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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

男だけど、双子の姉の代わりにバンドのボーカル努めます。

作者: ユーリ

 滴る汗が地面にシミをつくり、会場の熱気に息遣いが荒くなる。

 何ヶ月にも渡るツアーで声はかすれ始め、もはや限界は近い。

 それでも、ここに来てくれたファンのみんなのためにも私は全力を尽くす。


「次でラストナンバーだ、いくぞお前ら!!」


 リーダーのウィルの煽り文句に、ファンは地鳴りのような歓声で応える。

 曲と曲のつなぎのほんの一瞬。

 たった一つの呼吸で、私は身にまとう空気感を変質させていく。

 さっきまでの熱気が嘘のように、生きているのか、死んでいるのかさえもわからない冷えた狂気が観客に伝染する。

 私の中に残った全てを出し切り、なんとか最後の曲を歌いきった。


 全てを歌い終わると、一際大きな歓声が上がる。

 ツアーファイナルを締めくくるに相応しい、大成功と言っても過言ではないだろう。

 曲がでればCD不況時代でもミリオンヒットを連発し、雑誌にグラビアが乗れば即日完売、テレビにでれば高視聴率連発、バンドとしても私個人としても、これ以上ないほどに活躍していた。

 しかし、たった一つだけ、私には周囲のバンドメンバーにも隠している事がある

 そう、全ての事の始まりは、2年前のあの事件。

 私こと夏目昴が双子の姉、夏目星奈としてこのバンドのボーカル「エスター」を務める事になったのかを話さなければらない。







 失敗した! 逃げ込んだ先が行き止まりなんて!

 薄暗い部屋に追い詰められた俺は、ジリジリと壁際へと後ずさる。


「頼む! お前にこの私の……いや、この事務所の命運がかかってるのだ!!」


 息を荒げたプロデューサーが、一歩一歩こちらへと詰め寄る。

 プロデューサーの動きに連動した周りの若い女社員達が、愉悦の表情を浮かべ俺を取り囲んでいく。

 くそっ、すでに包囲網が完成しちまってる。


「なに、悪いようにはしないからさ、だからちょっとだけ、ちょっとだけでいいから試しに着て見ないか?」


 フリフリの如何にもなアイドル衣装を持った社長も、こちらにゆっくりと近づく。

 諦めるわけにはいかない。

 なぜなら、俺の命運が、男としてのプライドがかかっているのだから!


「そこだっ!」


 包囲網の一瞬の緩みを見逃さなかった俺は、一目散に駆け抜けた。

 ふっ、俺の勝ちだ! あばよ、プロデューサー! 社長!!


