男だけど、双子の姉の代わりにバンドのボーカル努めます。
滴る汗が地面にシミをつくり、会場の熱気に息遣いが荒くなる。
何ヶ月にも渡るツアーで声はかすれ始め、もはや限界は近い。
それでも、ここに来てくれたファンのみんなのためにも私は全力を尽くす。
「次でラストナンバーだ、いくぞお前ら!!」
リーダーのウィルの煽り文句に、ファンは地鳴りのような歓声で応える。
曲と曲のつなぎのほんの一瞬。
たった一つの呼吸で、私は身にまとう空気感を変質させていく。
さっきまでの熱気が嘘のように、生きているのか、死んでいるのかさえもわからない冷えた狂気が観客に伝染する。
私の中に残った全てを出し切り、なんとか最後の曲を歌いきった。
全てを歌い終わると、一際大きな歓声が上がる。
ツアーファイナルを締めくくるに相応しい、大成功と言っても過言ではないだろう。
曲がでればCD不況時代でもミリオンヒットを連発し、雑誌にグラビアが乗れば即日完売、テレビにでれば高視聴率連発、バンドとしても私個人としても、これ以上ないほどに活躍していた。
しかし、たった一つだけ、私には周囲のバンドメンバーにも隠している事がある
そう、全ての事の始まりは、2年前のあの事件。
私こと夏目昴が双子の姉、夏目星奈としてこのバンドのボーカル「エスター」を務める事になったのかを話さなければらない。
◇
失敗した! 逃げ込んだ先が行き止まりなんて!
薄暗い部屋に追い詰められた俺は、ジリジリと壁際へと後ずさる。
「頼む! お前にこの私の……いや、この事務所の命運がかかってるのだ!!」
息を荒げたプロデューサーが、一歩一歩こちらへと詰め寄る。
プロデューサーの動きに連動した周りの若い女社員達が、愉悦の表情を浮かべ俺を取り囲んでいく。
くそっ、すでに包囲網が完成しちまってる。
「なに、悪いようにはしないからさ、だからちょっとだけ、ちょっとだけでいいから試しに着て見ないか?」
フリフリの如何にもなアイドル衣装を持った社長も、こちらにゆっくりと近づく。
諦めるわけにはいかない。
なぜなら、俺の命運が、男としてのプライドがかかっているのだから!
「そこだっ!」
包囲網の一瞬の緩みを見逃さなかった俺は、一目散に駆け抜けた。
ふっ、俺の勝ちだ! あばよ、プロデューサー! 社長!!
「はい、大人しくしましょうね」
部屋の出口を抜け出たことで、勝利を確信し油断していたのだろう。
俺は外で待ち構えていた別の女社員に、あっさりと組み敷かれた。
「ぐはっ」
押さえつけられた俺は、目を釣り上げ社長を睨みつける。
「諦めろ! 男なら覚悟をきめろ!」
「男だからこそ、そんな格好で人の前に立てるかぁぁぁあああああ」
廊下に俺の断末魔が響く。
どうして、こんな状況になったのか。
それもこれも全ては俺の双子の姉、夏目星奈のせいである。
星奈はデビュー直前に迫った3人組アイドルグループのボーカルを務めていた。
それなのに突如として、俺たちの目の前から姿を消したのである。
理由は簡単だ、もうアイドル活動に飽きたんだそうだ。
昔から飽きっぽい姉だったが、もちろん、そんな理由でドタキャンなど許されるはずがない。
許されるわけではないのだが、書き置き一枚だけを残し星奈はいなくなってしまったのだ。
そう、それもデビュー前日に……。
「お前なら顔はそっくりだし、大丈夫、絶対にバレないから!」
不本意だが、俺と姉の星奈の顔は瓜二つだ。
「頼む! このプロジェクトには社運がかかっているんだ!!」
社長曰くこの日のために借金をし、もはや後には引けないところまできているようだ。
そんなの関係ない……そういってしまえば楽だが、実の姉が迷惑をかけた手前、ここで見捨ててしまうのにはあまりにも気がひける。
「いっ、一回だけなら……」
ポツリと呟くと、先ほどまで目の前で土下座していた社長とプロデューサーが、一気に距離を詰めてきた。
「おぉ! お前ならそう言ってくれるはずだと信じていたぞ!!」
「早速特訓だ、なに、1日あれば仕上げて見せる!!」
「ちょっ、ちょっとま……」
言質はとったとばかりに、2人は俺を回収し、あれよあれとダンススタジオへと連れて行く。
もとより姉に連れて来られていたせいか、歌詞もダンスの振付もすべて覚えている。
本番で披露するのも一曲だけだし、まぁ、どうにかなるか……。
それから丸一日、全ての準備を完璧に整え、用意された楽屋で待っているのだが、おかしい事に他の2人がこない。
どういう事なのかと不安に思っていたら、目の前の扉が開き、プロデューサーが部屋の中に入ってきた。
「……すまない、他の2人は急遽来れなくなった」
「えっ? エッッッ!?」
思考が追いつかない俺に、プロデューサーは一枚の紙切れを手渡す。
これは、ネットニュースの内容をコピーしたもののようだ。
「1人は妊娠が発覚し、先ほどグループから脱退した」
嘘やろ?
「もう1人はアダルト作品への出演が発覚した……」
まじか……。
「もはや、まともなのはお前だけだ! あとは頼むぞ!!」
「男の俺もまともじゃねーよ!」
プロデューサーは現実から逃避するように俺に向けて微笑む。
解脱し、まるで菩薩になったかのように、その笑顔に曇りはなかった。
「じゃっ、俺も逃げるから、あとは頼むわ」
「は?」
そういうとアロハシャツに短パンの姿だったプロデューサーは、サングラスを装着し頭にストローハットを被ると、旅行用のトランクケースをガラガラと引いて、あっという間に目の前から消えた。
一体どう事なのかと呆然とする俺を見逃してくれるほど、この世界は甘くない。
「時間です! 急いでください!!」
スタッフが俺の手を引いてスタジオまで連れて行く。
ええい! こうなったらヤケクソだ!! やぁってやるぜ!!!
