黒ずくめの男
皆さん、初めまして! 松雪ぽっぽです。 まだまだ駆け出しの小説家で、稚拙な文章かもしれませんが、どうか最後まで読んで下さい。
ある日、私は公園にいた。秋になったせいか、昼間だというのに少し肌寒かった。ベンチに座ってぼーっとしていると、突然風が吹き、一瞬公園の木々が騒めき立った。気付くと、隣に初老の男が座っていた。いかにもお金持ちそうなその佇まいは、公園には不釣り合いだった。そろそろ家に帰ろうかと思っていたら、男は話しかけてきた。
「絵梨佳くん…」
男はポケットから葉巻を取り出し、ライターで火をつけた。
「どうして私の名前を知ってるの?」
「私は昔から君のことを知っているよ。」
男は葉巻を口に加えながら言った。男の吐き出した煙がこの上もなく空へ続く。「どういう意味?」
「そのままだよ。」
「……」
「……」
「……」
「……」
沈黙に耐えきれなくなった私は声を出した。
「だれか共通の知り合いがいましたっけ?」
「運命。」
「運命?キャハハ!おじさん、面白いね!大変申し訳ないですけど、私、何処で貴方と出会ったか覚えてないんです。名前さえ言って頂いたらすぐ思い出すと思うんですけど…」
「今日初めて君は私に出会ったから、覚えてるわけないじゃないか。」
「え!?変な冗談やめて下さいよ。」
「冗談ではないよ。君と私の共通の知り合いは『運命』なんだよ。」
そういうと男は口から煙を吐いた。
私は変なのに捕まってしまったなぁと思った。
「あのね、おじさん。よくわかんないけど、私そろそろいかないと…」
私が喋り終えるのを待たずに、男は話を始めた。
「君はやっと気付いたんだよ!やっとたどり着いたんだよ!!」
「???どこへ??」
私は少し苛立ちを覚えた。このおじさんは何を言っているのだろう。
私の問いかけを無視して男は話を続ける。
「小説家、いや、芸術家になりたいんだろ。」
「どうしてそれを!?まだ誰にも言ってないのに!!!」
私は冷や汗が出る。この男は一体何者なのだろうか?人の心が読めるのだろうか?
「『運命』が教えてくれたんだよ。さっき君と僕の共通の知り合いは『運命』だと教えたばかりじゃないか。」
「いや、そうじゃなくて、なんで私の心の中がわかったのかな思って…」
「『運命』が教えてくれたんだよ、やっと君が気付いてくれたと。」
呆れた私はしかし、この場を去るタイミングを失ってしまったので、とことんこの男に付き合うことにした。それに、何故誰にも言ってないこと、小説家になりたいことを知っているのか、解明しないと気持ち悪いからだ。
「じゃあ、『運命』てなあに?」
「『運命』とは今更説明するまでもないよ。」
男はフッと笑った。黒ずくめの初老の男の笑みは何とも不気味であった。
「君は芸術家になる『運命』なのだよ。芸術以外の道に進むことは許されない。それなのに君は生まれてこの28年間、別の道へ進もうとしていた。やっと今日、ここへたどり着いたんだよ。」
「何言ってるの?確かに小説家になりたいて今日思い始めたよ。でもそれは28にもなって定職にも就いてない、彼氏もいない、そんな自分が惨めになって、ふと思いついたことであって、だから何か一つでも頑張れること見付けたいなと思って…」
「頑張らなくていいんだよ。君が芸術の道へ進むのは正しいのだから。」
私は変な気分になった。さっきからこの男は何を言っているのだろうか。小説家になりたいと思ったのは今日が初めてだ。まだそれを思ってから数時間しか経っていない。芸術家に向いていると言われるのは嫌な気分ではない。でも、いきなり初対面の人に言われても変な気分になるだけである。からかわれてるだけだろうか。そう思うと腹が立ってきた。私は声を張り上げた。
「あのね、おじさん!!私はそりゃ数時間前から小説を書いてみようかな思ったよ。でもそれは、さっき言ったように、キャリアウーマンでもない、恋人もいない、なのにいい歳である自分が虚しくなって…」
「芸術家は芸術のことだけを考えていればいいのだ!」
男は怒鳴った。私は動揺した。どうして初対面のこの男にこんなこと言われなきゃいけないのか。
「でも私は、女として幸せになりたいの。本当は結婚して子供を産んで好きな人の為に生きていきたいの。」
「芸術とは孤独なものだ。そういうのは芸術家じゃない女がすればいい。」
「私はまだ小説家にも芸術家にもなってない。ちょっとなりたいな思っただけ!」
「なりたいじゃなくてなるしかないんだ。君は芸術家にならなきゃいけないんだ。」
だからさっきからこの男は何を言っているんだろう。「あんた、さっきから何言ってるの?」
私は興奮していた。今自分がどのような状況に置かれているのか、さっぱりわからなかった。それでも男は話を続ける。
「君は芸術家になる『運命』なんだ。
それ以外に道はないのだよ。
人にはそれぞれ与えられた『運命』があるのだよ。
そもそも君が親とか恋人とかそういうのに縁がないのも、芸術家というのは孤独であるからだ。」
「どうして親のこととか…。占い師なの、おじさんは?」
「私は占い師じゃない。君は芸術家だから、親も恋人も子供もいらないんだよ。」
「そんな…ひどい…」
私は泣きそうになった。
「じゃあ、私は何の為に生まれてきたの?」
「わからない子だね。芸術家になる為さ。」
「じゃあ、私のこの大きな瞳は何の為にあるの?運命の人を見付ける為じゃないの?」
「色んな芸術に触れる為さ。」
「この白い肌は何の為にあるの?好きな人に愛される為じゃないの?」
「芸術家は大抵白く綺麗な肌をしている。」
「じゃあ私のこの手は?運命の人を捕まえる為にあるんじゃないの?」
「運命の人じゃなくて、芸術が君の『運命』なんだよ。君のその顔も体も芸術の為以外、ない。」
私は一生誰とも結ばれることはないの?
子供を産むことはないの?
そう思うと涙が溢れてきた。切なくなってきた。
「私は幸せになれないの?」
「芸術とはそういうものだ。
芸術は孤独が生みだす神秘。
君の手は男を喜ばす為にあるのではない。芸術を生み出す為にある。」
そういうと、男は葉巻をポケットにしまい、立ち上がった。その瞬間、風が吹き木々が騒めいた。
ふと気付くと、一組の親子が不思議そうにこっちを見ていた。子供がお母さんに、
「あのおねえちゃん、さっきからずっと一人でしゃべってたと思ったら、いきなり泣き出したんだよ。」
と不思議そうに言った。お母さんはしっと子供に小声で叱った。
いつの間にか男はいなくなっていた。とうとう男は名を名乗らなかった。私は何だか恥ずかしくなってすぐ公園を後にした。
そして私は小説家、いや芸術家になった。