非業の最期を遂げなかった聖女は信仰を示す業火で背教者達を嘲笑う
処刑場が兼ね備えられた広場にて異世界から召喚された勇者達が虐殺ともいえる惨い死を受けている頃である。
「はぁい、ジョージ枢機卿?元気ぃ?」
王都最大の教会にして、ルーセウス教国に次ぐ権力と権威を持つトンカー大聖堂の大扉を焼き払って、私、リリー・レアルスは私を汚し、そして殺した枢機卿及びその取り巻きと再会することとなった。
突然教会の門が焼き払われ、死んだはず、いいえ、殺したはずの聖女である私が現れたともなれば、大騒ぎになった。
「ば、ば、バカな、リリー・レアルス!?」
「貴様は異端の炎にて焼き死んだはずでは!?」
「死して蘇るとは、人間ではありえない!!やはり聖女ではないな、貴様!!」
数週間前。高い治癒能力と信仰心から聖女と認定されていた私は、王国の勇者の中にいた女性を聖女として祭り上げることで政治の権力者とのコネを広げようとしているジョージ枢機卿達によって私は異端者とされ、殺された。
元々、私はルーセウス教の今のあり方に疑問を持ち、問題提起してきていた。
ルーセウス様は人もエルフもドワーフも獣人も魔族も、どの種族も等しく神の子であり、それぞれに役目があるのだから、互いを尊重せよというように仰られている。
だというのに、寿命の長さから種族のいさかいの調停者と神命されているエルフは堕落し、他種族との子を成しやすいがゆえに架け橋となるべき人族は驕り、ルーセウス様の名の元にという詭弁で獣人や魔族、ドワーフを下に見て、そして彼らから利益を搾取するような愚かな行為をルーセウス教として行っている。
この矛盾に私はことあるごとに問題提起していたので、恐らく上層部はこれを機に私を亡き者にしたのでしょう。
聖女と呼ばれるほどの治癒能力者とはいえ所詮は孤児生まれゆえに斬り捨てやすかったのも背を押したのでしょう。これもまたルーセウス教の教えと矛盾しています。身分あれど貶める理由にならず、という教えに。
しかし、私は殺されたが死ななかった。
誰かのために、恩を返されるために、などと考えたことはなかったのですが、私にそのまま恩を返してくれた変な青年のお陰だ。彼からは、因果応報、や、情けは人のためならず、でしたっけ?やった行いにはそれ相応の対価が支払われるという言葉をかけられました。
慌てふためく枢機卿、マザー、神父に神官騎士、加えてこの場で祈りを捧げていたその連中の小飼の者達。
そんな彼らに私は満面の笑みを浮かべ彼らを嘲り笑う。
「アハハハハ!!面白いことを仰いますね。私が死んだ?いいえ、私は貴方達に殺されかけただけで、五体満足火傷の痕なく戻ってきただけですよ。むしろあの絶対的な死から蘇ったのですから、聖者だと言えるのではないですか?
少なくとも貴殿方が選んだ勇者様方の故郷では、救世主は1度死に、そして復活なさったそうですよ?」
きっと今の私は聖女に相応しくない醜悪な笑みを浮かべているのでしょう。しかも面白くもない冗談まで混ぜて話すだなんて前の私からは考えられません。
しかし、そんなことに自己嫌悪はなく、むしろ心晴れるぐらいです。
私が死なずに済んだ恩人である彼に言われた「人間らしくなった」という言葉は多分この事を指していたのでしょうか?
