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女の友情と指先の距離

 昨日の悩みは一体なんだったのかと。果南とはあっさり出会ってしまった。

 ちょうど、1限目の経済学基礎の時間。広々とした階段教室には様々な学生たちが入り混じっていた。

 

「摩耶。昨日はお互い大変だったね」

「果南……そっか、必修の授業だから探せば会えたんだ」

「そうは言っても、人数の関係で2つに分かれてるけど。五分五分で運が良かった感じ」


 左隣りに座ってきた果南は、昨日出会った通りのクールビューティー。

 黒革のリュックを足元に置き、肘を机に着いた物憂げな表情がかっこ良かった。

 青のジーンズに黄色いシャツを着ていて、ボーイッシュに磨きがかかっている。

 

「あれから、あのサークルってどうなったのかな……」


 もしかしたら、また誘われるとか、嫌がらせを受けちゃうかもしれないとか。それで昨日は眠りづらかった。

 特に果南は目立っていたから、身の危険があるんじゃないかと心配になっちゃう。

 

「事務室にチクった。他の子もチクったらしくて。あのサークルのメンバー、どうなるんだろうな」

「それは良かった………のかな?」

「問題ない。あんまり不安になんないほうがいい」


 顔をうつむいて不安げにしている私の背中を、果南は優しく撫でてくれた。

 ただ、弄る手がくすぐったいと言うか、なんというか……エロい。肌が敏感になって、ビクっと跳ねてしまった。

 

「んーどうかした?」

「いや、なんでもないけど………もしかして、果南って左利き?」

「よく分かったね」

「私の左隣に座ってたから、なんとなく。利き手が重ならないようにってことだよね?」

「なら、ちょっとした特技を見せたげる」


 筆箱から取り出されたのは六角形の鉛筆2本。果南は両手それぞれに鉛筆を握り、そしてノートに文字を書き始めた。“摩耶”って私の名前を。

 漢字の間違えもなければ、どちらの手でも上手に書けちゃってる。すごい、果南の器用さに驚いた。

 

「左利きだったんだけど、親の偏見で右でも書けるようにされた。まあ、一芸にはなってるけど」

「果南めっちゃ器用じゃん! すごいなぁ……」

「その分、練習きつかった。まあ、過ぎたることだよ」


 少しだけ陰りがさした果南にちょっと闇を感じる。けれど、表情は変わることもなく落ち着いている。

 授業開始のベルがなり、私達は初めての大学の授業を受けた。

 

『今回、この授業で教えることは経済学の分類についてです。主にマクロ経済、ミクロ経済と分かれていて―――』


 初老の男性教授が、大きなスクリーンに映し出されたパワポの資料を動かしていく。渋い声で解説を始め、私は配られたレジュメに文字を書き込んでいった。

 

 私がカリカリと板書を取っていると、果南の右手が私の左手へと迫っていく。

 一体何なんだろうと私は手元を見る。ゆっくりとヘビみたいに近づいてきた果南の手が、私の手の甲を撫で始めた。

 

「えぇ……?」


 ぞわっとした。いったいなんなんだろうと果南に聞いてみたいけど、ちょっと怖い。

 だって、果南は目の前のスクリーンをまっすぐ見ていて、私と顔を合わせようとしないから。


「………………」


 その間も、果南の長く整った指先は、私の小さな指の隙間をなぞり、つつつと指の腹でくすぐっていく。

 いたずらというか、セクハラというか。なんかちょっと怖くなってきた。


「あの、果南………」


 小さい声で果南に問いただそうとすると、果南は私の手をギュッと握ってきた。

 あまりのことに、ビクっとしてしちゃったけど、果南の表情はなんだか渋い。どうしたんだろう?


「ごめん、摩耶。このまま手を握ってもいい?」

「どういうこと?」


 なんか、思った感じとちがうというか。果南の手が少しだけ震えているのが分かった。


「僕、おっさんの声が苦手なんだ……だから、ちょっとの間でも手を握ってもいいかな」

「……そうなんだ」


 嘘を付いている感じはしなかった。果南は本当に初老の人が苦手なんだ。表情がちょっとだけ青ざめている。

 なぜなんだろう? それを聞くには、私はまだ度胸がない。多分、まだ触れちゃいけないことなのかもしれない。

 

「でも、板書取るのが難しくなるから、ちょっとだけで大丈夫?」

「うん、ありがとう摩耶」


 5分ほど、果南は私の手を握ってから。落ち着いたのか名残惜しそうに離しくれた。

 あの気丈な果南にも弱点があったんだと思うと、少し意外に思えた。むしろ、かわいい。

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