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二 案内人(1)

挿絵(By みてみん)

**********


二 案内人(1)



「はい、分かりました」

 突然、抑揚のないウィスパーボイスが後ろから魁地の首筋を撫でた。


 魁地は思わず、「おわっ!」と声を上げて怯んだ。

「なんだよ、霧生も残ってたのかよ。何度もびっくりさせんな」


 振り向いた魁地の目の前には消し飛びそうなほど影の薄い長髪の女子。彼女は青い髪の間から覗く眼鏡のレンズに外光を反射させ、感情を伴わない紙に描いたような目で彼を見つめている。

 霧生砂菜きりゅうさな――魁地は彼女が苦手だった。



◆◇◆◇◆◇


 五月の終わり。陽が傾いたこの日の夕方も、まだ気温は三十℃を超えていた。

 昔は日本に四季があり、冬には雪なる氷の結晶が降ったというが、そんなのは誰かの冗談だろう。


 外では生徒達が部活動で汗を流し、放課後を活気で満たしている。だが、中毒性ネット民で半引き篭もりの魁地にとって、部活動など居心地の良い場所ではなかった。彼は部に所属することなく放課後を無駄に過ごすことに充足感を覚えていた。


 その時も魁地はつまらない授業を経て蓄積された疲労を癒すため、放課後を睡眠時間に当てていた。


 ビクンッ! って教室で寝ると必ず起こるアレ。

 いつものように魁地の体を神秘のアレが襲い、彼は唐突に目を開く。最初は数人いた魁地と同類の無気力な生徒も、目覚めるとその姿は消えていた。


「ふあ~ぁ、寝た寝た。やることもねぇし、帰るか」


 彼は机から足を下ろし、ゲームのキャラを真似てビスだらけに改造した鞄の柄を持ち上げて肩に掛けた。白シャツの胸元は大きく開け、解かれたネクタイをだらりと垂れ下げている。やさグレているわけではなく、彼にとってはコスプレの一種だ。


 魁地が教室の扉に手を掛けると、背中越しになじられるような冷たい視線を感じた。体感温度で五℃以下。この暑さにはちょうど良いかもな、などと思いつつ振り返ると、じっと彼を見つめる霧生の姿があった。


 少し鼻先にずれたナイロールフレームの眼鏡から、まるで感情のない黒いビー玉のような瞳が半分ほど覗いている。横髪が頬に絡み、彼女の薄い表情から感情を読み取ることはできない。

 彼女は成績優秀で顔立ちも整ってはいる。清楚で透明感のある様は、その者の趣味趣向にもよるだろうが、それなりの美人と言える。才色兼備……のはずだが、彼女をそういう目線で見るものなど一部のマニアに限られる。問題は、その愛嬌の無さと表情の乏しさによるものだ。


 霧生は魁地と同じで特定の仲間もなく独り浮いた存在であった。魁地はそんな霧生の視線に、徐々に増す悪寒を感じた。


「――なんだよ。何見てんだ?」

「いえ、なんとなくそちらを見ていただけで、特に意味はないです。ひょっとして気分、害されましたか?」


 その真っ平らな話し方と少しずれた視線が感情を読ませず人間味を感じさせない。掴み所のない空気感を発する彼女に、魁地はたじろいだ。


「いや、別に。……俺は帰る」


 魁地は「ちっ」と舌打ちをすると、ぶっきら棒に背を向けた。


「私は……あなたのことを理解しています」

 魁地は唐突に告げられたその言葉を背中に受け、一瞬固まった。振り向こうかどうか迷ったが、彼女の目で自分の何もかもを透かされそうな恐怖に駆られ、止めることにした。彼は背中を向けたまま言った。


「……いったい、何のことだよ。気持ちわりぃな」

「大丈夫です。問題ありません」

「いや、回答になってねぇよ。まぁいいや。お前に付き合っている暇はない。俺は帰る」

「はい……わかりました」


 魁地は教室を出ると鳴り響く鼓動に歩調を合わせ、その場を足早に去った。その時、霧生は何を言いたかったのか。彼は気になった。

 友達になりたい? ――同じぼっち系で仲良くってか。こっちから願い下げだし、アイツはそんなキャラじゃない、絶対。結局、彼女の言葉の意味を魁地は理解することはできなかった。そしてそれ以来、魁地は彼女の視線が気になるようになった。いつも背後から見られているような気がした。まるでアクリル越しに覗き見られるモルモットの気分だ。



