自己紹介と家族紹介 sideフェアラウネ
前話がプロローグだったのですが、今話は主人公視点のプロローグみたいになってます。
これからしばらくの間、説明がちょこちょこ入り込むと思います。
皆様、はじめまして。私はフェアラウネ・マジアと申します。マジア侯爵家の次女ですわ。マジア侯爵家とは、代々ロレンティアック王国の外交を担う、由緒正しきロレンティアック王国の貴族です。
実は私、前世の記憶というものがありますの。生まれたときはなかったのですが、5歳の頃に溺れかけて思い出したのですわ。“あ、私川で溺れて死んでしまったんだった”と。その頃はまだ前世の記憶が混乱して思い出せなかったのですが、大きくなるにつれ徐々に思い出し、10歳の頃にはほぼ完全に思い出しました。
そして12歳になり少し経った頃、ふと“あら?もしかしてここ、乙女ゲームの世界なのでは?”と気付きましたの。ありがちですが私はこの乙女ゲーをこよなく愛していたのでよく思い出せました。
名前は【記憶の花〜花の視る夢〜】、略して【花ユメ】。これは【記憶の花】シリーズの第4作目で、【記憶の花】シリーズは全部で5作あり、全て同じ花を巡って進むストーリーとなっていました。特に私はこの【花ユメ】が1番好きでした。だって攻略対象の5人が素敵だったんですもの!!特に私の推しだったのはシターギル・ロレンティカ、【花ユメ】のメイン攻略対象です。ギル様は、王家の血筋をひく者のみが持つ深緑の髪と、深い青の瞳が素敵なこの国の王太子様です。まだ今世ではお会いできていませんが……私は会いたいというよりも鑑賞派なので遠くから眺めていたいですね。聞いた話だと、ゲームの通り正統派王子様という感じのようです。
まあ、それは置いておくとしましょう。何故私がいきなりこのような話をしているかといいますと、私は今、数日後に開かれる私の15歳の誕生日パーティーと成人パーティーのドレスの候補を使用人達とお母様によって着ては脱ぎ、着せては脱がせとされてぶっちゃけ暇なのです。だって、人を着せ替えするのは好きなのですが、私が着せ替え人形になるのは嫌なのですわ!!
私は現実に思考を戻しあたりを見回すと、正面にはお母様がこちらを眺めながらお茶をし、周りでは私の専属侍女達とお針子さんたちがくるくるとせわしなく動き回っていました。
「ああ、お嬢様、素敵ですわ。お嬢様はどんなものでも着こなすので迷ってしまいますわ!!」
そう言ったのは私の専属侍女のリアナ。私はアナと呼んでいます。ゆったりと波打つ亜麻色の髪が左右に揺れて、麦色の瞳はキラキラと私を真っ直ぐに見つめてきます。アナは興奮すると体を揺らす癖があるのですわ。そばかすがチャームポイントです。
「ふふふ、アナ、落ち着きなさい。お嬢様がお困りになられているわ」
アナに注意した橙色の髪が綺麗な美人は、同じく私の専属侍女のテスタロッサ・ウェイト。ウェイト子爵家の令嬢で、親戚であるウォルト伯爵家の跡継ぎと結婚しており、次期ウォルト伯爵夫人です。
「テスタ、アナ。さっさと次の服を用意なさい。あの子が帰ってくる前に済まさなければ、貴方達使用人達の責任ですよ」
お母様は厳しくそう言うけれど、本当はお姉様に責められないようにしてくださっているのですわ。
お母様は顎上はラベンダー色、肩下からは藤色の髪に朝焼けを思わす紫の目の美女です。少し物言いがキツイこともありますが、根は優しく素直になるのが苦手なだけなのです。
皆、私の大事な自慢の家族ですわ。
「お母様、この調子ですと日が暮れてしまいますわ。せめて色を決めて数を絞りましょう」
「そうですわね……。それじゃあ青にしましょうか。薄めの青にしましょう。そうしたらフィーアの群青の髪も映えるでしょう。フィーアもそれで良くて?」
「ええ、お母様」
ようやく色が決まり、するとお母様達は「ここを絞って……」「このようにスリットなどは……」「宝石はお嬢様の瞳にあわせて……」と、円を組んで相談しはじめてしまいました。
当の本人である私は置いてけぼりですわね……。さて、どうしましょう?刺繍でもいたしましょうか……?いえ、確か作りかけの寄付用ハンカチがあったはずですわ。それを完成させましょうか。
窓際にある椅子に座り、刺繍道具をテーブルに広げた私は、お母様達の声をBGMに刺繍を始めました。
――それにしても、女の子ってどうしてこんなにも可愛いのでしょう。私を頑張って飾り立てようとするアナやテスタはもちろん、少し言い方はきついですが根は優しいお母様、そして恋する女の子に、何より私に向けるあの熱い眼差し!!ほんっとうに可愛いのですわ!!
そう心の中の叫びを胸に秘め、チクチクと針を刺していく。そしてたまにチラッと女の子達を見る。……幸せ!!
…………コホン、失礼しました。というか、もう地に戻ってもいいわよね?読者も薄々気付いているだろうし。というわけで戻るわね。
今刺しているハンカチは寄付用と言ったけれど、実はコレ、今度私のパーティーと共に領地で行われるお祭りのためのもの。私が刺したハンカチやリボンなどの小物を売って、そのお金を孤児院へ寄付するというものなのよね。私、これでもかなりの腕前って王都では有名なのよ?だから私の名前で売り出すわけ。さすがに偽物を掴ませるのは私のプライドが許さないわ!!
