何もされなければ何もしない復讐者は因果応報の惨劇を高笑いで嘲笑う
「これより王国の、ルーセウス教の、人類の敵である魔族に内通した愚かなる異邦人、アンリ・マユカワの処刑を執り行う!!」
クラスまるごと勇者召喚したトンカー王国の第一王女クリームヒルデ・トンカーの宣言に処刑場へ集まった民衆は歓声を上げた。
彼ら民衆にとって処刑が娯楽なのは地球の歴史を見てもよくわかる。フランス革命の辺りなんて特によくわかる。彼らにとっては誰がどういう罪で処刑されるかとかはどうでもよく、ただ人が死ぬのが面白いんだろうね。普通に生活していたら見えるものではないのだから。
そんな彼らは、首枷と手枷を嵌められてうつむかせ座らせられ、いかにも首を切ってくださいと言わんばかりの体勢の僕、繭川杏里に石を投げつけてくる。処刑前のパフォーマンスのようなものだ。
僕に掛けられた罪状は敵対勢力のと内通。
トンカー王国だけでない、多くの国が敵対する魔族国家と内通したという、異世界人がどうやってその縁を手に入れるのか逆に聞きたい罪を彼女達王国と僕を虐げてきたクラスメイト達は被せてきた。
狙いは簡単だ。1つの悪をもって一致団結し、異世界から召喚した勇者様達との距離を縮めて彼ら彼女らを手元に置くためだ。
そして僕はそんな悪として祭り上げる生け贄として都合が良かった。
どういうわけか前から散々彼らにサンドバッグのごとく殴る蹴るの暴行は当然、右耳周辺はクラス1の美少女とされている女子に「女の髪は命ですが、男には不要でしょう」と焼かれて禿げさせられたし、左腕は「俺が骨折させたみたいになるからそんなもんつけんな」と折れた骨の添え木をクラスのまとめ役の男子に壊されたせいで少しばかり歪になっているし、僕の身体中には暴行の痕が多々ある。
残念ながら閉鎖社会の学校じゃこの程度はイジメにあたらないらしくて大人は何もしないし、むしろ彼らからも数度殴られたり蹴られたりしたものだ。
まぁ、その程度、両親からの虐待よりはまともだ。
灰皿代わりは当然ながら、サンドバッグにされたことはもちろん、ヤカンのお湯をかけられたこともあったかな。
それに僕を産んだせいで親から縁を切られただのなんだのと八つ当たりもされたっけな。多分脛をかじって生きてきたことに気付かず、駆け落ちしたかなんかで挫折したみたいな感じだったんだろうね。
酷いときは1週間食事も与えられなかったことがあったかな。その辺に落ちてた新聞紙を食べなかったら死んでいたね。
そういえば灯油を飲まされたこともあったっけ。あれは危なかった。普通だったら死んでいてもおかしくなかった。
そんなこともわからないほど計画性もない頭アッパラバーなDQN親を持つと大変だわー。虐待方法だけは得意であとはなーにもできないんだから。
そんなことは置いといて、そう虐げられている人間を贄に使うことは彼ら彼女らにとって何も躊躇うことはなく、むしろいつも通りのことの延長線ぐらいに考えているのだろう。
だから僕の人命なんて考えてすらいない。そして、だからこそ手痛いしっぺ返しを受けることになる。
「石投げやめ!!最後に言い残すことはあるか?」
執行担当のお兄さんはそう問いかけてくる。
この人も大変だよなぁ。どう見ても無罪の人物であっても、上の指示に従って処刑しなくてはならないわけだから。
まるでムッシュ・ド・パリ、アンリ・サンソンのようだ。僕の名前が杏里なだけに親近感が沸くよ。
僕はその言葉にいつも通りヘラヘラ笑いながら答える。
「因果応報はすぐに来ますよ。安心してください。お兄さんは少なくとも僕によって死ぬことはないですから。」
僕の言葉は処刑人のお兄さんにしか聞こえない声量で伝えた。
彼は何を言われているのかよくわからない風でありながらも、職務に忠実に務め、首枷と手枷をされた僕の首に大斧を振り下ろした。
ブシャ
「はっ?」
「え?」
「なんで!?」
僕の首は落ちなかった。
いや、ちゃんと斬られて落ちたのだが、因果応報を経て僕の首じゃなく第一王女樣の首がその場で血を拭き出してロケットのように飛び散ったのである。
