二九 素性(2)
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二九 素性(2)
結浜が薄笑いを浮かべながら拍手し、山田と信司の間に割って入る。
「いやいや山田君、素晴らしいよ。君たちも、なかなかの調査力だ。だが、ここは一つ冷静に行こう」
呆気にとられる山田を余所に、結浜は話を続ける。
「たしかに、信司君は高山に行っていた。いや、戻ったと言った方が正確かな。私の指令、というより、彼の指示で秘密裏にね」
「まてよ……ドクター、どういうことだ?」
山田は唖然としている。魁地や霧生、それにレジルもそうだ。彼らは一様に同じ表情を浮かべ、結浜が何を言っているのか、全く理解できていない。
魁地は結浜の意図するところが分からず、混乱を覚える。そして、それが徐々に怒りに変わっていく。
「ちょ、ちょっとおっさん。あんた何を言っているんだよ?」
「先に言っておく。私は仲間を騙したりするつもりはない。これには理由があるんだ」
「理由? どういうことだよ。さっぱりわからねぇ」山田が同意を求めようと周囲を見渡す。
皆が彼に向かって首を振る。
大丈夫、理解できないのは自分の頭が悪いわけじゃない。山田は安心した。
「なぁ、ドクター。どんな理由があるってんだよ。まさかドッキリってわけじゃねぇよな?」山田は一昔前に流行ったテレビ番組を持ち出した。今では倫理的に問題があるとして滅んだ企画だ。
「はっはっは。ドッキリか、いいねぇ。そう、まさにドッキリだな」
結浜は陽気に笑っている。いつものドクターとのギャップに山田は呆気にとられている。まるで突然目の前に現れたピエロに怯える子供のようだ。
「大分複雑な話なんでね。君たちに理解してもらうには時期尚早と判断したまでだ。正直、今現在でもそう思っている。だが、どうやら君たちは私の想定以上に情報を得てしまっているようだ。こうなっては黙っておくわけにもいかないだろう。それに、すでに結果が出たようだしね」
結浜と信司は目を合わせる。信司は軽く頷いた。
「いいかい? これから言うことは事実だ。正直、私もどこから説明したら良いのか分からないが、とりあえず信司君に自己紹介をしてもらうところからだな」
信司はニコリと笑い、彼らの前に歩を進める。それはまるで純朴を地で行くあまりに爽やかな笑顔だ。そこには敵意など微塵も感じられない。魁地はそう思うが、横にいる山田はまだ懐疑的な表情を浮かべている。
「突然で驚いているでしょうが、決してあなたたちを騙そうとしていたわけではないことはドクターの説明にあった通り、ご理解いただけると助かります。最初に言うと、私は、ザルバンです。スパイアバターを介してこのアーティファクトに潜入しているアウラ派のペネル・モーレル。信司というのは人間としての仮の名です。これまで、真実を述べられず、すみませんでした」
信司の言葉を遮るようにして、山田が入り込んできた。
「おいおい、待てよ。てめぇがザルバンなんて、いきなりそんなの信じられるわけねぇだろ!」
山田はまた頭の血を沸騰させている。基本的にザルバン嫌いの彼だ。その反応はごく自然、華凛の一件もあるのでなおさらだ。
「おい、レジルも同じザルバンだろ。こいつのこと知ってんのか?」魁地が尋ねると、レジルはペネルから視線を逸らすように向きを変え、苦笑いを浮かべる。
何故か、いつもの能天気な彼女とは打って変わり、その表情は引きつっている。
「ぺ、ペネル……ペネル・モーレルはレジーの雇い主っちゃよ。そして何より、アウラの遺志を継ぐ現在の設計最高責任者。このアーティファクトを司る事実上の大ボスやさ。せやけど、そんなはずはないっちゃ。そもそも転送アバターは全てアクセスIDで管理されとるけぇ、アーティファクトに進入すれば、レジーのデバッガーで検知できるはずっちゃ。あんたからはそんな信号はなんも見えん。アバターは人間と見た目区別つかんし、嘘ついちょるやろ」
