デビュタントと婚約者候補 sideシターギル
今回は少しだけ短めです。
様々な貴族が集まり、煌びやかな雰囲気を纏う王城の舞踏会場。中央では、今回デビュタントした子女達だけでなく、その父母兄姉、それに他国からの使者が入り混じり、ダンスを踊っている。
それらを前にし、僕は王族用に用意されたホールより数段高い場所で食事をしていた。会場からは見えないが、近くにはロウェンがいつでもサポートできるよう、他の王族付きの使用人達とともに控えている。
同じ段に用意された大きな椅子とそれより少し小さいが、やはり大きな椅子は、どちらも今は空席となっている。父上も母上も、今は中央でダンスを楽しんでいる。どちらもとても楽しそうだ。二人とも、未だにベッタリでラブラブだから……。そのうち、新しい兄弟ができるんじゃないかと思っている。生まれるなら妹がいいです。お人形みたいな娘がいい。甘やかしてあげるから、早く生まれておいで?まだ出来てないけど。
さて……僕もそろそろもう1人くらいと踊らないと。相手はマジア侯爵家のフェアラウネ嬢が無難だろう。立場的にも丁度良いし、さっき見た感じではきちんと自分の立場を弁えマナーも完璧、何より僕の婚約者候補筆頭とのこと。実際に会ったのは先程が初めてだし、会話もしたことがないけど、盗み見……ゴホン、眺めていたらそれも納得した。
思案しながらの食事は終わり、僕は口を拭いて立ち上がった。重要な挨拶回りや社交は、最初のダンスの後に済ませた。邪魔者はいないし、僕は僕のやるべきことである婚約者候補達の見極めをやろうか。
ざっと見たところ、やはり次に誘うのはフェアラウネ嬢がいいな。周りには誰もいないし、食事をしている様子もない。スターブル伯爵家の双子と話しているようだが、2人とは幾度か顔を合わせたことがある。
スターブル伯爵家の双子はこちらを向いていたこともありすぐに気付いたが、フェアラウネ嬢はなかなか気付かない。フェアラウネ嬢との距離が10メートルをきったとき、ようやくこちらを向いて、順に挨拶をしていく。
カーテシーも完璧だし、挨拶等のタイミングも完璧。流石、僕の婚約者にと言われるだけのことはある。
「フェアラウネ嬢、どうか一曲、私と踊って下さいませんか?」
片膝をついて右手を差し出す僕に、フェアラウネ嬢はやわらかく微笑んで右手を重ねた。
「はい。喜んでお受けいたしますわ、シターギル殿下」
楚々とした佇まいに、僕は紫色の手袋に包まれた右手へと軽く唇を当て、軽く感動する。僕、この人となら、良い結婚生活を送れる気がする!!そうだ。何も、この世の全ての女性がルミドシュみたいな奴でもなければ、ルミドシュに憧れている人ばかりじゃないんだ!!これでフェアラウネ嬢がルミドシュに憧れてなければ完璧なのだけど……。
僕はフェアラウネ嬢の右手を、僕の右手から左手へと持ち替えて、中央へとエスコートをしながら尋ねる。
「フェアラウネ嬢は、憧れている人とかいますか?」
「そうですね……お父様やお母様、お姉様には憧れていますわ。それに使用人の方達も尊敬してます」
「え…っと、怪盗ルミドシュなどは……?」
「ルミドシュでしょうか?確かに世のご婦人方は怪盗ルミドシュに憧れていらっしゃる方が大勢いらっしゃるようですが、私は特に憧れてはいません」
困ったように眉を下げて苦笑するフェアラウネ嬢に、内心ガッツポーズで転げ回る。
だって理想の、理想の女性がここに!!
「ちなみに怪盗ルミドシュの助手のツイスについて、どう思われますか?」
内心の狂喜乱舞を押し殺し、ゆったりと優しげな声音で問う。
「ツイス、ですか?そうですわね……あのルミドシュに唯一付いていける方なのではないでしょうか?ルミドシュはいつも揶揄したり囮にしたりと扱き使っていますが、必ず楽しそうにしていらっしゃいますし、必ず傍に置いているので、信頼しているのでしょうね。きっと案外一生懸命で生真面目で、信の置ける良い人なのでしょう。
私はあのルミドシュに一生懸命仕えているであろうあの方、ツイスでしたでしょうか?ツイス様を尊敬に価する素晴らしい、好ましい方に思えます。
……私が見て、知っている限りでは、という言葉がつきますけれども」
内心の狂喜乱舞が鎮まり、狂喜乱舞していた心の中の僕は、天へと召された。嬉しさと感動とその他諸々に狂喜乱舞が加わり、一周まわって天へと召された。どうしよう。召されたから心はとても静かで無だ。無感情だ。え……僕どうすればいい?
