彼は立ち上がる
あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします!!
-鳥の囀りで目を覚ます
スマホで時間を確認すると、まだ朝の六時前だった。
いつもより早い起床に少しばかり驚いた。いつもより静かな朝に何とも言えない気持ちになる。
『いたらいたで迷惑だが、いなければいないで寂しいと感じるものなんだな』
二階ベッドの上から他の班員の様子を眺める。
他の班員はまだ寝ていた。それもそのはずである。
彼らは夜遅くまでアニメや二次元キャラについて熱く語り合っていた。
今はまだ起床時間でもないので起こす必要はない。それに起床時間前に起こしたとなれば、関辺りが何をしだすかわからない。
だが、起床時間になっても起きない場合はたたき起こすつもりでいる。
俺ももう一度寝ようと目を閉じたが、完全に目が覚めてしまっているため、寝ることは不可能だった。
・・・起床時間までおよそ一時間
それまで何をして時間を潰そうか悩む。スマホでニュースを見ようとしても、なんせ森の中だから電波が悪くて、ページを開くのに時間が掛かる。
『先に顔でも洗っておくか』
悩んだ果てに出した答えだった。
起床時間になれば洗面所は混むだろう。ただでさえ、数が少ないと言うのに・・・
今のうちに済ませておけば、あとで楽になるだろう。それに今ならどれくらい時間が掛かろうと誰に文句を言われたり、舌打ちをされることはない。
俺はなるべく音を立てずに一階へと降りる。一階のベッドからは伊東の寝息が聞こえる。彼は寝顔までもがイケメンだった。
そして、なるべく音を立てずにドアを開き、廊下へ出る。
誰もいない廊下はとても静かで、暗い廊下で薄い緑色の光を放っている非常灯が、不気味な雰囲気を醸し出している。後ろからゾンビが迫ってきそうだ。
「コツコツ、コツコツ」
自分の足音が響く。
それから少し歩いたときのことだった。
「コツコツ...コツ、コツコツ...コツ」
俺の足音に若干のずれが生じていることに気が付いた。
上手く俺の足音に被さって、聞こえ辛いが俺のリズムと若干違う。
おそらく俺の他に誰かが歩いている。歩きながら後ろを振り返るが、暗くてよく分からない。
洗面所まであと少しのところだが、徐々に後ろの足音が近づいてくる。
『このままだと追い付かれる可能性が...』
先生の可能性も考慮した結果、俺は柱の裏に隠れることにした。
「コツコツ、コツコツ」
足音が徐々に近づいてくる。・・・息をのむ。
すると、薄っすらとだが人らしき影が見えた。先生ではなく生徒であることが分かった。
なぜなら・・・俺はそいつを知っていたからだ。
『...山吹?』
その人影が俺の横を通り過ぎた瞬間、俺は確信した。・・・間違いなく、山吹だった。
一瞬しか見えなかったが、横顔が泣いているように見えた。
俺は彼女が女子トイレの中へ入って行くのを見届けたあと、男子トイレに入った。
-目的であった洗顔を済ませる
トイレの中で彼女が出てくるのを少し待ったが、出てくる気配がなかった。
『彼女が泣いていたのかは定かではない。
だが、もし泣いていたとするなら・・・その理由が知りたい』
俺から彼女と距離を置いていたはずなのに・・・
どうして、彼女を気に掛けるのだろう。
〈楓馬くんは優しくて友達想いな人だと思ったから、だよ〉
昨日、伊藤に言われた言葉が蘇る。彼が悪気もなく、ただ純粋に思ったことを投げかけた言葉。
だが、その言葉は呪いのように何度も何度も俺を苦しめるのだろう。
・・・そのくらい俺にとっては重くのしかかった言葉だった。
それから、もう少し待ってみたものの、やはり出てくる気配がなかったため、先に部屋へ戻ることにした。部屋に戻ると伊藤が起きていた。
「あ、楓馬くん、おはよう」
伊藤が静かな声で挨拶してくる。
「あ、あぁ...おはよう」
