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姉弟の絆

 男の霊が六十二体に、女性の霊が十体……元女子高で女子の比率が高いから、女性の霊が多い筈なんだけど。

 いや、女子の比率が高いから男性の霊が多いのか……男は死んでもスケベと。


「お前等、姉ちゃんを離せっ!」

 新高君が霊に掴みかかろうとする。多分霊を見るのは初めてなんだろう。涙目になっており、足も震えている。


「新高、止めろ。あれは幽霊だ。専門家の信吾に任せておけ」

 鉄二は俺との付き合いが長いだけに、霊を何度か見ている。早い話が恐怖体験慣れしているのだ。


「球ちゃん、早く逃げて。熊谷先生、弟を連れて行って下さい……私なら大丈夫ですから」

 そして恵さんは弟を逃がさそうと必死に叫ぶ。あいつ等に付きまとわれて疲弊しているって言うのに……おじさん、こういうのに弱いんだよな。


「おい、そこの坊主!俺を成仏させろ。ええい!小娘、邪魔だ。そこをどけ。お前より儂の方が、救われるべきなんだ。儂は会社の社長なんだぞ」

 中年男性の霊が恵さんを押しのけて、俺の方に向かってくる。仏さんになったら、生前の地位なんて関係ないんだけどな。


「成仏、冗談じゃないわ。私は若く美しいままでいたいの。小娘、私に霊力を寄こしなさい!若いだけしか取り得がないんだから」

 中年女性の霊が恵さんの足をがっしりと掴む。他の霊も身勝手な事をわめきまくっている。

 ……うん、もう我慢の限界だ。こいつ等はこうやって、恵さんの成仏を邪魔していたんだ。


「死んでも反省なしか……生臭坊主の説教の時間だ。耳の穴かっぽじって良―く聞け。まずは、自分を救えるのは、自分だけなんだよ。ちゃんと生前の行いを省みてみるんだな。分かったら、その娘を離せ!」

 こいつ等は生前の地位や美しさにとらわれて、他人の話に耳を貸そうとしていない。だから、葬式をあげてもらっても、成仏していないんだ。この状態でお経を唱えても効果は薄い。

(まずは恵さんをあいつ等から離さないとな……あれは糸?)

 よく見ると糸の様な物が、恵さんの足に絡みついている。


「餓鬼の癖に社長の儂に説教だと!この娘と一緒にいれば天国に行けるんだ!離す訳ないじゃろ」

 馬の耳に念仏だな……まあ、ちゃんとした坊さんなら、ちゃんと一体々の霊の訴えに耳を貸して、導くんだろう。


「これ以上は何を言っても無駄だな……オン・マカカラギャ・バゾロ・ウシュニシュ・バサラ・サトバ・ジャクウン・バンコク……愛染明王の御力を持って悪縁を断つ!」

 恵さんの足に絡みついている糸目掛けて、五鈷杵を振り降ろす。糸は両断され、自由になった恵さんは新高君の元へ駆け寄っていく。


「こらこら、球ちゃんは、いくつになったのかな?部長が泣き虫さんじゃ駄目でしょ」

 恵さんはそう言うと、泣きじゃくる新高君を包み込む様に抱きしめた。


「姉ちゃん、僕頑張ったよ。甲子園にも行けそうなんだ……でも、部をうまくまとめられなくて」

 大好きなお姉さんに会えた所為なのか、新高君の心の堤防が崩れていく。次々に溢れ出してくる弱音を恵さんは頷きながら聞いている。


「信吾、後ろ……」

 鉄二が俺の後方を指差す。背後からは多数の霊が恵さんを取り戻そうと迫ってきていた……せっかく、人が感動に浸っているって言うのに。



「返せ、返せ。その娘がいなければ、私達はあの暗く寒い世界に戻らなきゃいけないんだ」

 懐からお札を取り出して、霊を待ち構える。数が多いからお札も多く使わなきゃいけない。どう考えても赤字だ。


「牡丹灯籠さんや宮さんに、来てもらえたら楽なんだけどな。早く召喚を出来る様にしないと大変だぞ……オン・マカカラギャ・バゾロ・ウシュニシュ・バサラ・サトバ・ジャクウン・バンコク……愛染明王様の御力にて、汝らを封印する。気が向いたら経をあげてやるから、きちんと反省しな」

 お札をかざすと霊達は女神像の台座に逃げていった。恐らく、あそこがあいつ等のねぐらなんだろう。人目に付かない位置にお札を貼り、封印完了。


「信吾、どうなったんだ?」

 霊がいなくなったのを見計らって鉄二が近付いてくる。これも付き合いの長さがなせる技だ。封印前に近付かれて、憑依されたら二度手間なのである。


「とりあえず台座に封印しておいた。お札を剥がされた面倒だから、認識障害の術式を掛けておくぞ」

 成仏前に剥がされたら、さらに手間や経費が掛かってしまう。退魔関係の費用は捜査費で落とせないから、大変なのだ。


「場所を教えてくれれば、上から張り紙かなんかを貼っておくよ……それで新高は……新高恵は成仏出来るのか?」

 確か鉄二は生前の新高恵と殆んど接点がなかった筈。それでも真っ先に心配するって事は、さすが先生って感じだ。


「徳が高いし、成仏は直ぐに出来ると思うよ……ただな」

 この世に未練がなければ問題ない。でも、まだ未練があって解決されていないと、この世にとどまってしまう危険性がある。


「あのお伺いしたい事があるんですが。弟の……球ちゃんの側にいる事は出来ますか?」

 なんでも恵さんの意識がはっきりしたのは、新高君が野球部の部長になってからとの事。正確には新高君が女神像にお祈りを始めてかららしい。

 姉弟の絆は簡単に切れないか……。


「出来ますよ。貴方には、新高君の指導霊になってもらいます」

 部員に慕われていたっていう恵さんがついていれば、部員を上手くまとめられるだろう。何より新高君の守護霊もいるので、恵さんが他の霊に取り込まれる心配がない。

 そうすれば時期も心霊写真騒動も落ち着く筈。これで俺の高校生活もお終いだ。

 オリエンテーション位は参加したかったが、俺にはなすべき仕事が残っている。

 青春時代には味わえなかった甘酸っぱい経験も出来たし、これで良しとしよう。


 ◇

 心霊写真騒動は、程なくして落ち着いた。


「それじゃ出席を取るぞ……霧雨恋歌」

 鉄二が出欠を取り始める……そう、俺はまだ桜守に通っているのだ。


「信吾、明日はいよいよオリエンテーションだね」

 陽向さんが屈託のない笑顔で話し掛けてくる。おじさんじゃなきゃ勘違いしちゃいそうな、魅力的な笑顔だ。


「そ、そうだね」

 まさか、心霊写真騒動を短期間で解決したのが逆に仇となるとは。

 昨今、十代の少年少女は様々な危険にさらされている。いじめにストーカー、ネット問題。でも現役の刑事がクラスにいれば安心ですよね……そう、俺は生徒の保護者からの強いご要望で、呪いが解けるまで高校生と刑事の二足の草鞋を履く事になったのだ。


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