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Make A Friend  作者:  
一学期《宿泊研修編》
8/8

憧れの存在


「あーあ」


 一斉に視線が集まる。


「黙って聞いていれば、とことんお前は屑だな」


 俺は金崎を見据える。


「なに、あんた?」


 彼女も負けじと俺から目を逸らさない。

 ここまで来てしまえば、もう後戻りはできない上に、このあとどうなるのかは大方予想がつく。

俺が前に出たことで、山吹と彼女たちの関係は悪化し、四人組との関係も絶たれてしまうだろう。

そして、それらの危険性があることは俺は十分に理解していた。

 でも、ただ・・・ただ黙っていることは出来なかった。

・・・なぜなら、俺は彼らの事情を把握していたからだ。何も知らなければ、きっと山田のように傍観を決めていただろう。

こうして前に出ることで、金崎や山田とは違うということ自分自身に言い聞かせたかったんだと思う・・・後悔しないために・・・彼の言葉を裏切らないためにも。


「人の話は真面目に聞かないわ、人の趣味を馬鹿にするわ、終いには友達までを怒鳴りつける...」

 

「...あんた何様だよ」


 顔を真っ赤にした金崎が寄って掛かってくる。

 痛いところを付かれた彼女は何も言い返せないでいた。俺は更に畳みかけるように続ける。


「お前の言い分はごもっともだ。

 俺もこいつらの話を聞いても、何を伝えたいのか分からないし、何一つ共感できない。

 それに気持ち悪いって感じることさえあった。...だからお前の気持ちはわかる。

 ...だが、人の趣味を馬鹿にすること良くないな。

 お前は馬鹿にしたせいで一気に悪者扱いだ。黙って聞き流していればいいもののを...

 ...本当に愚かだな。

 それにこの発表は他者の趣味を受け入れるためのものではない。知るためのものだ。

 だから、あいつらは認識されるだけで満足なんだ。認識されることこそが目的なんだ。

 ...嫌いなものだから、聞きません?知りません?...子供かよ。

 お前らみたいな三次元の屑がいるのも、あいつらみたいな二次元ラブのキモオタが生まれる原因の一つなんだよ。」


『...言い切ったぞ』


 好き勝手に言われた金崎は泣いていた。

 俺は達成感に駆られ、そっと目を閉じた時だった。

 

-バシンッと乾いた音が響いた。


最初は何の音なのか分からなかったが、急に左頬が熱を帯び始めたことで理解した。

・・・ぶたれた・・・でも誰に?

相手を確かめるようにゆっくりと目を開ける。すると、先程まで傍観を決めていた山田だった。

 俺には理解できなかった。

どうして、傍観を決めていた彼女がこうして俺をぶったのか?何が彼女を動かしたのか?

 山田は目を細め、俺を睨みつけていた。

彼女が俺に対して怒っていることだけは理解できた。


「あなたの言い分は正しいわ。

 でも、最後のは余計よ。最後のであなたは、悪者、扱いされるわ。

 最後の最後で墓穴を掘ったわね...愚かだわ」


 山田はそう言い残して泣いている金崎を連れていく。それを追って橋本、須藤も去っていた。

二人は、まるで、「最低」、「うざすぎ」とでも言いたそうな顔をしていた。

そして、取り残された四人組と山吹はどうしたらいいのかわからず、ただその場で呆然と立ち尽くしていた。

 山吹は立ち去る山田たちの後姿を心配そうに見つめていた。


「行け」


 俺は山吹に叫ぶ。その声で彼女は我に返ったようだった。


「ご、ごめんなさいっ!」 


 彼女は一礼をして山田らのあとを追いかけていった。

 取り残された男子陣。周りからの視線が痛いほど突き刺さる。担任が駆け寄ってくる。

それからはどうなったかはあまり覚えていない。


-部屋で待機しているように命じられた


 今回の宿泊研修で二度目の待機。

自室に戻ってから誰一人、口を開かないでいる。

何一つ音のしない部屋。

・・・空気がとても悪い。空気が淀んでいる?