まだ起床時間まで少し時間がある。彼は早起きをするタイプなのだろうか。
「楓馬くんは早起きなんだね」
「うん、まぁ...な」
「そう、なんだね」
他の班員が寝息を立てて寝ている間、俺たちは小声で話していた。
-それから起床時間になり伊藤がみんなを起こし始めた
その光景はさながら地獄絵図だった・・・伊東を蹴る、殴る、罵倒する・・・それはもう酷い有様だった。
『...どんだけ寝起き悪いんだよ』
寝起きの悪い奴ほど質の悪い奴はいないと実感した瞬間だった。
それから、身支度を整えた俺たちは朝食を済ませようと食堂へ向かった。
込むことを想定し、早めに来たが考えていることはみんな同じなのか、既に配膳を受ける行列が出来ていた。・・・お盆一つ取るだけでも大変だ。
最後の味噌汁を取ろうとしたときのことだった。
「あ、悪いっ!」
イケメンな雰囲気を醸し出している青年の肘がぶつかり、味噌汁が俺の手にかかってしまう。
幸いなことに服にかかりはしなかった。
「大丈夫だ」
俺は素直に許す。
これだけ混み合っていれば肘の一つや二つがぶつかってしまうこともあるだろう。
それに、すぐに謝罪をしてくれるとこちらも許そうかという気持ちになる。
その青年は、本当に悪いと何度も頭を下げる。
あちこちから視線が集まっていることに気が付いた俺は彼を止める。
これ以上、謝られるとこちらが恥ずかしくなる。既に恥ずかしいが・・・
気が済んだのか、青年は俺の顔を見上げる。そして、少しの間、彼の動きが止まった。
まるで、俺のことを何処かで見たことのあるような感じだった。
『...なんだったんだ』
食事を済ませると二日目。つまりは最終日・・・
そんな最終日に待ち構えているのは、班長会議で話し合った糞みたいな内容のレクレーションだ。
『自分の好きなものを知ってもらおうか...』
いま改めて思うと、本当に糞みたいな内容だ。
そんな否定的な俺と正反対な奴らがいた・・・そう、あの四人組だ。
このレクレーションの話をした際には酷い言われようだったのだが、なぜか今は物凄いやる気に満ち溢れていた。何が彼らを変えたのかはわからない。
「な、どうしたんだ?」
少し離れた位置から盛り上がる三人の様子を見守っている伊藤に声を掛ける。
「楓馬くんが困っている様子だったからコトっちに提案してみたんだ。
...布教するチャンスなんじゃないかって。
そしたら、あんな感じでやる気を出してしまったんだ」
「そうだったのか」
「これが悪い方に傾かなければいいんだけどね...」
多目的教室的なところに集められた俺たちは担任からレクレーションについての説明を受けた。
他のクラスも同様に違う部屋で同じような内容の説明を受けているのだろう。
レクレーションの内容は以下通りだ。
・二つの班でペアになり、前後半に別れ、発表をする。
・ペアの班はくじでランダムに選ばれる。
・不適切な言動は控える。
早速、俺たち班長がペア決めのため、担任に呼ばれた。じゃんけんで引く順を決めた。
そして、俺が独り勝ちしてしまい、一番に引くことになった。・・・すっと箱から割りばしを抜く。
そこには四番と書いてあった。俺のあとに続いて他の班長が順に引いていく。
-全員が引き終わった
一人ずつ番号を公表していく。
「一番...二番...三番...」
「四番」
四番を口にしたのは山吹だった。
『...よりによってあの班か』
どう考えても最悪な組み合わせである。
山吹たちの班員にオタク話を聞かせたら、どのような反応を示すだろうか。
そんなのは火を見るよりも明らかだ。
『伊藤のやつ...嫌な予感を見事に的中させやがった』
それから、俺と山吹を中心に各班員が集まる。
始まる前から、両者の間に明らかな温度差があった。
布教に燃える俺たちの班員に対して、「なんで組むのが、お前たち陰キャなの・・・?」といった落胆の表情を見せる女子達。
