お忍びと魔道具屋『シャディヴェ』
「お、嬢ちゃん、久しぶりだなぁ。どうだい?前に来た時から少し改良してみたんだ。一つ買ってかないかい?」
「え、ほんと?ちょうだいちょうだい!!ちょうど小腹が空いてたのよ」
私が約束から3時間少々遅れていったあれから、一週間以上経ったある日の昼前、私、フェアラウネ・マジアは変装して王都の市場、というか平民街に繰り出していた。目的は気分転換や息抜き、かな。あとそれと……
「そういえば嬢ちゃんは聞いたか?」
「ん、何を?……あふっ」
「怪盗ルミドシュさ。昨夜、オーツェルグ魔王国のナントカっていう伯爵家の首飾りが盗られたんだと」
「ルミドシュ様が出たの!?ゴホッゴホッ、あつい〜!!」
「おうよ。そうらしいぜ。ほら、水」
情報収集のためね。
この世界の情報伝達速度はかなり速い。主な重要な情報は国同士で魔道具で共有しているし、この国には情報ギルドというものがある。
情報ギルドとは、名前のとおり情報を買ったり集めたりして、その情報を売ったり、新聞などにして市井に発信している国際組織のこと。求人情報も取り扱っていて、その仲介もしているそうよ。ほとんどの貴族も、この情報ギルドを利用しているみたいね。
その新聞に、ルミドシュが現れると、毎回載るんだそう。
今回の情報収集とは、私達が盗んだ昨夜の出来事がどのように市井に伝わっているかとか、そういうことを調べるつもり。
あ、それと。もちろん、私は侯爵家の娘だから、そこらの平民より情報は入ってくるので、一応フェアラウネとしての耳には入っているのよ?うぅ……私がルミドシュって家族は知っているから、お父様のあの心配気な瞳が申し訳無かった。お母様とお姉様は、心配などは全くしてなかった。それどころか、凄くキラキラとした顔で見られたわ。ものすごく可愛かったです。
私はおじさんに礼を言って水を受け取り、続きを促した。
「それで?詳しく教えて!!」
キラキラとした瞳でおじさんを見る私。傍から見ると、そこらにいる女の子と同じように、ルミドシュに憧れているように見えているはず。もちろんこれは演技である。これが演技じゃなかったら、相当なナルシストね、私。あ、でも待って。やっぱり半分は演技じゃないかも……。だって、自分の噂って、聞くの楽しいもの!!
「わかったわかった。だから落ち着け。また噎せて咳き込むぞ?
それで、そのルミドシュだがな。どうやら一昨日の深夜、その伯爵の寝室へと予告状を出したらしい。毎回毎回、予告状の演出とかには凝っているが、今回は本物そっくりの美しい蝶に化けさせて寝室へと忍ばせたそうだぞ。
まあ、忍ばせたと言っても、当の伯爵様や使用人達が目撃していたらしいんだが。それはもう美しい蝶へと化けていたとか。それが本物とは見分けはつかないし、美しすぎて見蕩れるししで、実際に手元で予告状になるまで誰も気づかなかったんだと。
伯爵夫人なんかもその場にいたんだが、その蝶があまりに美しく幻想的だったものだから、近くの使用人達に『記録の水晶』と『記憶の紙』、それに映像魔術を使って記録させ、自身はその蝶をモチーフにしたアクセサリーをデザインしたらしい。伯爵夫人は、貴族の令嬢や夫人の間ではアクセサリーデザイナーとして有名らしいからな。
新聞に、そのデザイン画が載せられてたよ」
そうでしょう、そうでしょう!!美しかったでしょう、綺麗だったでしょう、神秘的だったでしょう!!!!