「あら。曲調が変わりましたわ」
いざ踊ろうとダンスフロアを前にしたとき、フェアラウネ嬢がふと呟いた。
本当だ……。確かに先程の曲よりも少しアップテンポな曲へと変わっている。
「少々アップテンポな曲ですが……どうですか?踊れますか?」
「あら。これでも私は外交を統べるマジア侯爵家の娘。造作ないことですわ」
楚々とした雰囲気を纏いながらも、どこか挑戦めいた光で瞳を輝かせている姿は、先程の自己紹介直後の頃よりもやわらかい印象を受けた。最初からやわらかな雰囲気は纏っていたけれど、それは優しそうに見えるという意味だった。けれど、今は同じやわらかな雰囲気でも、気を許されているという気がする。少しは打ち解けられたのかな?
「頼もしいかぎりだね。
それじゃあ改めて、僕と一曲踊ってくれますか?」
「ええ、もちろんです、殿下」
ニッコリ笑い返してくれたフェアラウネ嬢を左に、僕はデビュタントの子女達が少なくなったダンスフロアの中央へと足を運んだ。
「……ところでシターギル殿下」
「何ですか?」
「殿下って普段、というか素のときは一人称が“私”ではなく“僕”なのですね」
「え!?どうしてそれを?人前では出してないはずなのに……(ブツブツ)」
「先程の2度目の私へのダンスの誘いのときに言っていましたわよ?気をつけて下さいませ。
……私としては、殿下には素でいてもらえると嬉しいのですが。このまま順調にいけば、私は貴方様の妻となるのですから、なるべく気の休まるようにしてほしいのです」
「……わかりました、フェアラウネ嬢」
「敬語もなるべく使わないで下さるとありがたいです。シターギル殿下に敬語を使われると落ち着きませんわ」
「わかったよ。でも基本敬語だから、たまに戻るかもしれない。それと、フェアラウネ嬢にはお返しと言ってはなんだけど、シターギルじゃなくてギルって呼んでほしいかな?」
「それでは私もフィーアとお呼び下さいませ、ギル様」
「ありがとう、フィーア嬢」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「つっかれたー……」
デビュタントが終わった深夜、僕は部屋へと戻り椅子に倒れ込んだ。
あれから。フィーア嬢との和やかなダンスが終わって、そのまま少しテラスで会話を楽しんだのだけど、やはりフィーア嬢とは良い(夫婦)関係が築けそうだった。その後は予定通りその他の婚約者候補と話してみたが、フィーア嬢と比べるととくにコレといった特徴のない者ばかりで、惹かれたりすることもなければ嫌悪するほどでもなくという感じだった。あ、いや待て。約一名、ちょっと苦手な奴がいた。忘れたくて煩わしくて、すっかり記憶から抹消してた。あー、忘れたくて忘れてたのに思い出してしまったぁ……。よし、忘れよう。
―――コトリ
「ん?」
音がしてふと意識が浮上する。目の前の机には、入れ立ての紅茶が入ったティーカップが置かれている。
「本日はお疲れ様でした。明日は重要な書類も会議もございませんので、今夜はどうぞごゆっくりと疲れをお取り下さい」
「ああ、ありがとう、ロウェン」
いつのまにやら傍に控えていたロウェンがお茶を入れてくれたらしい。本当にいつ来たのやら。もう慣れたが。
「亜、そうだ、ロウェン。父上に明日の午前、というか朝食のあと、仕事前に会いに行くから時間開けておいてくださいと、連絡しておいて」
「かしこまりました。殿下の婚約者選びのことについてですね?」
「うん。お願いね」
「かしこまりました」
紅茶を飲み終わりソファを立つと、ロウェンがどこから取り出したのか寝衣を差し出してきた。
……本当によく分かったな、僕が浴室へ向かおうとしてるの。