ふと外を見ると、もう日が暮れて空が濃いオレンジ色になっていた。手元のハンカチも、今日だけでもう4枚目だ。
……もうすぐで帰ってくる時間ね。
「お母様、もうそろそろ止めませんと帰ってきてしまいますわよ?日が暮れてしまいましたわ」
「何ですって!?本当だわ!!皆、急いで片しなさい!!」
「「「はい、奥様!!」」」
お母様の声でせっせクルクルドタバタと動き回り、片付けが終わる頃には侍女達がもうクタクタになっていた。
―――バンッッッ!!!!
「フィーア〜!!!」
直後、いきなり大きな音がして、私に猛スピードで抱きついてくるラベンダー色の塊が。大きく強く開けられた扉は、壁まで開いて跳ね返って、また大きな音をたてて閉まった。かなりの重量があるはずなのに、それが跳ね返って閉まるって……どれほど強く開けたのよ。本当、どうやって扉を開けているのかしら?
「もうお姉様、いきなり抱きついてこないでくださいませ。今は椅子に座っているからいいですが、立っていたら確実に倒れていましたわ」
「あら、それはごめんなさい。でもフィーアが可愛いのが悪いと思うの」
「それはないですわ」
「ええ〜……もうっ、可愛いんだから!!」
そう。さっきから帰ってくると言っていたのはお姉様のこと。ドレス選びにお姉様が加わると進まないのよね〜。
2つ上のロゼリアラお姉様は、幼い頃から私の憧れ。お母様譲りのサラサラなストレートのラベンダーの髪に、お父様譲りの鮮やかな茜色の瞳、そして少々釣り目がキツいけれど整った顔立ちと素晴らしいプロポーション。マナーも完璧で、やることなすことに気品が感じられる、まさに“淑女の見本”なの。
だから私はお姉様を手本としていつも見習っているんだけど、なかなかお姉様のようにはいかないのよねぇ。
「フィーア、何を考えているの?この暗い中、ずっと刺繍をしているなんて。目が悪くなるじゃない」
お姉様に言われて、やっとあたりがかなり暗くなっていることに気づく。お母様達はもう部屋を出ていったみたい。
「もうすぐご飯の時間よ。一緒に食堂に行きましょう」
「ええ、わかったわ、お姉様」
そんな“淑女の見本”なお姉様も家族の前では砕けたもので、まあそんなところも素敵なのだけれども。
「フィーアは今日は何をしていたの?」
「いつものように今度のお祭り用のハンカチを刺していました。この調子ですと、去年よりも多くのハンカチやリボンが出品出来そうですわ」
「あら、本当?フィーアの腕は国一と言っても過言ではないから、きっとたくさんの方が買ってくれるわ。去年と比べても、より腕を上げていたようだしね」
私は毎年この時期になると、このお祭りのために日々たくさんの私の刺した小物をためていて、それらをそのお祭りで売られているのをお忍びで見るのが何よりの楽しみなの。このためだけに刺繍の腕を上げていると言ってもいいわ。
食堂の扉を開けると、もうすでにお母様とお父様は揃っていた。
「ローゼ、フィーア。一緒に来たんだね」
「ええ、お父様。フィーアは夢中になると周りが見えなくなるから、私が迎えに行ったのよ。やっぱり刺繍に夢中になっていたしね」
ナイアクス・マジア、私のお父様でイケメン。群青の髪に夕焼けのような茜色の切れ長な目が格好いい37歳。確か18の頃にお母様と結婚して、その後すぐにお姉様ができたとか。お仕事は最初に言ったように外交官で、他の外交官達を纏める役もこなしている。“部下の憧れ”で、頼りにできる男……らしい。仕事している姿は幾度も見たけれど、何度見ても家とは別人のように見えて仕方がなかった。だって家ではただの優しいお父様だもの。
「さあ、もう食事が並ぶのだから、さっさと席に着きなさい。いつまでそこに立っているつもり。邪魔よ。後ろにいる侍女達が鬱陶しくて仕方ないわ」
(訳)貴方達が道を塞いでしまっているから、部屋を出入りしなければならない侍女達が困っているわ。食事もあるのだし、早く席についてあげて。
「わかりましたわ。相変わらずお母様は侍女達にも優しいですわね」
このご時世、侍女やメイド、召使い達に辛くあたる貴族など珍しくもないというのに。
お母様であるサラティナ・マジアは先程も記したように、豊かなラベンダーと藤色のストレートロングの髪に、朝焼けのような紫の瞳を持つ美人。34歳ながらも、未だ美貌は衰えていない。お姉様もそうだけど、お母様もいかにもな悪役令嬢顔とスタイルをしている。マナーも完璧、社交も完璧、勉学にも富んでいるため、まだお父様と婚約していない頃はそれはもうモテて、結婚したあとは“理想の夫人”と男性からも女性からも崇められているそうな。
ちなみに私は、お父様譲りの群青のストレートロングのツヤツヤ艶やかな髪と、お母様譲りの朝焼けを思い出す紫の瞳という容姿ね。顔はそれなりに整っているらしいわよ。市井に降りるとたまに攫われかけるもの。
お姉様も私もどちらも見事に血が出ていて、髪の色も目の色も、それぞれお父様とお母様にそっくり瓜二つなのよね。
「ほら、夕飯が来たようだよ」
侍女達がいそいそと並べたお皿には、今日も美しく盛られた料理が美味しそうに輝いている。
私の日常はいつもこんな感じ。起きて、ご飯を食べて、勉強して、ご飯を食べて、刺繍をして、ご飯を食べて、本を読んで、刺繍をして、そして寝る。だいたいはこの繰り返し。だけどたまに、これに加わるの。《怪盗》という職業が――。