◆◇◆◇◆◇


 ――そして、今魁地の背後にはその視線が浴びせられ、体中の神経をくすぐられているような感覚に陥っている。


「な……なんだよ霧生。なんで俺たちだけなんだよ。一体、どこへ行くってんだよ?」

「越沢先生もおっしゃっていたと思いますが、実践講習ですよ。問題はありません」


 異様な空気に溜まりかね、真理望も口を挟む。


「問題ありありよ、何言ってんの。なんで私がコイツと一緒なのよ!」そう言って真理望は魁地を貫かんばかりに指差す。

「そうそう、そこがもんだ……って、おい! 問題はそこじゃねぇだろ! 真理望!!」

「はぁっ?! 問題はそこよ。私、あんたみたいな変態なんかと一緒の講習なんて嫌だもんね。って言うか、あんたに真理望なんて呼び捨てにされる筋合いないわよ!!」


 言わせておけば、この巨乳め。クラスのみんなはそう呼んでいるじゃねぇか。それに、俺はむしろ被害者だ、胸にそんな罠をしかけて、四六時中晒された日にはどんな男も罪人になるだろが――なんて言いたいところを魁地は抑えた。これ以上は何を言っても無駄だと頭ではなく体が訴える。


「くっ……まぁ、いい。俺だって嫌だが、そんなことじゃなくてさ、お前と話すとややこしくなる。先生、なんで俺たちだけ他の生徒と扱いが違うんだよ。それに生徒の霧生もなんでそっちサイドなんだ?」

「それは、君たちが一番よく分かっているんじゃないのかい?」


 越沢がニヤリと笑い、目尻を下げてゲスい表情を浮かべる。

 魁地は身震いした。こっちは霧生と違い、単に生理的に受け付けないタイプだ。


 君たちが一番よく分かっている? ……一体、こいつは何を言おうとしているんだ?


 魁地は真理望を見る。彼女は越沢から視線を逸らし、口を尖らせて聞こえていない振りをしている。ポーカーフェースの対義語ってなんだろ? ――真理望はまさにそれだ。白々しいにも程があるってもんだ。こいつは一体『何を分かっている』と言うんだ?


「霧生君、あとは君に任せたよ」

「了解しました……とにかく、お二人とも、まずは私について来てください」

「ああ、わかったよ」魁地は違和感が充満したこの教室から一刻も早く出たいと思い、彼女に従うことにした。

「ええぇ、私は嫌なのに……」真理望もそうぶつぶつ言いながら、一応は従うようだ。霧生の後を追い、彼らは教室を出た。


 先に廊下に出ていた越沢が霧生に向かい、小声でつぶやく。


「くれぐれも、失礼のないようにね」


 失礼……誰かに会わせようとしているのか? 次々と湧き上がる疑問にオーバーフローした魁地はこれ以上何も考えないことにした。見透かしたような霧生の目を前にしては、下手に逆らわない方が良いってもんだ。


「で、霧生さん、何処へ行けばいいのよ?」

 真理望は不満げに問いかける。


「実験棟の地下です」

「実験棟の地下だって? そんなところがあるのかよ。俺、知らなかったぞ」

「ああ、あそこね。普段は立ち入り禁止区域になっていて、生徒は入れないわ」


 真理望は越沢が姿を消したのを横目で確認すると徐に端末を起動し、手馴れた手付きで学校の3Dマップを出力した。それはソラシマの地下空間から上空のバリア空間までを網羅した詳細データで、生徒の立ち入り禁止区域内の情報も含まれている。それを見た魁地は驚いた。


「おいおい、学校施設の情報は機密事項で生徒は閲覧できないはずだろ。どうしてお前がそんなデータを持ってんだ?! ってか、なんで電磁バリアでロックされてるはずの個人端末を操作できんだよ?!!」

「ふふん。あたしを舐めないでよね」


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