初めてのライン
-次の日
今日も班長会議が行われる。昨日と同じ時間に同じ場所で開催される。
俺は昨日の教訓を生かし、昨日より少し早めに向かった。
『...嘘だろ?』
思わず心の中で叫ばずにはいられなかった。
なぜなら、昨日ほどではないが・・・それでも過半数の班長が集まっていたのだから。
こいつらは掃除をさぼっているのではないかと疑いたくなる。ちなみに、今週の俺は休み当番だ。
それに俺は掃除が好きだ。任された場所は責任をもって綺麗にする。
昨日と同じ場所へ向かう。それからスマホを弄って時間をつぶしていた。
もちろんラインなどではない。そもそも友達に母親と妹しかいない。
一体誰とやり取りを交わすと言うのだろう。
必然的にネットサーフィンをしていた。すると、興味深いニュース記事を見つけた。
【いじめか!?○○中学校の二年女子自殺】と大々的に見出しを書かれた記事だった。
内容は至ってシンプルだった。SNS上での悪口から発展し、学校でもいじめをうけるようになった・・・と。
『ここまで内容を公開するなんて珍しいな』
きっと、これが俺の母校で起こった事件だったら間違いなく、教育委員会が出てきて揉み消していただろう。
『実際、あのときだって・・・』
嫌なことを思い出す寸前に進行役の掛け声が聞こえた。
気が付くと、みんなが揃っていた。約一人を除いては・・・俺の横は空席のままだった。
「では、これを回してください」
進行役の人が紙を配り始めたときのことだった。
ガラガラと扉が勢い良く開かれた。言うまでもない、山吹だった。
彼女は、軽く頭を下げ、俺の横へやってきた。
昨日と同じく汗だくで息が上がっていた。
『そんなに慌てるくらいなら、余裕をもって行動すればいいのに』
「それでは、手元の...」
みんなの手元に紙が渡ったのを確認した進行役が説明に入った。
今日の班長会議の内容は、宿泊研修におけるレクレーションについてだった。
どうやらレクレーションの内容は、二つの班で【お互いの趣味を理解し合う】というものだ。
『これを考えたやつは最悪だな』
別に趣味なんだから理解し合う必要もないだろう。むしろ迷惑だろう。
知られたくない趣味だってあるのかもしれなだろうし。
「...それで、各班で紹介したいものを決めておいてください」
班単位で好きなもの(趣味)を決め、一人2~3分ほどの時間を使って説明するらしい。
5人だから一つの班、約15分の発表になるのか・・・長いな。
きっと、あいつらの趣味なんて・・・すぐに予想が付き、少し残念な気持ちになった。
それから期日や諸注意事項の説明がされ、それで今日の班長会議は終わった。
今週の残りの班長会議は進捗状況の報告だけだそうだ。
『明日からは楽そうだな』
「今日も一緒に帰りませんか?」
帰る仕度をしていると、また山吹からお誘いがあった。
正直な話、昨日みたいな空気になるのは嫌だが、断る理由がないのでりょうしょ了承する。
-俺の予想通りの結果となった
昨日と同じで、俺の後ろを歩く山吹。日常の音しか聞こえてこない。
そして、何とも言えない微妙な空気。
『気まずい』
昨日と同じように一言も発せず、Y字交差点まで来た。
そして、昨日と同じように彼女の足音が止まる。
俺は振り返る。山吹はスカートの端を強く握りしめている。
「あ、あの、りゃ、ライン交換してくれませんかっ!?」
交換を申し出るだけでも相当に恥ずかしいはずなのに、噛んでしまったことを極まって顔が、今にも沸騰しそうなくらい真っ赤だ。
「別にいいよ」
「ほ、ほんとうですか!?」
心底ほっとした表情をする。
「で、ど、どうすればいいの?」
「別にいいよ」なんて言ったものの、お恥ずかしいことにライン交換をしたことがないので、山吹に全てを任せることになった。
「...できました」
「おおお...凄い」
あまりにも手際の良さに感心した。
一分も掛かっていないのではないだろうか。
「こ、こんなの大したことありませんよ」
スマホから顔を上げると山吹と目が合ってしまった。
「あ、い、いまのは、そ、その...悪気があった訳ではなく...」
『天然なんだな』
「大丈夫だよ。俺が無知なだけなんだから」
「そ、そんなことないです...ご、ごめんなさい」
そう言うと昨日と同じように走って行ってしまった。
どうやら俺の言葉が皮肉に聞こえたみたいだった。
『俺も天然なのか...』
-部屋に入りベッドに横になる
携帯をひらく。
いつもならニュースやYouTubeにしか使わないのだが、今日は違った。
ラインのアイコンに1と書かれた赤い吹き出しが付いていた。
妹や母親に業務連絡以外で開くことがなかったラインだ。
友達のところにnewと出ていた。そして、トークのところにもnewと出ている。
恐る恐るとトークを開く。
すると、【山吹 白】から一件のメッセージが届いていた。
《先ほどは,いきなり取り乱してしまって、すみません。
ライン交換してくれて、ありがとうございます。