「うあぁぁぁぁ!?」
「きゃあぁぁぁぁ!?」
「わぁあぁぁぁあ!?」
その近くにいたクラスメイト達は飛び散った血を浴び、阿鼻叫喚の地獄絵図となる。
そりゃまぁ、突然自分達の輪にいた人間が首吹っ飛んだらビビるよね。
しかも、落下してきた首が花嫁のブーケトスのごとくすっぽりと手に落ちてきたら思わず投げ飛ばして恐慌状態にもなるよね。わかるよ。
「い、いったい何が!?」
「そりゃ僕の首を斬り飛ばさせたら因果応報的に自分の首が飛びますよ。」
大騒動のなか、誰かの呟きに僕は答えた。
一瞬場は静まり返り、そしてまた大騒動となった。
それはそうだ。今さっきちゃんと首と手首が落ちた人間が何事もなかったように元に戻った状態で言葉を発すれば、SAN値だってガリガリっと削れるだろうさ。
実際、民衆は逃げようとしたり祈るようなポーズでしゃがみこんだりしてしまっている人もいる。
「なっ、なっ、なっ!?」
処刑人のお兄さん、驚愕して目を見開き口をパクパクと動かしている。いやー、なんかすみませんね。職務を全うしているだけなのにこんな正気を無くしちゃいそうな出来事に巻き込んでしまって。
クラスメイト達は混乱しきっており、泣き出す者や武器を構える者、嘔吐する者とバリエーション豊富になっている。散々人に暴力を振るっておいて、いざ自分達の身内がやられたらそんなクソ雑魚メンタル曝け出すとかギャグでしかない。キヒヒヒヒ。あー、おもしろい。
第一王女の護衛の騎士達は自分の護衛対象がどうやって殺されたのかはわからないが、僕が原因だということはわかったらしく、第一王女の遺体を確保しつつ血塗れで僕へ武器を向けつつ警戒心を向けてくる。職務を全うするなら、訳のわからない手を使う僕を相手取るよりこの場を落ち着かせるようにするべきだろうに馬鹿だねぇ。
だから、僕達が動き出すことに気付くのに遅れることになる。
『アンリよ。我らも動くぞ。』
そんな大騒乱な広場に突如、まるで天から声が聞こえるかのように言葉が響いてきた。
騒がしかった広場は再び静かになり、だからこそ僕の声がとてもよく聞こえたのだろう。
「はーい。こちらはこちらですませますんで、どうぞティア様とリリーは教会と城へ、シアン樣は軍へ、モンデルウス辺境伯樣は宰相へ因果応報の復讐をどうぞ。」
その言葉への僕の返しに騒がしいクラスメイト達や民衆はさらに騒ぎ出す。
そして、さらに騒ぎは大きくなる。
そりゃそうだ。
自分達の、王都の、王国の上に巨大な黒いドラゴンが突如現れたと思ったら、そのドラゴンが城を壊す形で侵入する。
この世のものとは思えないほど恐ろしい狼の遠吠えが聞こえると共に街の至るところから氷の樹のようなものが出現する。
さらにはルーセウス教の教会の方からは火の手が上がっていた。
どれも僕の同志とも言える復讐者だ。
敵対組織と内通しているじゃないかって?僕は異世界人がこちらの世界のこの国の敵対組織との内通をどうやるのか、ということを思っただけで、獅子身中の虫と通じていないとは言っていないからね。
それに彼らは王国の負債を返させにきただけの存在で、敵対組織、この場合は魔族とか亜人ではないし。つまるところ、僕は何も悪いことはしていない。国が悪いのであって、いい気味だとしか思わないね。
僕はその騒ぎを見つつ、民衆から僕に投げられた石による傷と痛みを、そっくりそのまま当人へ同じ部位同じ傷同じ痛みを、こっちの世界で目覚めた、というよりも自覚した力“個性”で返した。
混乱しているところに突然の痛み。周囲の騒動で殴られたと勘違いした人が近くの人を殴ることから始まった喧嘩があちこちで起こり始める。中には子供相手に大人げなく暴行を加える光景もあれば、逆に大人が子供に袋叩きにされている光景もあった。
やれやれ、これだから混乱した大衆ほど面白く、醜悪なものはないね。
「さて。それじゃ、本番を始めるよー。」
その混乱極まる無秩序の中、僕は高らかに宣言をする。
「みんな痛いよね?突然第一王女が死んでびっくりしたね?でもどうしてそうなったかはわからないよね?