・・・かなりやりにくい空気が漂っている。
同じ班長である山吹に助けを乞うか・・・それとも、俺だけで進行するか。
今すぐにでも前者の選択をするべきだと分かっているが・・・自分から距離を置いてしまったため、どう山吹に接すればいいのか分からない。そんな風に迷っていると誰かが声を上げた。
「私たちはどうすればいいの?」
声を上げたのはハーフ美少女だった。
ハーフ美少女へ向けられていた視線が俺と山吹に向けられる。
「早く指示を出せ」そんな風に言っているように思えた。
「じ、自己紹介をしましょう」
咄嗟に答えたのは山吹だった。
その時だった・・・山吹のことを睨みつけているギャルと目が合ってしまった。
『...なんだ、あいつ』
「そ、それじゃ、私たちから...えっと、私は山吹です。...よろしくお願いします」
人前で話すことに慣れていないのか、緊張した口調だ。
どうやら流れ的に山吹が進行役を引き受けてくれる様子だ。
「金崎」
カナザキ。
theギャルといった風貌の女子。肩まで伸びた茶髪。化粧が濃い。
「私は、橋本です~」
ハシモト。
普通に綺麗な女子。腰辺りまで伸びた黒髪。いかにも軽そうな雰囲気である。
「須藤 桃花」
スドウモモカ。
きつい性格をしていそうな顔つきの女子。肩まで伸びた黒髪。腹黒い性格をしている・・・絶対に。
「アリスよ」
アリス。
背の低いハーフの美少女だ。腰辺りまで伸びた金髪。彼女とは面識がある。バスの席で横になった。
俺からすれば、彼女がこのグループにいることが不思議である。
金崎、橋本、須藤、山田の四人に山吹を加えた五人。みんな個性が強そうな集団だ。
・・・山吹が班をまとめ切れていない理由が何となくわかった気がする。
女子の自己紹介が終わると男子たちの自己紹介が始まった。
誰かが指示したわけでもなく、催促したわけでもないが、鏡屋自ら始めた。
それから、菅、関、伊藤が続けて自己紹介をする。俺も少し遅れて自己紹介をした。
「初めまして、楓馬です。今日はよろしくお願いします」
女子、男子共に自己紹介を終えたのを確認した山吹が口を開く。
「で、では、これから発表をしましょう...。ど、どちらから始めますか?」
周りの顔色を伺いながら慎重に進行している。その姿はまるでオオカミに怯えている子ヤギのようだ。
誰一人、俺たちと目を合わせようとしない。お前たちが決めろよと言った様子だ。
どうしようかと顔を見合わせる俺と山吹。そして、静寂が俺たちを包み込む。
このような空気になるのは今日で何度目だろうか。
「こういうのってさ、普通は男子から始めるものじゃない?」
沈黙を破ったのは金崎というギャルだった。
男子グループから反発があるのかと思いきや、「おう!」「任せろ!!」と随分と乗り気な声が上がった。
『...ここは普通、反対するんじゃないのか?』
女子からの頼みで気分が上がっているのか、はたまた、ただ発表をしたいだけなのか・・・恐らく、こいつらは両方だろう。
「で、では、男子のグループからお願いします」
山吹の合図で鏡屋がみんなの前に立つ。他の者は鏡屋を囲むように座る。
鏡屋は一瞥すると発表を始めた。
「えー、これから俺の発表を始めます」
パチパチと拍手する音が聞こえた。
鏡屋の発表タイトルは《二次元キャラの良さ》というものだった。
伊東からはある程度から話を聞いていたけれど、ここまでストレートな題材だとは正直思っていなかった。俺は女子グループの方をチラ見する。
・・・みんな白い目をしていた。
そんな女子たちとは裏腹に楽しそうに発表している鏡屋に、楽しそうに聞いている俺以外の男子メンバーたち。引き続き、鏡屋は二次元キャラの良さについて熱く語る。
「三次元では成し得ないものを全て兼ね備えた完璧な存在です。
よって、二次元キャラは素晴らしいものです。
御静聴ありがとうございました。」