そんなことを思いながら、教会の至るところへ視線を送るだけで火を撒き、連中から逃げ場を奪っているところに、周りの者達を突き飛ばし薙ぎ払い、私のもとに神官騎士の男性が駆けてきた。
と思ったら、すぐに膝をつき私へ許しを乞うように頭を下げてきた。
それが誰なのかはすぐにわかりました。
ジルコニア神官騎士。
私を育ててくれた義父ともいえる存在であり、私を導いていくれた先生であり、教会から疎まれていた私に唯一理解を示し着いてきてくれていた私の騎士です。そして、いろいろと壊れてしまった私がギリギリのところで未だ聖女としての矜持を持っていられる最後の楔ともいえる存在です。
そんな彼、彼が私に何かを言おうと嗚咽の中声を出そうとしていたので、とりあえず燃やしてみた。
「ひぃっ!?」
「なんということを!!」
「自分の恩人たるジルコニア神官騎士を何の躊躇いなく焼き殺すとは悪魔としかいいようがない!!」
「死ね悪魔!!」
「消えろ悪魔!!」
後ろの方の雑音が煩わしかったので、私はそちらに意識を向け、そしてジョージ枢機卿を含むこれからの問答のための要員を除き、女子供老若男女問わず全員を炎に包んだ。
彼らはルーセウス様に背を向ける誤った教義を元に弱者を虐げ、犯罪に手を染め、その地位を得た異端者であり、背教者であり、罪人です。だから私は私の炎で燃やした。
突然の出来事に声を上げようと彼ら彼女らはしたが、色々と遅い。
高熱の気を吸ったことで体の内側から火傷でもはや声は出せない。
助けを求めようにも周囲も火に包まれた人間ばかりでどうしようもない。
聖水や水魔法で消そうとしても、私の産み出す炎は異端者を焼き払い、罪人たる虜囚を葬る“虜端焼き”と名付けた個性の炎。悪魔の炎でもなければ魔法による炎でもない。
ルーセウス教の教えに背く者であればあるほど消えない炎でその身を焼き尽くす、ルーセウス教にとっての異端者を、罪人だけを殺す炎。
そして、その炎は教会が異端者と銘打った邪魔者を殺すような炎と違い、無実な者を焼くことは決してない。
最初に燃やした1人目、ジルコニア神官騎士の火が消えた。
炎が消えたあとには炎に包まれたのが嘘のように火傷も何もなく彼は生きていた。
よかった。彼が灰となり死していたら私はこの世に絶望し、ルーセウス教の女神足り得ないということで、ルーセウス様を焼くことを決意しなくてはならないところでした。
彼は他の醜い背教者と違い、暴れることも炎を消そうともがくこともなく、頭を下げ、祈るようにしゃがんだままの体勢で燃えていただったが、流石にこのおかしな出来事に顔をあげ、困惑の表情を私に向けてきた。
「落ち着きましたか、ジルコニア神官騎士?」
「リ、リリー様、今のはいったい?私は確かに火に包まれ、あぁ、貴女に殺されるのなら致し方ない、と思っていました。しかし、熱を感じることなく、気付けは私は生きている……いったい何が…?」
「簡単な話ですよ、ジルコニア神官騎士。私はルーセウス教の教えに背く者へ断罪の炎を渡し、そして貴方は背いていなかったから焼けることも死ぬこともなかった。
そこの灰の山と違って。」
もがき、暴れ、苦しんでいた背教者達は骨すら残らない灰となってそこら中に積もっていた。
その有り様に生き残っているジョージ枢機卿、アルマンド神官騎士、マザー・グース、エルメス神官騎士団長、フォーリン神父は絶句し、腰を抜かしていた。
「これはまた、ずいぶんと酷い有り様ですね……」
「酷い?いえ、彼ら彼女らもまたルーセウス教に背くことをしていなければ貴方のように生きていられましたよ。人を貶めず、隣人を愛し、他者を想いやり、過ちには素直になり、他者を認めることをするだけで死なないのですから。」
「………………何故貴女は殺されたにも関わらず、復讐者となってでもそこまで信仰のために動けるのですか?何故娘のように育て、弟子として鍛えた貴女を助けることができなかった私を殺そうとしないのですか?」
ひどく渋面を浮かべ、苦しげに検討違いな後悔と私の想いを彼は口にした。
