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三 お弁当

挿絵(By みてみん)

**********



 三 お弁当



「よろしければ、お昼をご一緒していただけないかしら? 色々と勝手が分からないので、教えていただけると助かるのだけれど」


 ようやく昼休みを迎え、今日も真理望と霧生に拉致られてお手製弁当のただ飯にありつこうかという、その時。魁地の前には屈託のない笑顔を近づけるノゾミがいた。

 声をかけるのなら、他に女子生徒がどれだけもいるだろうが、何故よりによって俺なんだと、魁地は困惑の色を隠せない。


「えっ、あ、あの……なんで俺? 他の女子とかの方が良くないか?」

「あら、多綱魁地くん、でしたわよね。魁地くんと呼んでいいかしら。私はあなたとお友達になりたいと思いましたの。それに、あなたと一緒なら織里さんと霧生さんとも仲良くなれそうですし」


 ノゾミは隣の真理望にニコリと笑いかける。それは、女子から見ても非の打ち所のない愛らしさに満ちたものだ。

 真理望は、「もちろん歓迎よ、ノゾミちゃん一緒に食べよっ」と言っている割に、その笑顔が少し引き吊っているのが傍目にも容易に見て取れるわけだが、相も変わらず鈍感な魁地は、その理由を理解できていない。


「……あ、じゃ、じゃぁ、霧生と四人でまた中庭行こうぜ。ノゾミは弁当か?」

「今日は何も用意して来なかったの。購買に付き合ってくれる?」

「そっか、なら俺が案内するよ」


「宜しくお願いするわ」と言って徐に魁地の手を取るノゾミに、「それなら私も一緒に行くわ。何せ魁地は極度の方向音痴だから、はははっ」と棒読みの台詞で真理望が割り込んで来て、その手を引き離す。


 魁地はそんな二人の応酬に振り回され、挙げ句、購買で出くわした霧生がそこに参戦。祭りの神輿さながら女子三人に担がれるようにして、安住の地たる中庭へと騒がしくやって来た。


「おぃおぃ、頼むから昼飯くらい静かに食わせてくれよ……」

「さ、魁地のお弁当よ。今日もなかなかの出来映えなんだから、心して食しなさい」

 真理望がそう言ってトートバッグから二つの弁当箱を出すと、ノゾミはそれを興味深そう

に覗きこんだ。


「へぇ……、織里さんと魁地くんって、やっぱりそういう仲なんだ」


「まずい、この会話は地雷だ」とばかりに、魁地は真理望が口を開く前に先手を打つ。

 重要なのは、二人の女子を収めることだ。もちろん、もう一人は、霧生だ。


「ああ、そう、真理望は親友だ。戦友って言った方が良いかもしれんけど、だから、こうやって助け合ってだな。霧生もそうだよな? な?」


 すると、振られた霧生も『親友』という言葉に好機を得たと言わんばかりに、眼鏡の縁をくぃと上げ、薄いドヤ顔を決め込んで言う。

「もちろん、真理望さんは親友です。そして、魁地くんの親友でもあります。そう、彼らは親友なんです」


 ――こいつら……親友親友連呼しやがって。鈍感な魁地はともかく、霧生さんのは腹黒い何かを感じるわ。これだから、計算で求められない人間の思考は嫌なのよ。ったく。


 真理望は脳内でそう叫び散らし、ギシギシと歯軋りをたてるが、彼らに反論したところで惨めなピエロに成り下がることは必至。「ぐぬぬ」と唇を噛んでその場を耐えた。


 よし、あとは霧生だ。ついでに嫌な予感のするノゾミも丸め込んでしまえ。と、魁地はそう思い、今度は霧生に焦点を当てる。


「霧生も、俺がこの間入院していたときに色々サポートしてくれた大切な友達なんだ。こいつらはきっとノゾミのことも助けてくれる。お前らきっと良い友達になれると思うぜ。なんなら、女子水入らずでいたらいいよ。ってことで、俺はこの辺で……」


 ってことで、ノゾミは真理望と霧生に任せてバックレよう。

 魁地は三人に親指を立ててニカリと笑い、

弁当片手に立ち上がって背を向けた。


「霧生さん、休戦ね」

「そう、ですね」

「じゃ、お願いするわ」

 真理望と霧生が顔を向け会うと、霧生が魁地の足に触れた。


「なっ、しまっ――?!」

 途端に動きを止める魁地、否、止められた魁地。


「き、霧生……きさま」


 霧生はそっぽを向いて「ぴーぴぴー」と下手くそな口笛を吹いている。

「はて、魁地くん。どうしましたか?」


 こいつら、本気だ。学校でスキル使うなと言ったのは霧生じゃねぇか此畜生。

 とは言え、この二人を敵に回したらマジで勝ち目はない。ここは一旦引き下がって従うしかないか。


「……わ、分かったよ。とりあえず、ノゾミと四人で飯食おうぜ」


 わぁ~い、とはしゃぐ真理望の隣で、ノゾミが魁地の足に触れたままの霧生をじっと見つめている。


 おいおい、はやく憑依を解いてくれ。ノゾミが何か勘付く前に。


 そして、ようやく魁地は動きを取り戻した。

「さ、さぁ。ノゾミ、うかうかしてっと昼休み終わっちまうぞ。早く食っちまおうぜ」

「そうですわね。魁地くん、後で学校内も案内してくださいね」


 ノゾミが魁地に微笑みかけた。


 今のノゾミの表情からは、特に霧生に対する怪訝な様子はない。ノゾミはアメリカでバグアビリティーの教育を受けていたと越沢が言っていた。どれほどのスキルレベルがあるのかは分からないが、他の連中と同じであれば、まだ霧生のような高度なスキルは見たことがないはずだ。

