新たな舞台
-中学三年生の時、俺の親友が殺された。
彼はクラスメイトによって殺された。
根も葉もない噂話をでっち上げられ、自殺へと追い込まれてしまった。
彼を殺したのはクラスメイトという名の集団。
奴らは寄ってたかって個人を傷つけ、自殺に追い込んだ。
これを何と言うか知っているだろうか?
-『いじめ』
親友が自殺したという話を聞いて俺は酷く後悔した。
・・・彼のいない学校。
・・・彼を殺した殺人鬼達がいる学校。
そんな所へ行く気にはなれず、休んだ。
結局、一度も学校へ行くことはなく、卒業式すら参加することはなかった。
-時は過ぎ、俺は高校生になった。
これから三年間、共に過ごすであろう真新しい制服に袖を通し、姿見の前で身なりを整える。
同じく真新しいスクールバッグを背負い、外へ飛び出す。
あまりにも眩しい太陽の光を受け、目を背ける。何日かぶりの直射日光を浴びた。
気分を入れ替えようと深呼吸をしてみる。春の匂いがした。俺は久しぶりの外の空気を味わった。
少し背伸びし、通学路をゆっくりと進んでいく。
学校へ行くと思うと少しばかり足取りが重くなってしまう。
時間は気にせず、自分のペースでゆっくりと確実に前へ足を踏み出していく。
家を早く出たため、集合時間までかなりの猶予がある。
・・・気分が高まって早く出てしまったというわけではない。
みんなと同じような時間帯に家を出れば、同じ学校の人に遭遇してしまう可能性がある。
それに、クラス発表を確認するために沢山の人が集まってしまう。
いきなり、そんな大勢の中に入ることは厳しい。ここ数ヶ月間、会っていたのは母親と妹だけなのだから。
きっと、人混みに疲れてしまう。そうなる前に確認しておきたい。
気が付くと、Yの字の交差点に差し掛かった。
逆の道の方に視線をやると同じ学校の制服を身に纏った女子が歩いているのが見えた。
俺はとっさに近くの電柱の陰に隠れた。
彼女は、こちらを見向きもせずに過ぎていく。俺は息を殺して、彼女の横顔をじっと見つめていた。
『見覚えのない顔だ』
同じ中学校の人じゃないと確認出来た。俺は何事もなかったかのように電柱の陰から出た。
どうやら、俺の知らない他人らしい。心底ほっとした。
なぜなら、「久しぶり~」などと同級生との感動の再会をせずに済むからだ。
自然と俺は彼女の後ろをついていくような形になっていた。
そして、なぜか俺は彼女との距離を縮めないようにペース調整に集中している。
別に彼女のことを追い越してしまっても構わないのにしなかった。
前を歩く彼女は忙しなく首を振っている。まるで田舎から都会へやってきた娘のようだ。
ここら辺は住宅街で、目ぼしいものなど一つもないのに。
『変わった奴だな』
気が付くと学校の正門前に着いていた。
『ここがこれから三年間通うことになる学校か』
ふと学校の方へ目をやる。学校の正門玄関前に人だかりが出来ている。
俺の予期していた最悪の事態が既に引き起こっていた。それを避けるために家を早く出たはずなのに変な女子の後ろを付いていったせいで予想の二倍以上の時間が掛かってしまったのだろう。
前を歩いていた変な女子は駆け足で人だかりの中へ消えていった。
過ぎたことは仕方ないと自分に言い聞かせ、俺も人だかりに近づいていく。
人だかりの中では、大きな声で叫ぶ奴もいれば、抱き合う奴もいる。その端には落胆した奴もいる。
そんな光景を見て、俺は願った。
-中学校の奴らとは同じのクラスにしないでくれ
俺は、細やかな願いを胸にクラス表を確認する。
-ない。ない。ない。ない。あった!
