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「ほう、何がだ?」


 晴明は顎を手に乗せ、興味深げに千鶴の顔を覗き込んできた。その視線を感じた千鶴は、床に頭がめり込んでしまうほど更に頭を伏せ、自らの正当性を証明するが如く、雄々しく弁解していく。


「安倍晴明様のお名前を勝手に持ち出すなど、とても畏れ多いことだと思ったのですが!! あの場面、あの状況、他に手立ても思い浮かばず、あのような愚行を己に許してしまい、誠に申し訳ありませんでした!! し、しかし、恐れながら申し上げさせてもらいますれば!! 才ある人間を、あのような形で陰陽道から遠ざけてしまっては、却って陰陽寮への謗りと成りましょう!!」


「だから、私の名前を勝手に使っていいと?」


 冷然とした晴明の声が、千鶴の耳に入ってきた。突然の割には結構上手い言い訳を考えたなぁ、と心の中で自画自賛していた千鶴の顔は途端に蒼くなる。


 どうやら友達の為という理由では納得してくれないらしい。といって、他に晴明を納得させる言い訳も思いつかない。


 こんな時、隣にいるのが時ではなく、道花や礼だったらなら、助け舟を出してくれるのだが、今は生憎と違う。早々に万策尽きてしまった千鶴は、ただただ謝罪の言葉を述べながら、頭を下げ続けた。


「竜宮童子の件は聞いている。だが、他に解決方法があったのではないか? また私の名前を使うにしても、事前に許可ぐらいは取っておくべきだったのではないか?」


 晴明はねちっこく千鶴を責め立てる。だが、彼の放つ台詞は、その一々が正しい。当然、千鶴が反論する術を持てようはずもない。


 とはいえ、このままにしておいたら、最悪陰陽寮を退寮ということになってしまうやもしれない。千鶴は今までにないほど頭を使って、事態の打開策を練りだしにかかった。


 と、そこに突然クスッ、と笑い声が千鶴の隣から聞こえてきた。千鶴は首をそのままに視線を横にずらすと、西宮時が口元を袖で隠して笑っている。


 そんなに自分はみっともないのだろうか、そんなに他人の失敗がおかしいのだろうか。千鶴は自分の恥ずかしさやら、時への怒りやらで、顔を真っ赤にして時を睨み付けた。コホン、と時は咳払いすると、慌てて顔を正して、弁解がましくこんなことを言ってきた。


「……多分、晴明様は怒っていない」


「へ?」


 全く予想もしていなかった言葉に毒気を抜かれてしまった千鶴は、思わず確認のために(おもて)を上げる。すると、晴明は千鶴の疑問と期待に答えるように、しかと彼女を見据えて厳かに言い放った。


「いや、怒っている」


「すみませんでしたーーーー!!!!」


 矢のように真っ直ぐと、勢いよく額を床に打ちつけて、千鶴は再び詫びを入れた。ひょっとして時は自分をからかって遊んでいるのだろうか。


 千鶴の中には怒りを通り越して、時への憎しみすら芽生え始めた。だけどそれも束の間、晴明は千鶴を諌めるように、つらつらと言葉を続けていった。


「怒ってはいるが、千鶴が思うほどは怒ってはいない。別にこの件に関して、千鶴を処分しようなどとは考えてはいないのだからね。だが、ちゃんと分は弁えるべきだったな。今回のことは、私だからそれほど問題になっていないのだ。もし他の貴族の名を騙っていたなら、千鶴の身体は今頃どうなっていたことだろう。友を思うのは良い。だが、その友を思うあまり、他のことを蔑ろにしてしまっては、ゆくゆく自分自身を祟りかねない。要するに、私が怒っているのは、そこなんだよ。分かるか? 次からは気をつけなさい」


 晴明は自分の名前を勝手に使われたことを怒ったのではなく、千鶴の身を滅ぼしかねない浅慮(せんりょ)を怒ったのである。自分ではなく、千鶴を思いやっての怒り。


 晴明の仏の如き優しさに胸を打たれた千鶴は、「ありがとうございます!!」と、胸一杯に感謝を述べた。


「分かれば良い。さて、白湯も冷めぬ内に、その菓子を頂くと良い」


 晴明は千鶴の口から謝罪の言葉が除かれたことに一つ頷き、今度は変わって朗らかに話しかける。だが、それを聞いた千鶴の顔は再び恐怖で蒼ざめていくことになった。


「え? 食べるんですか?」


「何か問題でも?」


「い、いえ」


 と、千鶴は顔を伏せて、煎餅を手に取る。だが、それを口に運ぶのには、どうにも抵抗があった。というのも、千鶴の行動で無事にお金を稼ぐ目途が立った明石礼が、お礼だと言って連日連夜、山ほどの煎餅を千鶴に届けていたのである。折角だから、と千鶴もその煎餅を喜んで食卓に上げていたが、それが毎日続いた今となっては、最早食傷気味だ。正直、見ているだけで、吐き気すら催してくる。


「千鶴よ、まさか自分では食べられないものを他人に薦めたのか? それもわざわざ私の名前を使って?」


「そ、そんなことはありません」


 晴明の問いに、千鶴はしおらしく答えた。食べないという選択肢は、この状況では、どう考えても有り得ない。千鶴は笑顔を作ると、意を決して煎餅を口にした。


「ふふ、美味しそうに食べてくれて何よりだ。では、そろそろ君たちをここに呼んだわけを……」


 晴明の口は、そこで閉じられた。バリ、ボリ、と千鶴が煎餅を咀嚼する音が、晴明の台詞を遮ってきたのである。晴明は大きな溜息を吐くと、千鶴に向かって冷ややかに告げた。


「千鶴、さっきからうるさいよ。そんなに煎餅を食べたいなら、外で食べてきなさい」


 千鶴は涙ながらに、その場を辞した。


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