弐
それからしばらくして、礼が再び山で山菜を取っていると、彼女はバッタリと神戸千鶴に会った。妙な偶然に礼は驚きながらも、笑顔で挨拶を告げた。
「これはこれは、内裏で裸踊りをしたと、もっぱらの噂の千鶴さんじゃないですか」
千鶴はダッと勢いよく礼に走りよって、その胸倉を掴むと、脅迫するような調子で、けたたましく口を開いた。
「それ、嘘だから! 嘘! 大体、内裏でいきなり裸になるなんて不敬そのものでしょうが! そんなことをしたら、死刑よ! 死刑! もし仮に裸になるような奴が現れたとしても、それは絶対に私じゃないから! いたとしても、それは私に似た誰かよ! 分かった!?」
「わ、分かった。分かりました、千鶴さん」千鶴の人を殺しかねない剣幕に怯えて、礼は何度も頷いて答えた。
「分かればよろしい」
「え~と、ちづは何でこんな山の中にいるの? ハッ、まさか自殺とか!?」
「違うわよ。何で私が自殺なんかしないとなのよ?」
「いや、それは、え~と、ねえ?」
「ねえ? じゃないわよ! 私は新しい大幣の材料を探しに来たの! 追儺式の日に私が使ってたやつは燃えて灰になっちゃったでしょ!?」
「いや、知らないんだけど」
「とにかく、そうなのよ」
「なるほど」
「そう言う礼は何をしているのよ?」
「見ての通り、私は山菜取り」
「なるほど。それで山菜取りは終わったの? 折角だし、一緒に帰る?」
「そういえばさ、私、この間、妙なことに遭遇したんだ」礼は千鶴と山道を一緒に下りていく中で、昨日に会った童の妖怪のことを話して聞かせた。「あれって、何だったんだろう?」
「それって後追い小僧でしょ」千鶴は呆れたような口調で、あっけらかんと答えた。
「後追い小僧?」
「あんた、本当に真面目に授業を聞きなさいよ。ちゃんと習ったでしょ? 山は死後の世界に近いから、死者の霊が集まりやすい。そうした霊の中には幼いものもいて、生きている人間になつくことがあるって。そういうのを、後追い小僧って言うの」
「なつく?」
「まだ童だったんでしょ? やっぱり寂しかったんじゃないの?」
「そっか。やっぱ悪い奴じゃなかったんだね」礼は得心したかのように何度も頷いた。「神様と違って、妖怪とか幽霊って悪い奴ばっかだと思っていたから変な感じ」
「いや、当たり前のことでしょ。仏千人、神千人。人間だって、良い人と悪い人がいる。それと同じように、妖怪にも良いのと悪いのがいる。
だから、良い方から恨みを抱かれないように軽挙は慎みなさいって、陰陽博士の吉平様も仰っていたじゃない」
「そうだっけ?」
「そうなの!」
「思い出した。思い出したから、怒らないでよ、ちづ」
「本当に?」
「本当だよ。だからね」
礼はおもむろに懐から干し柿を取り出して、近くの岩の上に置いた。千鶴はその行動にビックリして、礼の顔を覗き込んだ。
「礼、どうしたのよ? 干し柿って、あんたの大好物じゃなかったっけ? 捨てるの?」
「ん~、お供え物かな。感謝のね」そう言うと、礼はいきなり後ろを振り返り、誰もいない場所に向かって大声を上げた。「この間は、助けてくれてありとうね~」
ぶんぶんと大きく手を振っていた礼は、遠くにある確かな存在感を背に前を向くと、太陽のような眩しい笑顔で、いつも通り元気良く歩き出していった。