ないが四回。つまり、俺は5組だ。5組中の5組。ビリ尻のクラスってわけだ。
同時に、クラスメイトに中学校の同級生の名前を探す。
なかった。それどころか知っている人が一人もいなかった。
それは、俺にとっては都合のいいことだった。高校では一人で生きていこうと心に、友に誓った。
どうせ裏切られるとわかっているのなら、最初から作らなければいい話だ。
そうすれば傷付く事も恨むことも無い。
-それから予定時間通りに入学式が行われた。
入学式を終えると各自の教室へと誘導された。導かれるがままに俺は自分の教室に辿り着いた。
教室に着くと誘導員の姿がなかった。教室の中はお祭り騒ぎだった。
中学校が同じ奴らなのか既に何組かのグループが出来上がり、盛り上がっていた。
いかにも陽キャですっていうグループに、アニオタの陰キャグループ、嫌な笑みを浮かべている腹黒女子グループと色とりどりで面白い。
一方、俺は自分の席にへばり付いていた。
その姿を例えるなら、ゴキブリホイホイに捕まったゴキブリそのものだろう。ただゴキブリと番う点があった。
それはゴキブリのように必死に逃げようともせず、ただ、ただ、じっとしていることだ。
それどころか自ら捕まり、そこで落ち着いているようにさえ見える。
ふと窓際の一番後ろの席で俺と同じようにじっとしている女子がいた。
こんな風に騒がしい奴らが多い時こそ、俺のようなぼっちが目立つ。
俺と同じような奴がいることを知って妙な安堵感に襲われた。まるで実家にいるような感じだ。
いきなり、ガラガラと教室のドアが開かれた。
眼鏡かけた白髪交じりのおっさんが入ってきた。教壇に立つと何回か咳払いをした。
「えー、初めまして。クラス担当の須郷です。えー、これから1年間、えー、よろしくお願いします」
面白味もくそもない簡素な自己紹介だった。
雰囲気からして生徒に関心を抱かないタイプの担任だ。中学三年の担任と似ている。
簡単に一週間の日程確認や校則についてだったり、教科書や配布物の確認をした。
それら一連のことが終わると自己紹介をすることになった。
正直に言って、やる必要があるのかどうか疑問に思う。
どうせ、あとで「~君だよね?」「わたし、~って言うんだ!」みたいな感じで自己紹介するんだからさ。二度手間だと思う。
どうせ俺が自己紹介する機会なんて数回あるかないか程度だろうし、気にする必要はない。
そんな感じに自己完結に酔っていると、自分の番が回ってこようとしていた。
「えー、楓馬 優斗くん。えー、自己紹介を頼みますね」
それに対して、はい、と素っ気無く返事をする。
「初めまして、楓馬です。1年間、よろしくお願いします」
担任同様に何も面白味もくそもない自己紹介だった。
だが、これでいい。これが模範解答通りの自己紹介だ。結局は普通が良いのだ。
女の子の恋愛のようなものだ。
イケメンに憧れはするけど、あくまで憧れの存在であって実際は普通メンで落ち着く。
どのくらい経ったのだろうか。気が付くと最後の人の番が回ってこようとしていた。
「えー、山吹 白さん。えー、自己紹介を頼みますね」
「はい」
「初めまして、山吹 白です。これから一年間よろしくお願いします」
彼女の自己紹介の自己紹介も俺と同じような簡素なものだった。
それなのになぜか記憶に残っていた。
それから帰りのホームルームを終え、担任はそそくさと教室をあとにした。
他の人たちは新しく出来た友達、これからなるであろう友達たちと盛り上がっていて帰る気配がない。
そんな人たちを横目に俺も教室をあとにした。
今日みたいに三年間過ごす。これ以上にないくらいのスタートを切ることができただろう。
これからは波風立てないように、目立たないことに徹底すれば大丈夫だろう。
俺の決意を嘲笑うかのように予期せぬイベントが発生した。
-ちょうど正門をくぐった辺りの時のことだった
突然うしろから声を掛けられた。
振り返るともじもじしている女子が立っていた。
彼女は確か・・・同じクラスの山吹だっただろうか。
彼女は頬を赤く染め言う。
「あ、あの!友達になってくれませんか?」
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!お兄ちゃんってば!!」
甲高い声と共に俺のみぞうちに華麗なエルボが突き刺さった。
重い瞼を開くと、俺の上に跨って腰を振っている人影らしきものが薄っすらと見える。
朝から発情して腰を振っている、このメス犬は俺の妹だ。
「妹よ、朝から腰を振るんでない。はしたないぞ」
「何を言ってるの?
餓死しそうな状況でも絶対に、お兄ちゃんだけには尻尾を振る事なんてしないよ?
むしろ、餓死した方がましだよ?」
汚物を見るような眼で俺を見る。
急に腰ふりを止め、俺のことを見下してくる。
「なら、い、ま、す、ぐ、死、ね!」
躾のなっていないメス犬の襟を掴んで部屋の外に突き出す。
ドンと鈍い音がしたが気にせずドアを閉める。
「ったく、朝からうるさい奴だ」
「お兄ちゃんのおはよう!へんたい!遅刻するよっ!いや、してしまえ!!」
そうキャンキャン吠えたあと階段を下りていった。
遅刻なんてする訳ない。俺は時間にだけは煩い。予定時間の10分前までには着くように心掛けている。
と言うか、そんな目立つようなことを誰がするだろうか。
-今日も重たい足取りの中、学校へ向かって歩みを進める