◇
その後やけっぱちになった俺のテレビデビューと初ライブはなんとかやり遂げた。
しかしプロデューサーの格好と不穏な発言に不安になった俺は、ライブ後に衣装も着替えず、タクシーに乗って会社へと戻った。
「だ、だれもいない……」
しかし、元あった事務所の扉をくぐると、そこには社長どころか他の社員もいない。
椅子も机も、何一つないもぬけの殻となった部屋の床に、たった一つの書き置きを見つける。
俺はその書き置きを覗き込んだ。
「てへっ、プロジェクトにお金使いすぎて倒産しちゃった!」
無意識で書き置きを床に投げつける。
ふざけんな……と一瞬怒りがこみ上げてきたものの、これでもう二度と女装しなくて言い訳だ。
むしろこれでよかったのでは?
そう思うと、だいぶ気持ちが晴れやかになった。
「ここに居ても仕方ないし、帰ろう……」
冷静になった俺は振り返り、扉を開け外に出ようとした。
しかし、その時である。
振り向きざまに誰かが俺にぶつかる。
「おっと、すまないな、大丈夫か?」
「は、はい」
ぶつけた鼻をさすりながら、手を差し伸べてくれた相手の顔を見上げる。
う、うわぁ、いけめんさんだぁ……。
見た目からして間違いなく外人、体つきも僕と違って高身長でとても男らく、それでいて気品がある。
出来ることなら僕もこれくらい背が高くて、イケメンなら良かったのにな。
僕と目のあった外人のイケメンさんは、サングラスを外しニヤリと笑う。
「ははっ、ここに来た甲斐があった……ようやく見つけたぜ、俺の歌姫」
イケメンは僕の両脇を手で抱え、子供のようにぐるぐると回転し俺を抱きしめた。
「えっとー、あのー、人違いでは?」
俺は首を傾げる。
「ん? 君はさっきテレビにでていた夏目星奈だろ?」
僕は自分がどういう格好をしていたのか思い出す。
そういえば、アイドルの格好のままだ。
「あぁ、はいそうですけど……」
事情を説明しようとしたその時、ドタドタという音と共に、黒いスーツの集団が事務所に入ってきた。
「邪魔するでぇ、よぉ、あんたが夏目星奈か?」
邪魔するんなら帰って、って案外言えないもんだよね。
いかにもな人たちを前に、僕の心は竦んだ。
「あんたんとこの社長さんと連絡がつかんでなぁ、あんたはどこにいるのか知らんか?」
俺は首を横に振る。
「そか、なら仕方ないな、あんたに払ってもらおか」
男が差し出した紙切れを見ると、それは借用書だった。
俺や星奈には関係ない話だと、反論しようとしたその時、男は連帯保証人のところをトントンと指差す。
そこには星奈の名前がかかれていた。
「そういう事や、わるいけど、おじょーちゃん今すぐに払ってくれるか?」
精密にいえば僕は星奈ではないので関係ない話だ。
だから突っぱねる事もできるけど、そんな薄情な真似できるわけがない。
「ま、待ってください、そんな大金……」
「うんうん、わかったわかった、じゃーおじちゃんと行こうか」
黒いスーツのおじさんは俺の手を掴もうとした。
しかし、それより先に、外人さんの手がおじさんの腕を掴む
「……なんやにーちゃん、邪魔するんか?」
「幾らだ? その借金、全て俺が肩代わりしよう」
黒いスーツのおじさんは怪訝な表情を見せる。
「ああん? にいちゃん何言って……」
「幾らだと聞いている、さっさと答えろ」
詰め寄る借金取りにもウィルは全く引かない。
「はっ! 借金は全部で10億、払えるものなら……」
「いいだろう、口座を言え」
「えぇっ!?」
黒スーツの人が驚くの無理はない。
俺も開いた口が塞がらなかった。
「よし、送金したぞ、確認したら、その借用書はここに置いていけ」
「……たしかに確認した、まいど!」
黒スーツの男は先程までとガラリと態度を変えると、こちらに視線を向けた。
「お嬢ちゃんよかったなぁ、こんなイケメンの兄ちゃんの愛玩道具なら、風俗でそこらのおっさんの相手するより全然ええやんか、ほなな、ご両親が泣くから二度と借用書にサインしたらあかんでー」
引きつった顔が戻らない……。
一体何が起こってどういう事なのか、色々ありすぎて頭はパンク寸前だ。
「自己紹介が遅れたな、俺の名はウィリアム、ウィルと呼んでくれ」
俺はウィルと握手する。
「あの、借金のことだけど……」
「あぁ、それなら問題ない、星奈の体で払ってもらう」
ウィルは借用書をひらひらさせて悪い顔を見せる。
自らの貞操の危機を察知した俺は、自分の体を抱いて後ずさった。
「夏目星奈、お前は今日から俺のバンドのボーカルだ!」
「へっ!?」
それが俺、夏目昴とウィルの出会いだった。
一曲だけと、姉の代わりにアイドルに勤めていたはずの俺が、彼のバンドのボーカルを務めるきっかけとなった出来事である。
お読みいただきありがとうございます。
本作は、≪連載版≫ 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜のスピンオフになるので、よければこちらもお読みください。
https://ncode.syosetu.com/n7475fn/
本編の1話をもじった内容になっています。
名前の由来は、夏目→夏→サマー→サマセット、昴、星奈→星繋がり→エスター、エステルです。