閑話 夢と現実
本日は閑話です!!
前話で出てきた、ルミドシュが遅れた理由。それのお話となります。
なので時間軸としては、3話目の『舞踏会と森の小屋』の、フィーアがルミドシュとしてバルコニーから抜け出す少し前の話となります。
閑話ですので、少し本編と比べて短いですがよろしくお願いします。
――とある晩
フィーアは自室にて、月光の明かりとろうそくの火を頼りに読書をしていた。まだツイスと約束していた時間まで余裕があるので、暇を潰していたのだ。
パタンと本を閉じる。
今日は綺麗な満月だ。バルコニーに出てみれば、流石侯爵家というべき大きく広い美しい庭と、その奥にあるよく手入れの行き届いた大きな林、もしくは小さな森が、いつもより明るい月光によって、どこか幻想的な雰囲気を感じることができるだろう。
しかしフィーアはバルコニーには出ずに、窓越しに月を仰いだ。その表情は、いつもよりどこか思い詰めているようにも見える。
「……いよいよ、デビュタントまで1ヶ月をきったのね」
ふいに開かれた口から出された言葉は、静かに部屋中へと響き渡る。
突然だが、フィーアの推しはギルだ。シターギル・ロレンティカ王太子殿下だ。そしてデビュタントが開かれるのは王城。去年のデビュタントでは、ギルは隣国のフォルカロン神帝国に留学中だったため、参加していない。つまり。ギルは今年のデビュタントで公へとお披露目されるのだ。
フィーアがそれを喜ばないはずがない。この目で見れるのだ。それはもう大喜びで、まだデビュタントまで1ヶ月あるにもかかわらず、早くも楽しみすぎて眠れないほどに、もう楽しみで幸せすぎてたまらないのだ。
「……え、待って」
デビュタントのことを考えると、落ち着かなくなってきたのか部屋をウロウロしはじめたフィーアは、何かに気付いたかのようにふと顔を上げて立ち止まった。
「これって……夢?」
何をとち狂った、フィーア。言わずもがな、間違いなくここは現実である。
尤もフィーアの言い分としては、『こんな幸せなことが現実におこるはずがない。この世界は幸せすぎる。きっと転生したあたりから夢なんだ!!そうに違いない!!』である。
そしてもう一度言う。ここは現実だ。決して夢などではない。大事なことなので2度言った。
「そうよ、夢なのよ!!ということはもしギル様に会えたとしても、それすら夢!?嘘でしょ!?嫌よ、せっかくギル様に会えるのにー!!」
しかしフィーアはもう、この世界を夢だと思いこんでいるため、愕然とした顔で膝をついた。
「!!そうよ、会う前に目が覚めればいいのよ!!」
フィーアはもう正気じゃなかった。
「でも目を覚ますにはどうすれば……息を止めるとか?」
フィーアは正気ではない。
「……プハッ、無理か。そうよね。予想してたわ。じゃあ、次ね」
フィーアは躊躇いもなく、壁に思いっ切り頭をぶつける。
フィーアは正気ではない。
「……無理かぁ。よし、次」
額からたらっと血が垂れ、眉間を伝って頬へと流れる。それを気にも止めずに、引き出しからナイフを取り出し首へと宛がう。死ぬ気だ。
……一応言う。フィーアは正気ではない。
「……やめておきましょう。さすがに目が覚めなかったら、全く洒落にならないわ」
なんとか思い止まってくれた。そこらを判断できる程度の理性は残っていたようだ。
「それじゃあ最後の手ね」
ナイフを閉まったあと、フィーアはスタスタとベッドへ向かい、いそいそ布団へと潜り込む。
「では、おやすみなさい……」
少しすると、寝室にはフィーアの寝息が満ちていた――。
ちなみに、ベッドに入ったフィーアには、すでにツイスとの約束など頭に残っていなかった……。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
――それから約3時間後
フィーアはふと目を覚ました。
「あら?何か忘れているような……。そういえば、やっぱり覚めなかったのね。それにしてもあやうく、自殺してしまうところだった……あのときの私、どうかしてたわ」
ようやく自分が可笑しかったことに気付いたフィーア。
「ん?……あ、思い出した!!今日、ツイスと約束してたんだったわ!!
でも、別に良いか、遅れても。相手がツイスだものね」
……こうしていつも損をするのはツイスばかりである。
普通だと、多少でもツイスに罪悪感を覚えるものだが、それを覚えないのがフィーア、もといルミドシュである。ちなみにルミドシュは、そのことに対して悪いとも思っていない。尚、ルミドシュがツイスに行っている理不尽に悪気は一切ない。とても質が悪い。
とりあえず、こうしてツイスはまた損をした。主に約束の時間から3時間も待たされたという意味で。