊ぶことも多く、けれどもいずれは疎遠になることもあるだろう……そう思っていたけれど、現実は真逆。
彼女はどこまでも、俺に甘くなった。
「横になれもなにも、俺の部屋だが」
「細かいことは気にしないで」
「そこまで疲れてはいないんだが」
「遠慮もしないで?」
「遠慮でもなくて――」
「えいっ」
俺の言葉を最後まで聞かず、英華は無理やり俺の身体を引いて、横に倒す。
油断していた俺は、気付くと彼女に膝枕をされる形になっていた。
「お、おい……?」
「ふふっ、私はお母さんの代わりで幼馴染なんだから、いっぱい甘えていーんだよ?」
見上げると、そこには微笑みを浮かべる彼女の表情。――いつからこんな関係になったのかと言えば、きっとそれは、俺の母親が死んでから数週間ほど経った時からだろうか。
はっきり言えば、昔の俺は母親の死からすぐに立ち直れなかった。
病気がちな母親が、いずれは『そうなってしまう』であるということを理解しておきながら――それでも納得できなかったのだ。
そんな塞ぎ込んだ俺に対して、英華は言った。
「ねえ、トシ君」
「……なんだよ」
「『まざぁ』って言葉、知ってる?」
「なんだよ、急に」
「英語でね、お母さんって意味なんだって」
「……だから?」
「わたしね、決めたの。トシ君の『幼馴染』で、『まざぁ』になるって!」
「……はあ?」
最初は全く意味が分からなかった。
何故、わざわざ横文字を使うのか。幼い彼女はそもそもその言葉の言い方も拙く、英語なのに平仮名になっているように聞こえてしまう。
それからというもの……英華は俺のことを甘やかすような言動ばかり増えた。
一緒にいると恥ずかしいことも多かったが――けれど、一緒にいてくれる彼女が、俺の支えになってくれたのだ。
だから、俺は彼女のことは否定しない。だが、
「なあ、前から気になってたんだが……」
「ん、なぁに?」
「どうして、『幼馴染まざぁ』って言い方をするんだ?」
「え、そんな言い方してたっけ?」
「いつもしてるだろ。……というか、自称してるじゃないか」
「そうだったかなぁ……」
惚けるような言い方をする英華。
俺は起き上がって、改めて聞くことにする。
「ああっ、起き上がっちゃダメだよっ」
「真面目に聞いてるんだって」
「答えてあげるから横になって?」
「あのなぁ……」
「横になってくれないとダメだよ?」
「……」
少し頬を膨らませて言う英華に……俺は渋々、横になる。
まさか無理やり膝枕をさせられたのに、今度は自分から寝ることになるとは思わなかった。
「ふふっ、いい子いい子っ」
「茶化すなよ。それで、どうしてなんだ」
「そんなに気にすることでもないのに」
「気になるから聞いてるんだ」
「……簡単なことだよ。トシ君のお母さんは、一人だけだもん。私はね、お母さんにはなれないから――だから、『幼馴染まざぁ』ってこと。ふふっ、どう?」
「どうって、そんな理由か」
「そんなってなに!? 結構真面目に考えたんだけどっ」
怒ったような表情を見せる英華に、俺は思わず笑ってしまいそうになる。
「まあ、俺から見たらお前は母親って感じじゃないな」
「えー、じゃあどういう感じなの?」
「歳が近いし……周りから見たらカップルにでも見えるんじゃないか?」
「ふぇあっ」
「……? どうし――」
「動かないでっ」
「うおっ」
顔を上げようとしたところで、何故か枕を押し付けられる。それも結構強い勢いで。
「な、何すんだよっ」
「いいからっ! しばらくこのままっ!」
……時々、こいつの考えることは俺にも理解できなくなる。
けれど、俺は英華の言葉に従ってそのまま動かないことにした。
「わ、わたしは『幼馴染まざぁ』ってあって、トシ君の恋人じゃ……『まだ』ないし」
「あん? 声が小さくて聞こえない――」
「いーからっ! わたしの膝で休んでてっ」
なんとも理不尽なことを言う英華。これが、俺の『母親変わり』を自称する幼馴染だ。
『幼馴染ざまぁ』の流行に乗ろうとしたら、『幼馴染マザー』……すなわち幼馴染でママな彼女を思いついたのでその試作段階を書きました。
ご査収ください。