改めて宜しくお願いします( `・∀・´)ノヨロシク》
何とも女子らしく絵文字を使った文面だった。
「これが...生まれて初めて母親や妹以外から貰ったライン...!!」
思わず感動して声に出してしまった。
初めてとうものは、どんなものであれ嬉しいものなんだなと認識した瞬間だった。
「...どうしよう」
肝心な返信が出来ずにいた。
母親や妹になら単語を送るだけで通じるが、同級生にはそうはいかないだろう。
それに異性に初めて貰ったばかりなので、返信を一度もしたことがない。
《大丈夫。よろしく》
不愛想すぎる。
現実でさえ不愛想なのにライン上でも不愛想になってどうする。
せめてライン上では饒舌でありたい。
《大丈夫だよ~!よろしくね~!》
チャラ過ぎる。
というか現実とのギャップがありすぎて引かれてしまうだろう。
せめてライン上では大人でありたい。
《問題ありません。はい、こちらこそよろしくお願い致します》
かたすぎる。
これじゃ会社とかの業務ラインそのものじゃないか。
せめてライン上では・・・
その時だった先ほど読んでいたニュース記事を思い出した。
SNS上から発展したいじめ問題・・・
「...変にキャラをつくる必要はないか」
逆に変にキャラをつくることで、後々にぼろが出てきてしまうだろう。
そうなれば、色々と面倒なことになり兼ねない。
・・・結局は、普通が一番か。
《大丈夫だよ。こちらこそ、よろしく》
-次の日
昨日と同じような時間に教室へ向かった。
いつもの席に腰を下ろすと机に伏す。
『今日は非常に疲れた』
なぜなら・・・時を遡ること、昼休み。
「...ということなんだ」
昨日の班長会議で説明されたことを四人組にも説明した。
「俺たちは理解してもらおうとは思わない」
「やらない」
「調子乗ってるんじゃねぇよ」
「...」
見事なまでに全否定されてしまった。
こうなることは多少は想像ついていたが、まさか全員に否定されるとは思わなかった。
誰か一人は「布教するチャンスだべ~」って喜んでくれるものだと思っていた。
それからは全力で説得したものの水の泡となった。
『あれは無理だろう』
気分を入れ替えようとスマホを取り出した。
山吹からラインが来ていた。ラインを開いて内容を確認しようとするが、スムーズに出来ない。
『まだ慣れないな』
《今日もギリギリになりそうです。すみません( ノД`)シクシク…》
『これ、謝る気あるのかないのか分からんな』
絵文字も使い時に気を付けなければいけないと思った。
『今日もギリギリねぇ...』
流石に三日連続でギリギリになるのは不自然だ。
いくら掃除当番で遅れそうになったとしても、班員が気遣ってくれるはずだ。
担任からの通達もあったのだから。
それに、この班長会議の開始時間は掃除のことを考慮された時間設定になっている。
掃除でギリギリになるなんてことは・・・ない・・・はずだ。
それか、単純に友達と話し込んでいるのだろうか。
でも、山吹はそんな風には思えない。
『こればかりは本人に聞くしかないな』
ライン通りに開始時間ギリギリで山吹が入ってきた。
進行役の人は見ることすらしない。予め伝えておいたからだろう。
流石に三度目になると誰も驚いかない。それどころか、またか、といった表情すらしている者もいる。
山吹が席に着くと予め余分に貰っていたプリントを渡す。
今日も汗だくで息が上がっていた。
「あ、ありがとう」
軽く進捗状況の確認し、改めて日程の確認をしたあと、今日の会議は終わった。
会議を開いてまですることなのかと思うくらい速さで終わった。
帰りの仕度をしていると、進行役の人が俺・・・ではなく山吹の元へやってきた。
「山吹さん。もう少し時間に余裕を持って来て下さい」
「す、すみません」
実際、山吹さえもう少し早く来れば会議はそ早く始められ、その分だけ早く終われる。
ここ会議に来ている班長の中には部活動をしている者が少なくともいるはずだ。
会議が早く終わることで、その分だけ早く部活動に顔を出すことができる。
だから、きっとみんなは予定より早い時間に来ているのだろう。
進行役の人は暗に「早く来いよ。お前のせいで始められないんだよ」と言っているのだろう。
山吹も馬鹿じゃないから、それくらいのことは理解できているはずだ。
それじゃなきゃ、あんなに申し訳なさそうな顔が出来るわけない。
・・・特に山吹は顔に現れやすいタイプだ。
《大丈夫か?...どうして毎回ギリギリなんだ?》
部屋に入るなり山吹にラインを送った。
あの後の山吹は「今日は一人で帰ります」と言って先に教室を出ていってしまった。
山吹の様子はあまりにも普通ではなかった。必ず何かがあると俺は確信した。
それから返信を待ち続けたが来る気配がなかった。
『風呂...入るか』
そう思って立ち上がろうとした時だった。
ラインの通知音が鳴り響いた。スマホを開いて確認する。
-山吹からだった
《大丈夫です。心配かけて、すみません。掃除です。...教室掃除大変です》