いや、重たい。


『...宿泊研修の目的は・・・たしか、集団での生活を学ぶだっただろうか。

だとしたら、その目的は達成できなかった。いや、こうして集団で行動しているのだから達成できたとも言えるのだろうか。はっきり言って、そんなことはどうでもいい。

・・・もう集団で行動するのは懲り懲りだ。今すぐにでも一人になりたい』


 などと普段は考えることもしないことを考えてしまう。

そのくらいに部屋の空気・・・雰囲気が最悪だった。

こうなることは分かっていた。その覚悟の上で俺は前に出ていった。

 鏡屋たちは布教のチャンスだと張り切っていると伊藤が言っていた。

そのチャンスを俺が壊した。

俺のせいで彼らの印象が悪くなった。

 山吹は波風を立てないように慎重に行動していた。

その努力を俺が無駄にした。

俺のせいで彼女は金崎たちの関係が悪くなったはずだ・・・

 俺が前に出たことで鏡屋たち、山吹・・・それに山田たち・・・終いには俺自身さえも不幸にしてしまった。

こうなることは分かっていたはずなのに。


-目を閉じる


 すると、脳裏に昨日の四人組が楽しそうに二次元について語り合う光景が浮かんだ。

彼らが話している内容は何一つ理解できないものだった。二次元の何が良いのか俺には理解できない。

 でも、彼らが凄く輝いて見えた。

そんな彼らを眺めていると・・・


《僕たちにとって二次元は特別な存在なんだ。

 二次元は、僕たちが初めて出会った場所。それに僕たちが集めるきっかけをくれた。

 きっと、同じ受験生という繋がりじゃここまで来ることが出来なかった。

 アニメやゲームといった共通の趣味があったからこそ、ここまで来ることが出来たんだと思う。

 アニメやゲームというものは世間に白い目で見られがちなのは理解している...

 だから、楓馬くんに否定されるのが怖くて、コトっちたちは強く当たってしまうんだ。

 否定されるくらいなら自分たちの領域に踏み入れさせまい、と...

 その...楓馬くんがアニメなどの二次元についてどう思っているのかはわからないけど...

 どうか、彼らの前だけでは否定しないでほしいっ!!》


 伊藤の言葉が脳内で再生された。

 俺は知っていた。彼らにとって二次元は特別な存在であることを。

 何も知らないくせに彼らの大事なものを否定しようとした金崎を許せなかった。


『だから、俺は前に出たんだ』


 不意に笑いそうになった。

なぜなら、友達だと思っていた奴らに裏切られ、もう二度と友達なんて必要ない、いらない。

そう心に決めて通いたくもなかった学校に通い始めて・・・たった一か月程度で・・・

友達でもない、ただの班員のためにここまでしてしまうなんて・・・笑えるだろう?

 きっと、それは・・・


《楓馬くんは優しくて友達想いな人だと思ったから、だよ》

《優斗!!おっ前って本当に良いやつだよなっ!!》


 呪いのせいだ。伊藤に掛けられた呪い。居心地の良い不思議な呪い。

 俺は気付いてしまった。

それは、伊藤の言葉が賢治の言葉に似ていたからだ。

初めて賢治に言われた褒め言葉・・・きっと、無意識のうちに心が反応してしまっていたのだろう。

だから、前に出る覚悟が出来たんだと思う。


《...本当にそれだけか?》


 自己完結しようとした時だった。

 賢治が優しく問いかけてきた。

まるで、俺の心を見透かした上で聞いているような感覚だった。


『...それだけだ』


《...嘘だ》


『嘘じゃない』


《四人組の楽しそうな光景を見てどう感じた?

