オリエンテーションと鬼刑事
校舎の前に何台ものバスが並んでいる……どこに頼んだのか分からないけど、えらく高級なバスばかりだ。
「信吾っち、おっすー。いよいよ待ちにまったオリエンテーションの日だね。思いっきり、楽しむんだぞー」
満面の笑みで話し掛けて来たのは夏空海さん。よほどオリエンテーションが楽しみなのか、いつもよりハイテンションだ。
夏空さんだけじゃなく、校門前に集合している一年生はみな笑顔である。
「夏空さんは随分と楽しそうだね」
オリエンテーション、イメージ的には新人研修である。警察関係以外の友人もいるけど、かなり準備が大変らしい。場合によってはオリエンテーション退職って新人もいるとの事。
「当たり前でしょ!肝試しも楽しみだし、チェリーブロッサムのメンバーとの恋バナも楽しみ……信吾っちは、くしゃみ止まらないかもね」
噂話をされたらくしゃみが出るなんて、ただの迷信だぞ。
多分、陽向さんとの事を言っていると思うんだけども、外れたらかなり恥ずかしい。だって、おじさんが女子高生……しかも美少女に好意を持たれているって言っている様なもんだ……ここは得意の話題転換である。
「あー、僕は肝試しに参加しないから」
霊力が強い奴が肝試しに参加すると、霊や怪異が寄って来るのだ。普段ならともかく今の俺は力が落ちている。
この間も装備をガチガチに整えても、霊を封印するのがやっとだった。妖なんか出られた日にはお手上げである。
(この間の報酬が少しでも、出てくれたらありがたいんだけど)
霊を成仏させたり、妖を倒すと退魔師協会からポイントが与えられる。それをお札や退魔道具と交換しているのだ。
金でも買えるけど、かなりお高い。あまり自腹は切りたくないんだよな。
「基本全員参加だよ。だから、信吾っちも参加。まあ、悪い様にはしないから楽しみにしていて」
いや、参加するって一言も言ってないんですが。
「それいつ決まったの?」
今のところ休まずに毎日登校している。強制参加なんて話あったっけ?
「信吾っちが転校してくる前だよ。安心して。オリエンテーション係の権限で、パートナーにも配慮しておいたし」
転校してくる前に決まっていた?いや、そんな後だしありなの?
「配慮って……こういうのって、クジ引きとかで決めるんじゃないの?」
俺が転校してくる前に決まっていたんだよな。フォークダンスの余り者みたく相手が先生の危険性もある。
「基本はクジ引きだよ。でも、やばい男子と気の弱い女子が組になったらまずいでしょ。だから係で調整するんだよ」
桜守の女生徒は大半がお嬢様だ。万が一に配慮したのか?それとも昔なにかあったとか?
◇
今俺達が向かっているのは都内にある七宝山。かなり奥地にあるらしく、結構時間が掛かるらしい。
「しーんご、タッポ食べる?」
隣に座っている陽向さんがお菓子を差し出してきた。中までチョコたっぷりなやつですね。
「ありがと。しかし、みんな元気だね」
カラオケにゲーム、大はしゃぎです……素面で良くあんなに盛り上がれるな。
これが若さか。おじさんはビールがないとついていけません。
「信吾がテンション低過ぎなの!おじさんみたいだよ」
おじさんみたいじゃなく、がちでおじさんなんですが……だから午前中からスイッチは入りません。
「まだクラスに馴染めなくて……向こうに着いたら荷物を置いて、それから山の散策。午後からはグループ活動か」
これでテンション上げろって方が無理なんですが……俺はたまに山籠もりとかしてるんだぞ。山に来ただけでテンションをあげろってのは無茶な注文だ。
「気が早いな。ちゃんと荷物は持って来たの?」
陽向さんは俺が親元を離れて暮らしていると知ってから、あれこれ世話を焼こうとする。でも、俺は一人暮らし二十年年目の大ベテランなんですよ。
「ありがとう。でも、ばっちりだから心配しないで大丈夫だよ」
結構出張が多いので、旅支度には慣れている。
「それなら良いけど……ほら、あれが七宝山だよ」
陽向さんの指さす先には、小さめなの山があった。パッと見どこにでもある普通の山だ。
でも、なにか違和感を覚える。
◇
バスが山道を登っていく。山に入って直ぐに違和感の正体が分かった。
妖の気配どころか浮遊霊さえいないのだ。ここが霊山の結界の中なら分かる。
トラブル防止の為、日本にある霊山は全て覚えている。でも、七宝山という霊山は聞いた事もない。なにより霊山独特の神気や清浄さがないのだ。
「……あれが合宿所?まじか!」
そこにあったのは、どう見ても高級ホテル。絶対に飯も豪華だ。
これは俄然テンションが上がる……そういや、俺は何号室で誰と一緒なんだっけ?