 この様子からすると、単にナーブハックの発動に気付かなかったか……それとも、ひょっとして。


「まっ、いっか」

 魁地は真理望の弁当を一気に口に掻き込む。


「魁地、そんなに慌てて食べなくても――」

 するとその時、魁地の端末からビープ音のような無機質な発信音が鳴った。そしてそれは、霧生と真理望の端末からも同時に発せられた。


「あ、バグズのグループメッセージだ」

「えっ? ……バグズ?」


 しまった。ノゾミが食いついてしまった。ずいずいと懐に入ってくるノゾミのことだから、知られると後々面倒なことになりかねない。


「いや、この間こいつらと参加したイベントのグループメッセージだよ。ただの宣伝か何かだろ」

「へぇ~、そうでしょうか。確かこの学校の敷地内は電磁バリアで外部からのメッセージはシャットアウトされるはずですよね。皆さんのだけ、おかしいですね」


 ドキリ。あ~、そうだったね。すっかり忘れてたよ。

「えっと、そうね。これはな、あれだよ、ほら――」と、スキルは多いが脳細胞の少ない魁地の口からは都合の良い言葉が生まれることはなく、本人さえそれを期待はできなかった。

 すると、見かねた霧生が「これは、性悪な真理望さんが持ち前のハッキング技術でセキュリティー解除したんです。彼女、こう見えて相当なコンピュータオタクなんですよ」と、フォローに入る。「ほぉ」と納得顔のノゾミに魁地も安堵したが、嫌な予感はした。

 鈍いと称される魁地でさえ、霧生のそれには、明らかにフォローとは異なるベクトルが滲み出ていたからだ。


 そして案の定、空気を読まない真理望がズイと割り込んできた。


「だぁ~れが性悪のコンピュータオタクよ。霧生さんも言うようになったわね」

「ただ、事実を言ったまでですが。何か間違いがありましたか?」

「間違いだらけよ、何一つあってないじゃない。性悪なのは泥棒猫の霧生さんじゃない」

「私が誰から何を盗んだというんですか? 少なくとも、織里さんのモノを盗ろうとした覚えはないですが」

「ぬなっ? ――っくぅ。うっさいわね!」


(だぁ~、二人とも! 何に怒ってんのか分かんねぇけど、そこはスルーして話を合わせてくれよ!!)

「は、ははっ。ノゾミ、すまんな。こいつらこうなると手が付けられねぇんだ。なんで喧嘩してんのかいまだに分かんねぇんだけどよ。とりあえず、俺たちだけで食べようぜ」

 魁地は呆気にとられていたノゾミにそう言うと、火花を散らす女子二人を背に弁当を食べ始めた。


「きっと、お二人は本当に仲がイイってことですよ。そんな風に言い合える友人、羨ましいですわ。あっ、魁地くん、その卵焼き、とても美味しそう。一口いただけないかしら?」

「えっ、あ、ああ。かまわねぇよ」


 あ~ん、と口を開けるノゾミの唇は揚げパンの油で艶やかに潤っている。魁地は、自分の箸で摘み上げた卵焼きをどうやってそこに運ぼうか迷っていると、ノゾミは「そのままでイイですわ」とまるで雛のように開けた口を魁地の顔に近づけた。


「じゃ、じゃぁ」


 魁地は震える手で卵焼きを箸でつかみ、ノゾミの口にゆっくりと運ぶ。

 黄色いふわりとしたそれを、彼女の小さな口に差し込み、舌の上に乗せると、彼女はその口をすぼめて魁地の箸をカツリと噛んだ。

 箸の先から口腔内の感触が艶めかしく魁地の手に伝わる。魁地はその箸を彼女の口から少しずつ引き抜きながら、箸先についてた自分の唾液と絡み合う彼女の舌を想像し、心臓が肺を押し広げんばかりの動悸を感じた。

「ど、どうだ?」


「どうだじゃないわよ! てめぇ、いったいノゾミちゃんに何させてんのよっ!」

「はぶぅーーっ?!」と、下から突き上げられた突然の衝撃に魁地の体は宙を舞った。

 仰向けになって地面と仲良くなった魁地は、空に向かって振り上った真理望の美脚を下から拝んだ。


 ――絶景。


 魁地はその眼にくっきりとパンチラを焼き付け、これ以上は言うまいとゆっくりと目を瞑った。


 それにしても、なんでカオスを掌握できるこいつは、こうも人間の感情に疎いのか。魁地はため息をつき、校内に響く昼休み終了前の予鈴を聞いた。


 なんだよ、昼休み終わっちまうじゃねぇかよ。

 まてよ。そういえば、何か忘れている気がする。



「あ……バグズのメール、見てませんでしたね……」

 霧生が慌てて端末を出したそのとき、魁地は背中に悪寒を感じた。

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