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三一 奴がいない(2)

挿絵(By みてみん)

**********



三一 奴がいない(2)



 メインコンピューターのホログラムモニターに出力された警報ツールには、自己主張が過ぎるほどの真っ赤な『WARNING』の文字と共に、研究所各階のマップが表示されている。その所々には点滅する赤くハッチングされたエリアがあり、それが徐々に増加している。そして、その中心には黄色いターゲットマークが動いている。


 それを初めて見る魁地にも、『そこに何者かがいて、そいつがエリアを破壊しながら移動している』だろうということは容易に想像できた。


「これって、このマークのところに侵入者がいるってことだよな?」

「たぶん、そうだと思います……」霧生が答えた。


 たぶん――その言葉で魁地は悟った。ここにいる誰も、この警報システムが実動作しているのを見るのは初めての経験なのだろうと。

 実際、高度なセキュリティーと強度、さらにはレジルの暗号化バリアで守られていたこのバグズの心臓部は、かつて敵の進入を許したことはなく、結浜でさえこの事態を経験したことはなかった。

 だが、そんな安全神話は、当のレジルが裏切ることで幕を閉じる結果となった。


「おい、信司。一体何が起こってるんだよ?」魁地は尋ねた。

「どうやら、エンバッシュはフェルベアードのオブジェクトプログラムの改変に成功したようです」

「どういうことだよ?」

「つまり、彼の行動原理を決定するルートオブジェクトとアドレス規制をキャンセルして、『自由意志』に変更したのでしょう。そうすることでフェルベアードの規制が外れ、移動範囲を両面窟のある磐境周辺から開放することができます。レジルはエンバッシュに研究所の次元アドレスと彼女が管理していたバグズのオブジェクト変数値を送信しているようです。おそらく、エンバッシュがフェルベアードを引き連れてこの拠点を襲撃に来たのでしょう。正直、こんなに早く改変が成功するとは思っていませんでした。どうやら彼らは、私が思っている以上に有能なようです」


「おいおい、相手を褒めてる場合じゃねぇだろ」と突っ込んではみるが、魁地にはどうする術もない。


 結浜は施設の三次元マップで侵入者の進行経路を示した。

 ターゲットマークの軌跡を赤いラインが辿る。


「現在侵入者がいるのは地下一階。ここまでは正面のセキュリティーゲートを突っ切って一般ルートで進行している。これ以降、管制室のある地下十階まではより強固なセキュリティーゲートが仕掛けられている。ランチャークラスの銃火器も防ぐ防護シャッターがエリア毎に下りているから、さすがの奴らでもこれ以上の侵攻は苦戦するはずだ」

「そうですね。この施設内は元々アドレスバグの存在する聖域をベースに構築されています。レジルがここの暗号化バリアを解いたとしても、エンバッシュたちが我々の詳細位置を特定することはできないはずです」信司が結浜に同調した。


「しかし、それも時間の問題だろう。奴らがここに来る前に、早急に態勢を建て直し、脱出経路を確保する」

「は、はい」と全員が落ち着きのない表情を浮かべながら結浜の指示に従う。


 点滅箇所が地下一階を横に移動していく。破壊されて点滅する通過点が線上に連なっていく。そして、マップの中央部に達するとターゲットマークが突然動きを止めた。


「あ……と、止まって、いるよね?」

 魁地らはじっとモニターを睨む。ターゲットマークはそこから微動だにしない。魁地は耳を澄ました。辺りは警報音以外に聞こえる音はない。

「諦めたか?」

「……いえ、何かおかしいです」


 突然マップのターゲットマークが地下二階中央部に移った。そして地下三階、地下四階へと移動していく。

 平面座標は変わらず、高さ位置が見る間に下がっていった。


「そんなばかなっ!」

 それは止まることなく地下階数を下りていく。そして、地下九階に達した。その真下にはこの管制室がある。


「伏せてください!!」

「きゃっ!」


 信司が霧生と真理望を両手で抱えて突き飛ばすように押し倒す。するとその真上の天井がくり貫かれて落ちてきた。彼らは間一髪その直撃を避けた。


「こんなところまで……」


 天井の穴から大きな音をたてて飛び降りてきたのは、手から眩い光線を伸ばす鎧の男――その様相から、そいつが誰であるかは、初見の魁地でも理解できた。


 古墳時代の甲冑をまとうミイラのようなその男――それは『フェルベアード』に他ならない。

 そして、その後を追うようにエンバッシュが姿を現した。


 穴の開いた天井からは断線したいくつものケーブルや装置の断片がぶら下がり、フロアの照明が明滅を繰り返している。そのせいで、彼らの動きがまるで大昔のストップモーション映画のように荒くカタ付き、一層不気味さを演出する。

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