大丈夫、安心して。僕が答えをちゃんと教えてあげるから。」
「な、何が答えを教えてあげるだ!!テメーみたいな気持ち悪い底辺野郎が原因だとわかっているなら殺せばいいだけだろうが‼」
「キヒヒヒヒッ。馬鹿だなぁ、馬籠は。今さっき僕を殺した結果、そこの第一王女は死んだじゃないか。」
僕の言葉に落ち着きを取り戻し始めたクラスメイトの一部は声を荒らげて罵詈雑言を向けてくるが、その程度ならどうということはない。いつもと代わり映えがなくて残念なぐらいだ。
「何も僕がやったことは難しくないよ。君達のもつスキルと同じような、僕だけの個性“凶面犯写”でやられたことを返しただけなんだから。」
「はぁ?何を言ってるの、ゴミ。あんたはスキルをこっちに来るときルーセウスから授けられなかったほどの落ちこぼれのゴミでしょうが。」
「おいおい、女神樣を呼び捨てとか、ルーセウス樣と呼べデコ助女、って腐敗臭のするくっさいくっさい教会の言われちゃうぜ、花房さん。
そもそも、あれは無い人にルーセウス様が貸し与えてくださったんだろう?だったら、もともとスキルを持っていたら貸し与えられないのは当たり前のことじゃないか。頭悪いなぁ。キヒヒヒヒッ。」
クラスメイト達はこっちの世界に送られる際、この世界の宗教の信仰対象である女神ルーセウス様からスキルを貸し与えられている。
スキルとはこの世界の人が生きていくのに手助けとなる技能のことだ。分かりやすく言えば狩人なら罠を作るための器用さが少しだけ上がったり、商人だったら頭の中で計算するのが少しだけ速く楽になったりする程度のものだ。実際はもう少し複雑でいろいろあるんだけど、まぁ特に関係ないし割愛。
そしてそれはこの世界でのルールだから僕達地球人は持っていないはずなのだそうだ。
が、僕はそれを借りるための容量のようなものが既に埋まっていて無理だと教えてもらった。
持っているはずのない地球人の僕がすでに自分のスキルを持っていることにルーセウス様は驚いて、僕だけ個別面談をされ、そこで色々と調べられて、その結果を教えてもらったというわけだ。
僕のその埋めていたスキルは「自分へされたことをそのまま相手に任意で返すことができる」というものだった。
それは今だけでなく過去に負ったものでも、それこそ傷やダメージが治癒されていようと返すことはできるし、誰にやられたかわからなくてもその怪我やダメージを負わせた相手に返すことができるし、さらには累積分を一気に返すこともできる。
極め付きは第一王女様の首が飛んだように、僕に害なす実行者ではなく、その実行者に命じた黒幕に返すこともできる。例えそれが僕の知らない人物であろうとも、だ。
人を呪わば穴二つ、あるいは僕への悪事が自分へ返る呪詛返しのような力なのだそうだ。
ちなみに、受けたものを返すのだから、僕の手元には何もない、つまり傷や後遺症は全て回復して、僕には無かったことにできるというオマケもある。これのお陰で灯油飲まされてヤバかったときは無意識のうちに両親へ返していたみたいだ。
それから、興味深いことに、僕を治癒したならばその治癒した分だけ治癒をしてくれた人へと返すことができるようだ。おかげでいつも通りサンドバックにされた僕を治療してくれた聖女ちゃんに恩を返すことができた。いやはやチートだねぇ、この力。
いやぁ、両親から保護された際に今まで受けていた虐待痕が何の後遺症もなく治るわけだ。僕の受けた傷やダメージ、その結果起きたことなど全てがあの人達に行っていたわけだ。
僕が保護されてから聞いた話だと、どっかの借金取りの暴力団にしばかれて酷い有り様だとは聞いていたからわからなかったけどね。
そんな僕固有の技能を僕は個性と分類名をつけ、僕の個性に「凶面犯写」と名付けた。
こういう名前つけというのは結構大切なことだ。かの有名なシュレディンガーの猫のように観測されて初めて物事は定まるという量子力学だったかの考え方がある。それに習って自覚した結果、凶面犯写のできることできないこと、発動条件、リスクなど大まかな挙動を理解できたのである。
よくバトル物にわざわざ名前つけているのは痛々しいと思っていたけど、多分彼らも名前をつけることで観測し、初めて出せるようになっているのかもしれないね。
そんなわけで、今、僕はその力でやられた分だけきっちり返して綺麗な身になろう、というわけだ。
「はっ、笑わせる!!やり返すだと!!この人数をこの場で殴り返すっていうのか!?やれるもんならやってみろよ!!」