パチパチと拍手をする・・・ただ一人を除いて。
『女子達にはどう受け取られたんだろうか』
その一人を見て俺は思った。
きっと、良い印象はないだろう。誰だってこんな気持ち悪い発表を聞いていい気分になる奴はいない。
結局、彼は何を伝えたかったのかは分からなかった。
ただ、確かに感じられるものが一つだけあった。
-それは・・・鏡屋の二次元キャラに対する熱だった。
鏡屋が発表を終え、みんなの元に戻ってくるなり、関が気合を入れる。
「うっしっ!!雄大!行ってこいや!!」
『...え?』
気が付くと、菅が前に出ていった。
「リュっちって人前に出るのが苦手なんだよ~」
と伊藤が耳打ちしてくる。
菅の発表が始まった。彼の内容は・・・《ロリの良さ》についてだった。
『これまた、やばそうなのを突っ込んできたな...』
パチ、パチと鏡屋の時よりも明らかに拍手が少なかった。終いには「まじきも...」などと罵声が聞こえてきた。みんな、聞こえていたはずなのだが、誰一人として反応を示さなかった。
そして、管の発表が始まった。それはもう酷い内容の発表だった。
管の性癖を聞かされているような気分だった・・・実際、そのような内容だったのだが...
「はぁ~...さっきから黙って聞いていれば...マジきもいんですけど?」
金崎が管の発表を妨げるように大きな声を上げて立ち上がった。
「マジ二次元やロリコンとかどうでもいいからさ~」
「...他の話は出来ないわけ~?」
金崎に釣られてニヤついた表情の橋本と須藤も立ち上がった。
当の本人はまさかの状況に固まってしまっている。それは俺たちにも言えることだった。
「男子の発表はもう終わりにして、こんな茶番劇やめない?」
金崎が呆れた表情で提案を申し出てくる。
明らかにこの場は金崎の独壇場となっていた。またしても静寂に包まれる。
ここで俺が前に出ればもしかすると何とかなるのかもしれない。いや、ならないのかもしれない。
・・・圧倒的に後者の方だろう。
『やはりここは男子の班長として俺が出て...』
そう悩んでいたときだった。
「まぁまぁ、面白そうだし聞こうよ」
山吹が立ち上がった。
・・・握られた拳は離れていても分かるくらいに震えていた。
それは彼女の勇気の表れだろう。・・・彼女が金崎たちに反抗するってことは、つまり・・・
「は?山吹の分際でうちらに指図してんじゃねーよっ!!」
金崎が怒鳴った。
怒鳴られた山吹は肩をすくめて小さくなっていた。
そして、結果的に山吹のフォローが彼女に火を点けることとなった。
「お前みたいな冴えない女を友達として、うちらのグループに入れてやってるんだから感謝しろよ。
お前みたいなやつは、うちらの言うことだけ聞いていればいいの...わかった?
それに男子。お前らもだよ。二次元に走る奴は冴えない陰キャどもな訳。
だから、陰キャは陰キャらしく大人しく陰キャ同士で話してろよ。きもいんだよっ!!」
班長である俺を代表して何も言い返せない男子と山吹に対して言いたい放題の金崎。
そして、それを見て楽しそうに嗤っている橋本、須藤。少し離れたところから傍観している山田。
山吹は今にも泣き出しそうな顔をしている。
それに四人組は大事なものを悉く否定され、罵倒されてしまい、魂ここに在らずといった様子だ。
俺は二次元が好きでもなければ、四人組や山吹の友達でもない。
だからこそ、金崎の言い分には理解できる。
-だが、俺と金崎に決定的に違うことがあった
それがなければ・・・
きっと、この違いがなければ俺は山田のように傍観を決めていただろう。
そして、以前のように後悔もしていただろう。
伊東の話を聞いていなければ・・・伊藤の言葉がなければ・・・
〈楓馬くんは優しくて友達想いな人だと思ったから、だよ〉
「あーあ」
俺は精一杯に声を低くして立ち上がった。
-そうして宿泊研修を終えた。