舞踏会と森の小屋 side フェアラウネ
ロレンティアック王国のマジア侯爵領の領主館、今宵そこで開かれる舞踏会は、今日15歳になったマジア侯爵家の次女の成人を祝うパーティーである。つまり私。
今宵の舞踏会の主人公であるフェアラウネ・マジア=私は、淡い青のドレスに包まれ、招待客達に祝われていた。
「フィーア、誕生日おめでとう」
「成人おめでとう、フィーア」
そんななか私に親しげに声をかけてきたのは、スターブル伯爵家の双子の令嬢達。そっくりな二人の見分け方は、髪と瞳の色のみ。暗い色をしている方が姉のドルチェ・スターブル、明るい色をしている方が妹のライチ・スターブル。どちらも私の親友で、所謂幼馴染なの。スターブル伯爵家とは、私達の曾祖父母の時代からの付き合いらしいから。
よーく見ると、二人にも違いがあるのだけど何故だか二人とスターブルのおじ様とおば様以外分かってくれなかった。ドルチェ、ライチの兄であるレクリー兄様にも、困った顔をして分からないと言われてしまったのよね。
そんなわけで、もちろん今回もスターブル伯爵家は全員招待しており、ドルチェとライチは今日も揃いのドレスを着て私に寄ってきた。
今日の二人のドレスは、ドルチェがオレンジに黄色が、ライチが黄緑に黄色がそえられている、Aラインのドレス。二人は性格は姉御基質で頼りになるけれど、見た目はふわっとした優しげな美少女なのでドレスがよく似合っている。
「ドルチェ、ライチ。ありがとうございます。二人とも来てくれたのですね」
「「もちろんよ!!」」
「フィーアの晴れ舞台だもの。来ないわけにはいかないわ」
「フィーア、今日のドレス、いつにもまして素敵ね」
「ええ、お母様や針子達が頑張ってくれたのです」
今日の私のドレスは、私の成人パーティーということだけあって、とても華やかで美しいものとなっていた。
大きく開いた胸元とふんわりバルーンになっている袖口には大粒のダイヤや繊細な花の刺繍が施され、胸下で切り替えられたエンパイアラインのスカートには大小様々な色取り取りの真珠、スカートに入ったスリットから見える幾重にも重ねられたやわらかなレースとヴェールが、これ以上もなく美しい仕上がりのしていた。
このドレスでダンスをすると、きっとスカートがとても優美な線を描いてくれるんだろうな。と言っても、踊ってくれる殿方なんてレクリー兄様とお父様、それにおじ様くらいしかこの場にいないのですけれど。
「美しいご令嬢方、どうか貴方方と踊らせてくれる栄誉を私共に下さいませんか?」
こういう一夜限りのお誘いは五万とあるけどね。
お誘いを受け、パートナーを変えてまた踊り、ご婦人方とお話をさせてもらいとしているうち、夜も徐々に深けて今宵の舞踏会はお開きとなった。
次に参加しなければならないのは、一ヶ月後に王城で行われるデビュタントだ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
招待客達がそれぞれの泊まる宿へと戻り、辺りが寝静まった頃。私は寝室のバルコニーから気配を殺しながらそっと抜け出し、隣国との国境付近の森まで〈転移〉の魔法でとんだ。もちろん、ネグリジェからパンツスタイルに着替え仮面をつけて、魔法で髪と目の色を変えてから。
ちなみに今日は猫の仮面。銀で作られた特注品で、私の正体を知っているアナに紹介された細工職人に全て作ってもらった。あ、この細工職人、実はアナの恋人で結婚間近だと思われます。
私の正体を知っているのはアナと細工職人さんに加えて、お父様にお母様、お姉様はもちろん、あとはテスタだけ。ルミドシュの相棒のツイスですら、私の本当(?)の姿を知らない。まあ、私もツイスの本当の姿なんて知らないんだけどね。
猫の仮面以外にも、私は4つの仮面を持っている。
ひとつめは、紫の色をした蝶の形の仮面。合金製で、私の仮面の中で1番軽い。
ふたつめの仮面は、形はなんの変哲もない仮面。銅製で1番脆い仮面で手入れも1番面倒くさいけど、この仮面は細工がとても細かく美しい仮面なの。彫られた薔薇は、とても造られたものとは思えないほど美しく咲き誇って、瑞々しくて優美なもの。
みっつめの仮面は翼型の純金の仮面。えーと、忍冬文、だったっけ?そんな草花の模様が彫られている。
そして最後のよっつめは、これだけ鉄の台に藍色の布を貼り、その上から黒のレースをかぶせたもの。近くで見ると美しいのはこれね。こうもりの羽のような形をしているわ。
