確かにそこにあったもの
「こいつ、なに?」
「こら、こいつなんて言ってはいけません。アランと同じくらいですから目が覚めたら仲良くしてあげて下さいね。」
「ふーん。先生がそう言うなら。」
ベッドに寝ているそいつを見る。ガリガリに痩せているし、体も汚い。胸が微かに上下しているのを見ると生きているんだと分かるけれど、先生がこいつを抱えて帰ってきた時は正直死人かと思った。
「先生、死体なんて拾ってくるなよ。」
そう言ってしまうほどに。瞬間に姉貴面しているナーナに叩かれた。
「いってーな、何すんだよ。」
「また無神経なことを。全く、誰に似たのかしら。」
「ナーナのババァに言われたくないね。」
鬼の形相に変わったナーナから逃げるために走り出したのはこの直後だ。
「ごぉら、待て!アラン!」
僕には記憶がない。最初の記憶が先生のホッとした顔だ。何かを耐えるように僕の頭を撫でながら暖かいスープをくれた。
名前を聞かれても答えられなかった僕に先生は「アラン」という名前をくれた。
言葉は聞き取れるが口にしようとすると上手く出てこない。文字もかけなければ、読むことも出来なかった。そんな僕に先生は色んなことを教えてくれた。先生以外の人たちも、遊びや掃除の仕方を一から教えてくれた。
この家には僕以外にも色んな人がいる。皆、子供という枠組みに入るらしいがよく大人の人も外から来る。
昔ここに住んでいたとかで、今は仕事をしながら一人で暮らしている。先生の顔を見た皆が皆「先生は変わらないな」と言い帰るときには「また来るよ。先生の顔を見に来ないとバチがあたる」と来たときよりも元気そうに出ていく。
皆が先生のことを先生と呼ぶから僕もそう呼んでいる。だから僕と同じで名前がないのかと思った。それだったら僕が名前を付けてあげたいと思って聞いてみたことがある。
「先生は先生って言われているけれど、先生って名前なの?」
「クスクス。いいえ、違いますよ。」
「なんだ、残念」
「おや、どうしてですか?」
「先生も僕と同じかなーって思ったんだ。だから僕が先生の名前をつけてあげて僕とお揃いにしたかったんだ。」
「ありがとうございます。アラン、君は優しいでね。」
笑っているのに泣いているように見えた。ナーナによく無神経だと言われている僕はまた何か言ってしまったのかと不安になった。
けれど、それが何なのかいつも分からない。今回も何が駄目だったのか分からなかった。
「先生の名前は何て言うの?」