「キヒヒヒヒ。バカだねぇ、なんで僕が君達にされたことを君達にするのさ。君達にこれからされることは、君達がしたこと、してきたことであって、僕が何かわざわざ君達にすることじゃないのさ。だから何があって、どうなろうとも僕は悪くないし、君達が悪いのであって、ざまぁみろ、だ。
さて、話が長引いてグダグダするのも面倒だし、リリー達も気になるから茶々っと片付けようか。」
その宣言と同時に、ここ2年弱受け続けてきた暴力や傷痕、あと受けたときのダメージを全て僕にそれぞれ行った人物に返した。
次の瞬間、
クラスのまとめ役の男子であり、僕の個性を理解できてなかった馬籠は、両手足がへし折られたあげく、血を吐き出して死んだ。
僕を何度も殴っていたからね。そのぶんのダメージが内蔵を破裂させるほどだったのだろうね。
クラス1の美少女とされている女子で馬籠の彼女であった花房は髪を焼かれ、それを振り払おうとした結果自分に引火して自滅の形で焼死した。
これは流石に哀れだ。
僕が彼女に火をつけられたときと、灯油を浴びせられたときは別の時間軸だったのに、それらが同時に彼女に返った結果、こうなってしまうとは。いやはや、考えなしな行動を過去にしていた彼女が実に哀れだ。
馬籠の右腕的存在の角田は大量の血を嘔吐して死んだ。多分馬籠同様内蔵破裂だ。違いとしてはたぶん、腹と背中に貫通した穴が開いていることだろう。
凄いねぇ。人間、量を重ねればただのパンチでも人体を貫けるんだ。
花房の親友でそのグループのNo.2だった時は僕を階段から何度も突き落としたせいか、まるで高層ビルから何度も身投げしたかのようにグシャグシャになった。
いやはや、可哀想に。多分一番悲惨な死体じゃないかな?美少女だった名残どころか、人間の名残すらないよ、これ。キヒヒヒヒッ。
廣岡は、
中東は、
江端は、
鳥居は、
垣花は、
城殿は、
苗村は、
田伏は、
勝島は、
米田は、
赤田は、
舘野は、
鳥越は、
松橋は、
下道は、
鬼澤は、
鎌仲は、
全員、腕が切り落とされたり、窒息したり、体中から大量の血を吹き出したり、折れた肋骨が肺や心臓に刺さったり、首から上が砲弾でも食らって吹き飛んだかのように潰されたり、毒でも飲まされたかのようにもがき苦しんだり…etc.
そんな感じで死んでいった。
生き残ったのは僕を除いた男子19人女子13人中男子2人女子8人しかいなかった。
それはつまり彼ら彼女らは僕に手をあげていなかったというだけのことであり、手をあげられないくせに僕を虐げ、死んだ連中に追随していたというだけのことだ。
言ってしまえば、1番の卑怯者だろう。他人に手は出させておきながら自分は手を汚さないんだから。
そういう人間にも復讐で殺すのが一般的な復讐者かもしれないが、あいにく僕としては僕に手をあげていないなら必要以上にわざわざ関わる必要もやり返す必要もないので、わりかしどうぞお好きに僕に何もすることなく平穏無事に生きてください、としか思わない。
あとは精々、第一王女の死因の遠因という名目で国に殺されないことをお祈りします。もっとも、その国自体が今日を越えられるか怪しいけども。
そんなわけで、受けていた分の傷やダメージを対象者に返したので、僕の身体中の痣は消え去り、火傷も治って髪ももとに戻り、骨が歪になっていた左手も普通の型に戻ったし、欠けた歯元に戻った。
うん、なかなか男前のいい男になったね。これなら教会に復讐中の聖女ちゃんも誉めてくれるかな?いや、多分、何も言わないかな。彼女にとって僕は男性というだけだから、容姿とか気にしないだろうし。
「オエェェェェ」
「なんだよこれ……なんだよこれ………」
「麻里絵ちゃん……和香ちゃん……なんで…………どうして?」
「これは夢だ!!夢じゃなかったらこんなことあり得ない!!なんでクラス1の嫌われ者で何もできない何もない落ちこぼれがみんなを殺せるのよ!!あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!!」
あららー。完全に生き残ったメンバーもあまりのスプラッターな死体に精神が潰されたらしく、壊れてしまったよ。可哀想に。
手をあげず罵詈雑言を飛ばすことしかできなかった、か弱いか弱い彼ら彼女らには惨劇は辛いよねぇ。心折れるよねぇ。面白いから別にいいけど。
「さて、これで今までの分は全部返したから、僕の分はおしまい。さーて。火事現場に野次馬しにいこーっと。」
恭しく頭を下げ、僕はここからでも黒煙が見える火災現場、教会がある方向へと歩みを進め始めた。