「はい、大人しくしましょうね」


 部屋の出口を抜け出たことで、勝利を確信し油断していたのだろう。

 俺は外で待ち構えていた別の女社員に、あっさりと組み敷かれた。


「ぐはっ」


 押さえつけられた俺は、目を釣り上げ社長を睨みつける。


「諦めろ! 男なら覚悟をきめろ!」


「男だからこそ、そんな格好で人の前に立てるかぁぁぁあああああ」


 廊下に俺の断末魔が響く。

 どうして、こんな状況になったのか。

 それもこれも全ては俺の双子の姉、夏目星奈のせいである。


 星奈はデビュー直前に迫った3人組アイドルグループのボーカルを務めていた。

 それなのに突如として、俺たちの目の前から姿を消したのである。

 理由は簡単だ、もうアイドル活動に飽きたんだそうだ。

 昔から飽きっぽい姉だったが、もちろん、そんな理由でドタキャンなど許されるはずがない。

 許されるわけではないのだが、書き置き一枚だけを残し星奈はいなくなってしまったのだ。

 そう、それもデビュー前日に……。


「お前なら顔はそっくりだし、大丈夫、絶対にバレないから!」


 不本意だが、俺と姉の星奈の顔は瓜二つだ。


「頼む! このプロジェクトには社運がかかっているんだ!!」


 社長曰くこの日のために借金をし、もはや後には引けないところまできているようだ。

 そんなの関係ない……そういってしまえば楽だが、実の姉が迷惑をかけた手前、ここで見捨ててしまうのにはあまりにも気がひける。


「いっ、一回だけなら……」


 ポツリと呟くと、先ほどまで目の前で土下座していた社長とプロデューサーが、一気に距離を詰めてきた。


「おぉ! お前ならそう言ってくれるはずだと信じていたぞ!!」


「早速特訓だ、なに、1日あれば仕上げて見せる!!」


「ちょっ、ちょっとま……」


 言質はとったとばかりに、2人は俺を回収し、あれよあれとダンススタジオへと連れて行く。

 もとより姉に連れて来られていたせいか、歌詞もダンスの振付もすべて覚えている。

 本番で披露するのも一曲だけだし、まぁ、どうにかなるか……。


 それから丸一日、全ての準備を完璧に整え、用意された楽屋で待っているのだが、おかしい事に他の2人がこない。

 どういう事なのかと不安に思っていたら、目の前の扉が開き、プロデューサーが部屋の中に入ってきた。


「……すまない、他の2人は急遽来れなくなった」


「えっ? エッッッ!?」


 思考が追いつかない俺に、プロデューサーは一枚の紙切れを手渡す。

 これは、ネットニュースの内容をコピーしたもののようだ。


「1人は妊娠が発覚し、先ほどグループから脱退した」


 嘘やろ?


「もう1人はアダルト作品への出演が発覚した……」


 まじか……。


「もはや、まともなのはお前だけだ! あとは頼むぞ!!」


「男の俺もまともじゃねーよ!」


 プロデューサーは現実から逃避するように俺に向けて微笑む。

 解脱し、まるで菩薩になったかのように、その笑顔に曇りはなかった。


「じゃっ、俺も逃げるから、あとは頼むわ」


「は?」


 そういうとアロハシャツに短パンの姿だったプロデューサーは、サングラスを装着し頭にストローハットを被ると、旅行用のトランクケースをガラガラと引いて、あっという間に目の前から消えた。

 一体どう事なのかと呆然とする俺を見逃してくれるほど、この世界は甘くない。


「時間です! 急いでください!!」


 スタッフが俺の手を引いてスタジオまで連れて行く。

 ええい! こうなったらヤケクソだ!! やぁってやるぜ!!!



 その後やけっぱちになった俺のテレビデビューと初ライブはなんとかやり遂げた。

 しかしプロデューサーの格好と不穏な発言に不安になった俺は、ライブ後に衣装も着替えず、タクシーに乗って会社へと戻った。


「だ、だれもいない……」


 しかし、元あった事務所の扉をくぐると、そこには社長どころか他の社員もいない。

 椅子も机も、何一つないもぬけの殻となった部屋の床に、たった一つの書き置きを見つける。

 俺はその書き置きを覗き込んだ。


「てへっ、プロジェクトにお金使いすぎて倒産しちゃった!」


 無意識で書き置きを床に投げつける。

 ふざけんな……と一瞬怒りがこみ上げてきたものの、これでもう二度と女装しなくて言い訳だ。

 むしろこれでよかったのでは?