私が憎むのはただひとつ。
「何を後悔しているのかと思えばそんなことでしたか、ジルコニア神官騎士。私は貴方によってルーセウス教の教えの素晴らしさを知ったのです。私は貴方とルーセウス教に救われたのです。
だからこそそのルーセウス教を食い物にする輩が許せない、憎くて仕方がない。そんな狭量で浅はかなだけですよ。
そして、ジルコニア神官騎士、いえ、お義父さん。私は私怨がないといえば嘘になりますが、今の弱者を食い物にするルーセウス教を焼き払って1から元に戻す、えっと…宗教革命?というものをすることを決意しただけです。」
「何やら誰かからの入れ知恵もあるようですが、誰よりも平等に他者と接し、誰にも分け隔てなく何も抱いていなかった、それこそ私にすら抱いていなかった貴女が他者に対して私怨を持ち、私を父と呼んでくれる人間らしさを持ったことを私は嬉しく思いますよ。」
私のこの宣言に対し、彼らは震える声で誰かに助けを求めている。
何よりも滑稽なのは日頃その教えを蔑ろにしているくせにこんなときだけルーセウス様に助けを乞う愚か者もいた。
一方でジルコニア神官騎士は感慨深そうに私を慈愛の目で見つめてくる。なんだかくすぐったいですね。
私はそんな自分の思いと滑稽な者達を嘲笑いながら、次々この建物に火を放つ。
そして、声高々に宣戦布告する。
「これより私は異端者を炙る炎で現在のルーセウス教の在り方を問いましょう。捏造も言い訳も情状酌量も何もかも一切無視した、単純で明快な力で問い質しましょう、いえ、問い正しましょう。」
「何が、何が問い質すであるか!!貴様はもはや聖女ではない!!悪魔だ!!邪悪なる魔女だ!!」
「アッハッハッハ!!嗤わせますね、ジョージ枢機卿!!私はルーセウス教のために力を振るうことを改めて誓った、異端審問官ならぬ異端焼却官ですよ。そのためならば悪魔だろうと邪悪な魔女だろうと何とでも呼びなさい。
私は彼から貰った“異端の女の子”の名前だけで充分ですから。」
きっと今頃、この都市の中央広場で私同様報いを渡しているだろう想い人から貰った言葉を私は思い浮かべ高らかに笑った。
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‘「情けは人のためならず。良かったね、聖女様。君は王族共や勇者共に傷つけられた僕を何の見返りも求めず癒してくれたから、こうして炎に包まれたにも関わらず、死なずに済んだよ。
おめでとう。これで君は“聖女サマ”から“異端の女の子”あるいは“アンデッド”にジョブチェンジしたよ。あ、でもこの世界はアンデッドがいないということらしいから、前者だけなのかな?」’
………色々と言いたいこと、尋ねたいはありますが、まずこれを聞きましょう。貴方は私を嫌っていたのではなかったのですか、勇者様?
‘「勇者様だなんてやめて欲しいなぁ。僕は人畜無害で何かされなければ何もしない、善良な1市民だというのに。あんな道化師達と同じなわけがないじゃないか。
そして嫌いじゃなかったのか、だっけ?あぁ、うん、嫌いだったよ。何でもかんでも神のためとしか動いてないのは。欲張った教会の連中とは違う方向で嫌悪感はあったよ。誰に対しても何も抱かず、ただ神の教えに従うだけの人形、いやロボットみたいな君はとてもとても人間らしくなくて気持ち悪かったからね。
でも、それがなにか?僕が抱いた嫌悪感と君へ恩を返すことは別だし。」’
恩、ですか。そのためにやってきたわけではないですが、誰もが、ルーセウス様すら私を見捨てたなか、救ってくださったのが私を嫌う貴方だけだったとは、何とも皮肉なものですね。
‘「キヒヒヒ。人望だけじゃ権力には勝てないのは仕方ないさ。で、ルーセウス様は助けてくれなかったわけだが、仕方ないさ。あの方はあの方で滅びに向かいつつあるこの世界の修復に忙しいうえ、その滅びの原因のせいで世界の修復をしようにも世界に神として干渉できない状態だからね。」’
え?世界の修復?滅びに向かいつつある?しかもルーセウス様が世界に干渉できない?