当たり前です!!何せ今回のは、ツイスと共に作った自信作!!ある意味、伯爵夫人のためだけに作った魔術ですからね!!思わずアクセサリーをデザインしたくなるような、そんな魔術になるように創意工夫をこらしましたとも!!内容としては、ただ紙が蝶に化けて特定の人物へと届けるためだけの魔術で、その距離も50メートル弱が限界なんだけどね。その割にいろいろといらないオプションをつけているから、やたら魔力を食うってことで、空気中に漂う魔素を使って魔力消費が少なく済む魔術にしてみたんだけど、やっぱりやたらと周囲の魔素や体内の魔力を食うし、ほんっとうにやたらと高レベルな魔術陣やら詠唱式やら魔術式を組まなきゃいけないから無駄に高レベルの上級魔術になってしまった。
あ、『記録の水晶』と『記憶の紙』っていうのは魔道具の一種で、モノクロだったりと質は落ちるが、平民にも買える有名なもの。要は動画と写真よ。ちなみに、ギル様と魔術師団の合作だそう。さすがギル様!!
「本当!?あとで新聞見てみるわ!!」
ちょうど買った串焼きを食べ終わったので、おじさんからの情報収集は切り上げることにした。
串を捨てて、座っていた椅子から立ち上がる。
「教えてくれてありがとう、おじさん!!他にもルミドシュについて聞いて回ってみるわね。またお金に余裕できたら買いにくるわ!!」
「おう!!また来な」
それから私は、市場内で転々と場を変えながら聞き込んでみたり、盗み聞いてみたりとしたけど、ダイタイガ同じような情報ばかりだった。まあ、予想通りね。
だからここからは、もうひとつの目的である息抜きをさせてもらおうと思うの。といっても、お世話になってるお店を回っていくだけなんだけどね。
ということで、今向かっているお店は魔道具屋さんよ。ここで主に取り扱っているのはもちろん魔道具だけど、店主のおねーさんと仲良くなると、魔道具作成に必要な材料なども卸してくれる。おねーさんは美人で優しいし、魔道具師としての腕も一流なのに基本低価格でお財布にも優しい。ただし、店に置いてある魔道具に値札なんてものはないので、値段はおねーさんの気分次第。普通客や一般客等には、だいたい相場より安めで売るけど、気に入らない客や二度と来てほしくない客からの依頼は高くする。かわりにお得意様にはかなり安くしてくれるし、お気に入りのお客さんは滅茶苦茶安くしてくれたりする。もちろん私はお気に入りの部類よ。というかお友達の方がしっくりくるわね。
そのお店は、市場から少し離れた所にある。どちらかというと人通りのない、落ち着いた雰囲気の漂う道を進むと見えてくる、お伽話に出てくる森小屋のような愛らしい感じのお店。窓からは小リスの置き物がのぞいていて、中も明るい日差しが入っている。知らない人が見ると、とても可愛らしい雑貨屋に見えるこのお店の名前は『シャディヴェ』。意味は森小屋。私のお気に入りのお店、第1位を堂々のトップで君臨中よ。
お店の扉を開けると、カランコロンカラン……と音が鳴って、お客が来たことを店内へと知らせる。いくつもの種類の木で作られたドアベルは、いつ聞いても優しい音を奏でてくれる。
「あら、いらっしゃい、ユサノ」
店主であるおねーさんが、いつものように店奥に置かれているテーブルと椅子で読書をしていた。ハーフアップにしたふわふわなおねーさんの髪が、顔を上げる動作と共に穏やかに揺れている。
はわぁ……何度見ても美人。豊かなミルクティー色の髪に、同色の長い睫毛に縁取られた栗色のアーモンド形の瞳、ツンと上を向いた鼻は真っ直ぐと鼻筋が通り、薄桃色に色付いた唇、華奢な身体とスラッと長い手足。完璧すぎる……!!くっ、これで女の子だったら良かったのに……!!