 そう思うと、だいぶ気持ちが晴れやかになった。


「ここに居ても仕方ないし、帰ろう……」


 冷静になった俺は振り返り、扉を開け外に出ようとした。

 しかし、その時である。

 振り向きざまに誰かが俺にぶつかる。


「おっと、すまないな、大丈夫か?」


「は、はい」


 ぶつけた鼻をさすりながら、手を差し伸べてくれた相手の顔を見上げる。

 う、うわぁ、いけめんさんだぁ……。

 見た目からして間違いなく外人、体つきも僕と違って高身長でとても男らく、それでいて気品がある。

 出来ることなら僕もこれくらい背が高くて、イケメンなら良かったのにな。

 僕と目のあった外人のイケメンさんは、サングラスを外しニヤリと笑う。


「ははっ、ここに来た甲斐があった……ようやく見つけたぜ、俺の歌姫」


 イケメンは僕の両脇を手で抱え、子供のようにぐるぐると回転し俺を抱きしめた。


「えっとー、あのー、人違いでは?」


 俺は首を傾げる。


「ん? 君はさっきテレビにでていた夏目星奈だろ?」


 僕は自分がどういう格好をしていたのか思い出す。

 そういえば、アイドルの格好のままだ。


「あぁ、はいそうですけど……」


 事情を説明しようとしたその時、ドタドタという音と共に、黒いスーツの集団が事務所に入ってきた。


「邪魔するでぇ、よぉ、あんたが夏目星奈か?」


 邪魔するんなら帰って、って案外言えないもんだよね。

 いかにもな人たちを前に、僕の心は竦んだ。


「あんたんとこの社長さんと連絡がつかんでなぁ、あんたはどこにいるのか知らんか?」


 俺は首を横に振る。


「そか、なら仕方ないな、あんたに払ってもらおか」


 男が差し出した紙切れを見ると、それは借用書だった。

 俺や星奈には関係ない話だと、反論しようとしたその時、男は連帯保証人のところをトントンと指差す。

 そこには星奈の名前がかかれていた。


「そういう事や、わるいけど、おじょーちゃん今すぐに払ってくれるか?」


 精密にいえば僕は星奈ではないので関係ない話だ。

 だから突っぱねる事もできるけど、そんな薄情な真似できるわけがない。


「ま、待ってください、そんな大金……」


「うんうん、わかったわかった、じゃーおじちゃんと行こうか」


 黒いスーツのおじさんは俺の手を掴もうとした。

 しかし、それより先に、外人さんの手がおじさんの腕を掴む


「……なんやにーちゃん、邪魔するんか?」


「幾らだ? その借金、全て俺が肩代わりしよう」


 黒いスーツのおじさんは怪訝な表情を見せる。


「ああん? にいちゃん何言って……」


「幾らだと聞いている、さっさと答えろ」


 詰め寄る借金取りにもウィルは全く引かない。


「はっ! 借金は全部で10億、払えるものなら……」


「いいだろう、口座を言え」


「えぇっ!?」


 黒スーツの人が驚くの無理はない。

 俺も開いた口が塞がらなかった。


「よし、送金したぞ、確認したら、その借用書はここに置いていけ」


「……たしかに確認した、まいど!」


 黒スーツの男は先程までとガラリと態度を変えると、こちらに視線を向けた。


「お嬢ちゃんよかったなぁ、こんなイケメンの兄ちゃんの愛玩道具なら、風俗でそこらのおっさんの相手するより全然ええやんか、ほなな、ご両親が泣くから二度と借用書にサインしたらあかんでー」


 引きつった顔が戻らない……。

 一体何が起こってどういう事なのか、色々ありすぎて頭はパンク寸前だ。


「自己紹介が遅れたな、俺の名はウィリアム、ウィルと呼んでくれ」


 俺はウィルと握手する。


「あの、借金のことだけど……」


「あぁ、それなら問題ない、星奈の体で払ってもらう」


 ウィルは借用書をひらひらさせて悪い顔を見せる。

 自らの貞操の危機を察知した俺は、自分の体を抱いて後ずさった。


「夏目星奈、お前は今日から俺のバンドのボーカルだ!」


「へっ!?」


 それが俺、夏目昴とウィルの出会いだった。

 一曲だけと、姉の代わりにアイドルに勤めていたはずの俺が、彼のバンドのボーカルを務めるきっかけとなった出来事である。

 お読みいただきありがとうございます。

 本作は、≪連載版≫ 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜のスピンオフになるので、よければこちらもお読みください。


 https://ncode.syosetu.com/n7475fn/


 本編の1話をもじった内容になっています。

 名前の由来は、夏目→夏→サマー→サマセット、昴、星奈→星繋がり→エスター、エステルです。



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