‘「ちょっとだけ話を聞いただけなんだけどね。この世界は―――」’
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「死ね、悪魔!!」
少し彼との記憶に浸っていると腰を抜かしているジョージ枢機卿の右腕であるアルマンド神官騎士が私に斬りかかってきた。
この男も自分が高い地位にあるからと婦女子暴行、器物損壊、致死暴行などと狼藉三昧をしていたことは知っています。
つまり、ルーセウス教にとっての罪人なので焼き殺すことは容易く、その行動が終わるまでに強火で一気に灰と化しました。
これで王都に残るルーセウス教を騙る罪人はジョージ枢機卿、マザー・グース、エルメス神官騎士団長、フォーリン神父の4人のみ。
「た、助けてくれ、リリー!!貴様を聖女に戻すから!!」
「バカですか、私をいたぶり犯して焼き殺したジョージ枢機卿?私は既に聖女としての力はなくしました。その結果、異端焼却官になったのですよ?」
「け、兼任!!兼任すればいいじゃないですか、リリー」
「アホですか、孤児を奴隷として売り捌き、その利益で享楽に耽ったマザー・グース?私が何故このルーセウス教に仇なす邪教の聖女を兼任しなくてはならないのですか?」
「な、何を言うのかね、リリー君!?我々は共にルーセウス教徒ではないか!!」
「脳無しですか、数多の幼女を拐かし犯し抜いた挙げ句、殺して剥製にする趣味をもつフォーリン神父?私が信仰するルーセウス教は、
‘汝種族問わず隣人と友となれ’
‘汝生まれで人を貶めることなかれ’
‘汝他者への想いを忘れることなかれ’
‘汝過ちは気付きしときに反省せよ’
‘汝他者を認めたまえ’
の5つの教えだけの宗教ですよ?貴殿方が提唱する邪教は、貴方の行っていた所業はこれらを守るどころか踏みにじるようなものではないですか。同じ教徒だなんて笑わせますよ。」
「せめて、せめて殺すのならば一騎討ちを申し込む。」
「は?何をおっしゃっているのですか、エルメス神官騎士団長?貴方は騎士の矜持を捨てた、今ではただの罪人でしょう?
捨てていない?大狼の森にて誇り高い狼達を享楽のために皆殺しにした騎士の矜持も誇りも捨てたとしか言い様のない開拓遠征に貴方も参加なさっていたのにですか?私がその虐殺を生き延びた大狼様から貴方を処するためにどれだけ労力を割いたと思っているのですか?
知っていますか?あの森、そして森を管理していた街はあのお方によって今後100年は人が住めないを越え、生物が存在できないほどの地へと変えられたのですよ?あの街の住人は、ですか?凍え凍てつく、なんて生温いものではなく、死んだことすらわからないほど一瞬で凍り、そして砕け散りましたよ。その魂に救いあらんことを。」
それぞれの発言への私の返答に全員が息を呑み、ガタガタと震えている。
特に今、軍の基地にて因果応報の復讐を果たしておられる大狼様に心当たりがあるエルメス神官騎士団長は蒼白を越え、もはや死者のような顔色となっています。やれやれ。ここでもし灰にならなくとも、貴方は砕け散ることが決まっているのです。焼死か凍死かの違いしかないのですよ。
それではそれぞれの罪状を私が告げましたので、判決を下すとしましょう。
じっくり、弱火で、しかししっかり火を通します。
「それでは皆様に問いましょう。
貴方はルーセウス教徒ですか?」
語るまでもなく、私の目の前には灰の山が4つ積もっていた。