あ、紹介が遅れました。こちら、魔道具屋『シャディヴェ』の店主、おねーさんことエリシャ=ランディさん。正真正銘の男性、オネェさんです。そしてハーフエルフ。
「こんにちは、おねーさん」
「ユサノが平日に来るなんて、随分珍しいじゃない?一体どうしたのよ」
おねーさんが先程から読んでいるユサノとは、私のこと。前世の名前なの。そしてお忍びのときの名前でもある。ちなみに漢字にすると癒咲乃。
「今日は一日中暇なの。今日一日丸々お休みもらったのよ」
「あら、そうなの?それで、今日は何かしら?いつものように何か卸しましょうか?」
「うん、お願い。今日は黒と赤、白のインクを3瓶ずつと、あとヤスリを2束ずつ。銅用と鉄用と木材用ね」
「わかったわ。少し待っててちょうだい」
そう言っておねーさんは、2階にある在庫を取りに下がって行った。
おねーさんを待つ間、私は店の中を見てまわる。基本並んである魔道具は変わらないけれど、私は毎回見て回っている。おねーさんの作る魔道具はどれも質がいいから、見るだけでも参考になるし、何度も見ているうちに気がつくものもあったりするのよね。
ふと、店をまわっていた私の足が、ひとつの魔道具の前で止まった。髪と目の色を変える、幻術系の魔道具だ。なんの変哲もない。今私が使っている魔道具もこの系統だ。けど……。
「お待たせ〜、てあら?ああ、ソレを見てたの。見ての通り新作よ。ふふ、かわいいでしょ」
戻ってきたおねーさんが、自慢気に美しいその顔に笑みを浮かべた。……可愛い。これが男なんだから、この乙女ゲー世界は可笑しいと思うのよ。狂ってるわ……。
「今、このシリーズに挑戦してるのよ。これ、可愛いでしょう?それにコンパクトだから、持ち運びにも便利よね。だから、これを食べれば一定時間の間変装できるのは良いと思うの。他にも同じように、食べればある程度は治癒するとか、特定の魔法が扱いやすくなるとかあれば、絶対に売れると思うのよ!!そして何より、砂糖菓子だから甘くて美味しいわ」
そう力説するおねーさん。
確かにこれは可愛いと思うし、売れると思うわ。でも、問題はそこじゃないの。
私は自らの手に持っている、小さなジャム瓶くらいの小瓶を見下ろした。
小瓶の中には、小さな粒状の砂糖菓子が入っている。コロコロとしたそれは、茶色を主とした明るいパステルカラーの配色で詰められていて、小さな小さな突起が粒にいくつもついている様は、まるで星くずのよう。そう。こんぺいとうだ。
私はこんぺいとうが大好きなの。おねーさんが全て買っていいっていうから、置いてある5つ、全て買ったわ。今は変装用しかないけど、これから種類も色も増えるそうだから、定期的に買いに来ないとね。
お金を払い、店を出るともう日がずいぶんと傾いていた。いつの間にやら、かなり長い時間を『シャディヴェ』ですごしていたみたいね。どうりでお腹が空いたはずだわ。私、今日はまだまともなもの食べてないもの。
ついさっき買ったばかりのこんぺいとうを、小瓶を開けて取り出す。トゲトゲした様子がなんとも可愛らしい。さすが星屑菓子と呼ばれるだけあるわ。星を切り取ったみたい。
ぽいっと口にこんぺいとうを放り込むと、口の中でこんぺいとうの優しい甘さが広がった。
「……美味しい」
貴族街とは違う、賑やかで騒がしい平民街。そこを進む私のカバンの中で、さっき買って開けたばかりの小瓶が、日光に反射してこんぺいとうを優しい光で本物の星のように輝かせていた。
「さて、今日はもう帰りましょう」
楽しい今日のお忍びはもうおしまい。次はいったいいつ来れるかしら?それまでにこんぺいとうは大事に取っておかないとね。
この話に出てきた『星屑菓子』とは、こんぺいとうの謳い文句として、『シャディヴェ』に書かれていたということで使っています。実際に呼ばれているわけではありません(きっと、恐らく、多分)。お気をつけください_(._.)_