 伊東君の話を聞いてどう思った?》


 四人組の楽しそうに話している光景を見て、俺は温かいと感じた。

それと同時に俺には眩しすぎると思った。

 伊東の話を聞いて、俺は彼らのような人達にもっと早く会えていたら、今とは違う結末を迎えていたのかもしれないと期待してしまった。

 でも、結局はそれだけだ。全ては結果論でしかない。


《違う。...そんな話をしているんじゃない》


『どういうことだ?』


《優斗はこの世界にたった一人しかいない。みんなそうだ。何十億人と存在する中でたった一人だ。

 自分以外はみんな他人。だから、人には寂しいという感情があるんだ》


『何が言いたいんだよっ!!』


《...優斗。彼らと友達になりたいんだろう?》


『ち、ちっが...』


《優斗が四人組に抱いていた感情は憧れだ。

 彼らの輪の中に自分を入りたいと心の隅で思っていたんだ。

 だから、彼らが罵倒された時に前に出ていけたんだろう?》


『あれは...事情を知っていたから』


《目立たない学校生活を送りたいって思っていたお前が?》


 賢治が声を上げて笑う。


《優斗...お前はやり直せる。

 お前が前のように心から笑えるようになることを俺は願っているんだ。

 だから、踏み出してみろ。彼らとなら上手くやれるさ》


 嫌味の感じられないエールだった。

 でも、どうして賢治はここまで俺のことを・・・?どうして、あの時、俺のことを・・・?


『...賢治。どうして、あの時、俺を庇ったんだ?』


《...今は...まだ...言え...い》


 賢治の声が掠れ始め、彼が遠のいて行くのが分かった。

それと同時に現実世界に意識が引き戻されていく。気が付くと俺はどうやらうたた寝していたようだった。

 先ほどの雰囲気とは一変して、和やかな雰囲気になっていた。笑い声すら聞こえる。

昨日のように四人組が楽しそうに話している。

そんな彼らを見ていると賢治の言葉が脳裏に浮かんだ。


《...優斗。彼らと友達になりたいんだろう?》


 果たして本当にそうなのか。もう自分ではよく分からなくなっていた。


-それ自体が既に物語っているというのに・・・

 

 すると、伊藤と目が合う。続けて、鏡屋、関、菅とも目が合う。

みんな話を中断して、こちらを振り向く。

なぜか、俺と四人組は向かい合っている状況が作り出されていた。

 この部屋にまた静寂が戻る。


「楓馬くん...ありがとう。

 僕たちのために立ち上がってくれて...本当に嬉しかった」


 伊藤が微笑む。

 その一言で俺は泣きそうになった。


「その、お前のお陰でスッキリした。ありがとうな」


 続けて鏡屋が言う。


「サ、サンキュー」


 照れ臭そうに関が言った。


「言えなかったことを言ってくれて、ありがとう」


 管が泣きそうな声で言う。

 俺は今にも泣き出しそうだった。必死に唇をかみしめ、涙を堪える。


「お、おう」


 これが今の俺に出来る唯一の返事だった。


「泣いてるべ?」


「な、泣いてない」


「お前も泣いてるだろうが」


 気が付くとみんな泣き笑っていた。俺たちは気が済むまで泣き笑い続けた。

こうして笑い合ったのは久しぶりだ。

賢治を失ってから俺は笑うことが出来なかった。

何をしても賢治のことが頭を過ぎり、後悔の念が俺を燃やし尽くす。

だから、学校を通うこと自体、やめようかと思った。

どうせ、つまらない学校生活を送るだろうし、くだらない人間関係で疲れるだけだろうと・・・

そう思っていたが、今は違う。


《優斗...お前はやり直せる。

 お前が前のように心から笑えるようになることを俺は願っているんだ。

 だから、踏み出してみろ。彼らとなら上手くやれるさ》


 賢治の言葉通り・・・やり直してみようと思う。

きっと、この四人組となら上手くやっていける。

たとえ、これから壁にぶつかろうとも、彼らとならそれすら楽しいと思える学校生活を送れるかもしれない。


『...そんな青春時代を俺は彼らと歩みたい』


だから、まずはここから一歩踏み出してみようと思う。




「友達、になってくれるか?」


 




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