「田中、お前は先生達と一緒に向こうの建物に泊まるんだぞ。早く荷物を運べ」
鉄二が俺の肩を叩きながら、ホテルの隣を指さす。そこにあったのは、木造の建物。良く言えばログハウス、悪く言えば掘っ立て小屋。
「どう見ても管理棟ですよね?先生方がホテルから離れたらまずいんじゃないですか?」
今なら現役の刑事が無料で、ガードマン役を買ってでるぞ。
「ホテルには女性教諭が泊まるし、プロのガードマンを頼んである。向こうを見てみろ」
鉄二の指さす先にいたのは黒づくめの集団。ざっと見て二十人はいる……たかが一泊二日の合宿に大袈裟じゃないか?
「プロのガードマンね……げっ、結城さんがいる!」
結城一色、鬼結城と恐れられた元一課の刑事。俺も合同捜査の時は良く怒鳴られ……指導して頂いた。
そいうや定年した後、警備会社に再就職したって言ってたもんな……どうする?挨拶するべきか?
今の俺が田中信吾だと言っても信じてもらえないだろう。しかし、後から挨拶しなかった事がバレたやばい。絶対に叱られる。
(一般学生の振りをして“俺は疲れ様です”と挨拶する……駄目だ!結城さんは言葉遣いに厳しい。絶対に指導されてしまう)
ここは無難に“お世話になります”で乗り切ろう……啓礼はどうしよう。
「知り合いか?ちなみにお前は俺と同じ部屋だからな。夜中にホテル周辺を巡回するから同行を頼むぞ」
こいつ、さらっととんでもない事を言いやがった。
「先生、僕は学生なんですよ……やはり、僕は向こうに泊まった方が良いのではないでしょうか?」
巡回なんてしないでぐっすりと眠りたい。どうせ鉄二達は朝早くから動くだろうし。
「うちは元女子高だから、男が泊まれる部屋が少ないんだよ。早い話が部屋に空きがないんだ……管理棟に泊まれるだけ、有り難いと思え。理事長命令で無理くり詰め込んだんだぞ」
そうですよね。延長は緊急でしたもんね。受けたのは係長なのに……いや、係長だから行事に同行しないのはまずい。オリエンテーション中に何かあったら、責任問題に発展してしまう。
「熊谷先生、よろしくお願いいたします……まじ?」
鉄二に頭を下げていたら、結城さんが近付いて来た。笑顔だけど、絶対にやばい……ここは挨拶をして速攻逃げよう。
「先生、これが今晩の警備予定表です……それと、ちょっとそこの生徒さんと話をさせてもらって良いですか?」
微妙に後退していたら、結城さんに捕まった。おかしい、結城さんは俺がこの姿になっている事を知らない筈。
逃げても良いんだろうけど、結城さんの目は笑っていない。
鉄二が返事をする間もなく、ホテルの一室に連行されてしまった。
「田中、久し振りだな……お前に聞きたい事がある。木立守と何があった?」
腹に響く重低な声。鷹の様に鋭い眼光……正直、ちびりそうです。