「いえ、嘘じゃありません。私はペネル本人ですよ。レジル、久しぶりですね。採用面接依頼、ですかね」
にこりと笑顔を作る信司を前に、レジルはまるで浸かり切った漬物のような表情を浮かべている。その顔からは満たされた疑念が大げさに溢れ出ている。
「まぁ、疑問に思うのは当然でしょう。じつは理由あって旧世代の転送アバターを使っているんです。この個体はプロトタイプの試作機ですので、管理番号がありません。レジルさんに見えなくても無理はありませんよ」
「むむ、そんなバカなことあるか。旧世代のアバターは古代戦争で全て破壊されたはずやし、残っているわけなかろうに」
「いえ、一台はアーティファクト上に残存していました。ただし、該当アドレスは時間パラメータごと凍結されていたので、外部からの検索は不可能だったんです」
「時間を凍結? ……そないな場所って、まさか」
レジルは何かを思い出したようだ。魁地は二人のやりとりを見ながら、混乱を積み重ねていく。
「おいおい、なんの話をしてんだよ。アバターは理解したけど、時間を凍結とか意味わかんねぇんだけど」
「多綱くん。時間が止まっていた場所、と言えば心当たりがありませんか?」
霧生がなぜ分からないのかという顔で魁地を見ている。真理望も同様だ。山田は期待通り、凍りついたようにオブジェクト化している。どうやら分かり合えるのは彼だけだと魁地は苦笑いを浮かべる。
「んなこと言われても、分かんねぇよ」
霧生が続ける。
「部分的な時間の凍結、干渉のない領域。それはつまり、結界の一種です。思い出せませんか? マルチバグの両面宿儺がエンクリプションバリアの能力で結界を張り、周辺の時間を止めてバスターウェアごと凍結した。そして、現在に至り見つかった宿儺からは片身が失われている。ペネルさん、あなたのアバターは両面宿儺に宿っていたものですね?」
「砂菜さん。いつものように、信司でいいです。僕は人間としての僕を結構気に入っているんです。それにしても、さすがお察しがいい。その通りです」
信司がこれでもかと爽やかな笑顔を霧生に返す。その笑顔はモナリザのレコードを超える完璧なものだ。決して機械的なものではなく生身のそれを感じる。霧生には信司がアバターとは思えなかった。
「両面宿儺……アバター……いやいや、ちょっとまて。結局俺には分かんねぇぞ。どういうことだ?」
魁地は相変わらずの様子だ。肥大化したハテナマークを背負ってよろけている。
「ほんっとにあんたはおつむが弱いわね」痺れを切らした真理望が溜息混じりに言う。
「だから、両面宿儺は両面じゃなかったのよ。残っていたミイラの手足は麻痺の痕跡があった。おそらく彼はマルチバグでありながら体が不自由で、戦闘の場においてはその力を充分に発揮できなかった。そこで彼の手足を担っていたのが、ザルバンのアバターだったのよ。おそらく結浜先生の結合能力のようなもので一体化していたんじゃないかな。ひょっとしたら、そうすることで感覚すらも共有していたかもしれないわね。霧生さんの憑依能力みたいに。それなら一見不利な形体でも戦闘能力が高かったと言う説明がつくし。そして、バスターウェアを封じ込めるために結界を張っていたことで、そのアバターも時間凍結されていた。だけど、ペネルが何らかの方法でそのアバターを見つけて、自分をそこに転送。そして宿儺から離脱した」
「ああ、なるほ――」とようやく納得した魁地を押し退け、山田が鼻息を荒げて割って入る。ガルルと歯を食いしばる山田は今にも噛み付きそうな勢いで信司に突っかかる。
「おいおい、待てよ。ってことはやっぱり結界を解いたのはこいつじゃねぇか。バスターウェアを開放した張本人だろが!」




