三六 黒
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三六 黒
そして、その刀は体を貫いた。
――それは、魁地を押し退けた霧生の華奢な体だった。
「えっ……霧生……?」
魁地は、霧生から飛び散った赤く美しい液体を浴び、顔を真っ赤に染める。それはいつの間にか目から溢れ出した涙と混ざり、滴り落ちる両手の中で美しくマーブル模様を描いていく。
――これは、何だ?
魁地は霧生を見上げた。
何故だか、霧生は、かつてない程の笑顔に見えた。深紅を湛えたその笑顔は、あまりにも美しく、儚く、彼にはそれが現実とは思えない。
「きりゅう……嘘だろ?」
「多綱くん……早く、逃げて……」
霧生はそう言いながら、フェルベアードに一歩、また一歩と近付く。そして、彼の体に触れると、その足を止めた。
突然、フェルベアードの表情が変わった。それは、ひどく困惑した表情だ。
「ぐっ、くそ。体が動かない。小娘、何をした?」
彼女は最期の力を振り絞り、憑依能力でフェルベアードを足止めしている。
フェルベアードがもがき、ようやく動いた腕で霧生の首を握りしめると、その口からゴボゴボと血が吹き出した。魁地はあまりに唐突で凄惨な光景に、今起きていることの意味が分からない。
血の音に混じり、霧生の声が聞こえる。
「多綱くん、ありがとう。絶対、生きて……皆を守って……わたし……あなたのこと……」
そして、その声は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
きりゅう、きりゅう……なんで、何も言わねぇんだ?
魁地は両手を地につけたまま、茫然とその場に尽くす。
だがその時、彼は何かに掴まれた。
「馬鹿野郎!!! 何やってんだ、早く逃げろよ!」
それは、山田だった。
彼は魁地を抱えて浮遊し、距離をとる。
「ふざけんな! 霧生のところに、霧生のところに行かせてくれ!!」
魁地にはわめくことしか出来ない。山田は何も言わず、そんな魁地を抑えつける。
フェルベアードが霧生を引き離した。そして、まるでいらなくなった人形をゴミ箱に捨てるように、その小さな体を無造作に投げ飛ばした。
フェルベアードは足の自由を取り戻し、再び歩き出す。
それが、霧生の能力の停止、つまり、『死』を意味することは、魁地にも容易に理解できた。しかし、彼はそれを理解しない。
「霧生! きりゅう!!!」
――自分が人に厄災を及ぼすと思い込んでいた、負の存念。今、自分には守りたい人がいる。そして守る力もある。だが、自分がいることでその全てを掻き消すリスクがある。自分が生み出すものの正体。それは、白か、黒か。
黒……だったのかよ、やっぱ。