私は場面や場合、場所によってこの仕事にはこれ!!と使い分けている。どれも宝石が使われていて、それぞれ猫の仮面から順に、ダイアモンドと水晶、アメジストと黒曜石、ルビーとピンクサファイア、アクアマリンとラピスラズリ、ホワイトパールとブラックパールの二種類ずつ。どれも綺麗で、見るたびにうっとりしちゃうのよねぇ。
私と助手くんは、銀猫の仮面、紫蝶の仮面、銅薔薇の仮面、金翼の仮面、黒羽の仮面と呼んでいる。
森をしばらく歩くと、少し開けたところにぽつんと、ちょっとした家くらいの小屋が立っていた。私はその中へ入り、隠し扉の奥の地下へと向かうと、やっぱりというかなんというか、予想通り先客がいた。まあ、舞踏会やら何やらで遅くなったのはこちらなのだが。
「やあやあ、ツイス君。一週間ちょっとぶりだねぇ、元気だったかい?」
「“元気だったかい?”じゃないですよぉ。確かにいつもより遅れるのは聞いてましたけど、言っていた時刻より3時間以上遅いですよ!?何かひとことくらいないんですか!!」
「え?何か私が君に言うこと?……何かあったかな?」
「え……いや、謝るとかあるでしょ」
「は?私が、君に、謝る?……ないないない。謝る理由ない」
「えぇ〜……どうしてですか」
「だって私が“上”、君が“下”。立場が違う。Are you OK?」
「あ…そっすか……」
うん。今ので分かったと思うけど、まず、私はルミドシュとして接するときや、どっかの村娘としてのお忍びのときではだいたいこの口調を使っている。心の中の口調より少々尊大。
そしてふたつめに、このツイス君は私の助手である。ときに私と共に次の獲物を決め、ときに私のルート案内や現在位置を教えてくれ、ときに共に調味料開発にのめり込み、ときに怪盗業のための生けにe……ゴホン、犠せi……ゲッホンゴホン、供物となってもらったり、ときに共に騒いだり、ときに共に馬鹿騒ぎをしたり、大馬鹿騒ぎをしたり、逆にときに共に世間を騒がせまくった仲の相棒であり、何者にも変えがたいパートナーなのだ。……“何者にも変えがたい”?本当に……?
「え、ルミドシュ?まさか、本気で僕を捨てる気じゃないですよね……?」
――ギクリッ
え、私、声に出していないはず……!!どうしてわかった!!
「え、待ってください!!本当に待って!?捨てないでください〜!!ルミドシュに捨てられたら僕は何をすればいいんですか!!ルミドシュいなかったら暇で仕方なくなっちゃいますよ!!」
え…何、そこまで言われると、どん引きなんだけれど。気持ち悪い……。明日は槍でも降るのかな?
「ルミドシュがいないんなら、一体誰も揶揄えばいいんですか!!」
あ、うん。どうやら降るのは槍じゃなくてツイスみたいだね。それも、少し予報が早まって今すぐにでも降るみたいよ。
「え、何?今すぐじゃなくて今降りたい?よーし、そうかそうか」
「え、ちょ、待っ!!ちが…っ!!待って……ぎぃぃやあああぁぁぁぁー――――!!!!」
――十数分後
〈転移〉によって永遠に終わらない永久機関となっていた紐なしバンジーを繰り返したツイスは、すっかりゲッソリと痩せこけて、小屋のリビングのソファにて突っ伏していた。
「も、もう無理……」
自分でやっておいてあれだけど、さすがに可哀想になってきた。仕方ない。お詫びにツイスの好物を作ってあげましょう。
小屋の一階部分にある台所に立つと私は、魔法〈異空間〉、別名・冷蔵庫(業務用)から材料を取り出した。今回使う材料は、にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、それに予め長時間煮込んでおいてトロトロな牛筋肉、あと特製のいろいろなスパイス等をブレンドした粉と小麦粉を少々。そう。ツイスの好物とは何を隠そう、カレーである。
分かっていると思うけど、もちろんこの世界にカレーなんてない。ツイスと協力して、死に物狂いで開発したのだ。この特製カレー粉を!!ぶっちゃけると、ツイスも転生者なので、二人して文字通り不眠不休で醤油や味噌だったり、ポン酢、マヨネーズ、はたまた焼き肉のタレまで作ってみたりした。
ただ、ツイスは忘れていた。自分が料理を出来ないことを。そうしたらどうなるかと言うと、必然的に私が料理をすることになる。これでも私は元・一人暮らしの女子大生なので、料理は出来る。むしろ得意。
