二八 誤解と解読(2)
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二八 誤解と解読(2)
暖色系LEDライトが自動点灯し、柔らかな光が真理望を包み込む。彼女はオレンジ色に照らし出された自分の顔を鏡を通して見つめる。そこにあるのは焦って何かを取り繕おうとする敗者のような顔だ。
「何、やってんだろ。私……」
真理望は客観的に自分を眺め、急に恥ずかしくなった。彼女はもう一度本来の自分を取り戻そうと、勢いよく流れ落ちる冷たい水を両手に受け取り、それを熱く火照った顔に叩きつける。
「っぷはぁ~!」
暑い空気と感情で加熱された肌が、冷水の温度ギャップで細やかな感覚を取り戻していく。彼女は頭や感情だけで物事を考えることなく、体全体でものを見ようとする本来の自分がそこに再充填されていくような気がした。
体裁を気にせず顔にぶちまけた水は彼女の顔から首筋を通って胸元まで滴り落ち、ブラウスやその下の下着を湿らせていく。
「あ、いけない……」と、彼女はブラウスのボタンを一通り外し、タオルで濡れた胸元を拭う。
ガチャッ! ――突然、開かれたバスルームの扉。
「おい真理望、これまたセキュリ……」
「えっ?!」
振り向く真理望。目の前にブラウスを開いて下着を晒す彼女を前に、魁地は事の重大さに気付く。
「キャーーッ!!」
「ごごご、ごめっ……」とそのとき、驚いた真理望が足を滑らせてバランスを崩す。
「きゃっ!」真理望がバスタブに向かって倒れる。
魁地は咄嗟に真横に傾いた彼女を支えようと右手を背中に回す。が、真理望の手がシャワーのコックに当たり、魁地が彼女を抱きかかえる瞬間、上から噴射された冷水が二人を包み込んだ。
「つ、冷たいっ!!!」
魁地は真理望を抱えているためすぐには手が離れず、シャワーを止めることができない。
真理望を包む布地は水を含んで肌に張り付き、色を失って彼女の形を露にしていく。
魁地は慌てて真理望の体をぐいと抱き寄せる。シャワーの水が彼らの背後を通り、バスタブの底穴に吸い込まれていく。
真理望は驚きのあまり、呆然と魁地を見つめている。
「あ、あの……」魁地もまた、どう収拾をつけたらいいかも分からず、言葉を選ぶのに時間を費やす。
真理望のブラウスと下着は水で密着した彼女の肌を透かし、その完璧なボディーラインを浮き彫りにしている。
水が滴る濡れた髪。艶やかに光を反射する胸の膨らみ。捩れ上がったブラウスの隙間から覗くへその窪み。
その姿はあまりに艶かしく、美しいと魁地は思った。彼は冷えた体が硬直し、真理望の背に回したままの手を離すことができない。
彼らはお互いに見つめ合い、粘性を帯びた空間に包み込まれる。
魁地はかつて経験したことのないその空気に食われ、彼女の姿に見とれた。
二人は自分の理性とは違う、彼らにも分からない何か特別な力で引き寄せられ、徐々にその距離を縮める。
滴を抱える長いまつ毛。火照って紅色に染まる頬。濡れて少し震える艶やかな唇。魁地は焦点距離が限度を超え、それが見えなくなるまで真理望の顔に近付く。そして、彼らの唇が重なる……瞬間だった。
それは、彼の頭に突如響いた声。
『多綱くん、何をやってるんですか?』
彼の視界には突然バトルモードAIの表示が重なり、霧生の声が響く。
「どああぁぁぁーーーっ!」
魁地は突然リンクした砂菜に驚き、突き飛ばされたかのように真理望から距離をとる。
真理望は何が起きたのか分からず、一瞬驚いた表情を見せるが、それはすぐに怒りへと変わる。
「ちょ、ちょっとこれって何なのよ! あんたは一体どうしたいのよぉ!」
「いや、その……ってか、霧生、一体どうしたんだよ?! いきなりつなぐんじゃねぇって。こっちは取り込み中なんだ!」
『……すみません。約束の時間になっても一向に連絡がないので、多綱くんに何かあったのかと思いまして。ところで、多綱くんの目の前にいる真理望さんはなぜ水浸しになっているのでしょうか? ひょっとして私はお邪魔でしたか?』
「いやいや、邪魔なんてそんな……ってか、いきなりリンクってば、これって俺のプライベートとかないじゃん!」
『はて、多綱くんはプライベートな空間で真理望さんと何をして楽しんでいらしたのですか?』
「いやいや、霧生、そういうことじゃなくてさ……」
魁地の視界の右下には、ルーナーで逐次スキャンされた霧生の疑いに満ち満ちた表情が映し出されている。そして、正面には真理望が眉間にしわを寄せ、彼を睨んでいる様がある。彼にとって、状況は最悪だ。
「ちょっと魁地、さっきから一人で何言ってるのよ! どうしたってのよ!」
「あ、真理望、霧生が突然リンクしてきたから……あ、霧生、いやいやそうじゃなくて、別に邪魔とかじゃないし、これは事故であって別に真理望と変なことするとかないから……いや、真理望、何もしないわけじゃないっていうか、お前はとっても魅力あると思ってるし……いやいや、霧生だって細身のスタイルが綺麗だし、透明感ある肌とか魅力あると思ってるし……ってか、なんなんだよ、これ!」
魁地は顔に滴る水がシャワーの水か自分の涙か区別がつかなくなった。彼は泣きながら真理望に言う。
「真理望、早く体乾かして、この端末のパスワードを解除してくれぇ~……」