でも、これで決まってしまったの。私とツイスの順位が。立場が。格が。それまでも私はツイスが下だというようなことをチラつかせたことはあるが、ここまではっきりと決めていなかったのだけれどね……。
考えごとしながらも、私は手を動かしていたので、目の前ではもう美味しそうなカレーがグツグツと煮込まれている。ああ〜、いい匂い……。一応窓は開けて換気はしていたけれど、部屋にはカレーの匂いが濃く漂っているからもうツイスも気付いているはず。
念の為、出来たことをひとこと声をかけておこうとリビングをのぞくと、ツイスが早くも食卓についてワクワクと待っていた。しかも、ちゃんと台拭きもしてスプーンも用意した模様。あとは料理ののった皿が置かれるのを待つのみ。そんなに食べたかったの、カレー……。
ちなみに、カレーは大鍋で作っているので軽く10皿分はある。私とツイスは別に毎晩会うわけではなく、何事もなければ一週間ごとに会っているため、その度に大盛り大量の料理一品を作ってツイスに渡しているのだ。そうしないと、ツイスがこの世の終わりみたいな顔をするのよ。自分が料理出来ない、というか壊滅的にセンスがないことを思い出したときと同じ顔よ。どれだけ日本のご飯が食べたいのよ。
だけど……
「ツイス、残念なお知らせよ」
「え……?」
準備万端な状態でカレーを待っていたツイスは、キョトンとした顔で私の顔を見る。うん、相変わらずの狐面&狐耳パーカー。この仮面、仕事行く度に新しい仮面に変わってるのよね。じゃなくて。
「外を見て御覧なさい」
私が指をさした方向、そこでは窓から白んできた空が見えた。それを見たツイスは愕然とした。何故ならそれは、もう帰らなければならないことを示していたから。
「ほら、このカレーと炊いた白ご飯はいつも通りあげるから。だから先週のやつをさっさとちょうだい」
しかし作った分はいつも通りもらえると分かるや否や、テキパキとカレーを〈異次元〉に入れて、〈拡張空間〉(通称・物置き)から先週の大皿を取り出して食卓を片しはじめる。
あ、ついでだから教えておくわね。魔法〈異空間〉と〈拡張空間〉はどちらもアイテムボックスと呼ぶけれど、〈異空間〉は〈拡張空間〉の上位互換で、空間内の温度調節が出来るの。対して〈拡張空間〉は室温調節こそできないものの、〈異空間〉より魔力燃費がいいのよ。それに〈異次元〉は、名前の通り異次元だから時間概念がない。一応〈異空間〉の上位互換として作ったのだけど、何故か一度に十種類の物しか入らない。ただし、その十種類の物ならいくらでも入る。例えば、今回の場合『鍋に入ったカレー』で一枠使っているため、空の鍋やスープの入った鍋、皿に盛られたカレー等は入れられないが、どんな鍋でもスープカレーやキーマカレーでも、『鍋に入ったカレー』なら際限なく入れられるの。
私とツイスはこの3つを、〈異空間〉は生の食べ物や牛乳、調味料等の保存、〈異次元〉は出来上がった料理の保存、〈拡張空間〉はその他の保存と使いわけている。ちなみにこの3つ全てツイスと私が作った。3つの内2つの土台はツイス、残り1つの土台は私で作って、協力して作り上げた。ツイスの内1つは〈異次元〉なんだけど、これだけ難易度が桁外れだったわ。魔法、魔術、どちらも私は作れるしチートだけど、ツイスはそれ以上の真性チートなのよね。無自覚の天才なのよ。
ボーッとそんなこと考えながらツイスを見ていると、ツイスが声をかけてきた。
「ルミドシュ?どうしました、ボーッとして。もう日の出ですけど、帰らなくていいんですか?女の子は大変だって、この前ぼやいてたのに」
「え、ツイス、私を女の子だと思ってくれたの?」
「は!?んなわけないでしょう。ただルミドシュの言葉を引用させてもらっただけです!!」
まあ確かに、空は今にも日が昇りそうなほど明るく澄み渡っていた。
「そんじゃまあ、帰りますか」
「次は、いつも通りに一週間後ですか?」
「そうだね。また一週間後にいつもの時間で」
「わかりました。それじゃ、お先に失礼しまーす」
ツイスが〈転移〉で帰ったのを確認し、私も〈転移〉で部屋のバルコニーへと戻ると魔法を解き、ネグリジェへと着替える。
空を見る限り、眠れるのはあと1、2時間程だろう。だけど、今回は舞踏会もあって少し疲れたから、少しくらい眠らせてもらってもいいわよね……――。