二八 誤解と解読(1)
さぁせん。イラストなしです。
二八 誤解と解読(1)
――ソラシマ第Aト区 結浜研究所付属病院 特別病室――
「おう、いらっしゃい」
魁地はまだ対外的には入院中の身であり、寮には久しく戻っていない。今日も付属病院の特別病室で夜を過ごしている。オペアの操作に慣れた今では、廃れた寮よりも快適で、彼にとって良いホテル代わりだ。
山田と別れた時には既に日も暮れ始めていた。魁地は病室に戻ると、さっそく真理望を呼び出した。自分自身が彼女の家に行ってもよかったが、さすがの彼もいきなり女子の家に上がり込む程、デリカシーがないわけではない。それに、彼はまだ検査期間中ということもあり、外出には結浜の許可が必要だった。これは秘密裏の行動であり、余計な詮索をされては困る。
「ちょっと、急に病室に呼び出して、何の用なのよ? っていうかこの部屋暑いわね」
真理望は薄手のサマージャケットを脱いだ。そしてブラウスのボタンを二つ外し、襟を掴んで胸元を広げる。手を団扇にして風をその谷間にぶつけ、涼もうとしている。
「冷房は苦手だから切ってるよ。大体この病院は患者を冷やしすぎるんだよ。食品じゃねぇっつうの。あ、そこ座って。一応病室だからさ、ソファーとかねぇんだわ」
「う、うん。わかったわ」
真理望はベッドをソファー代わりにしている魁地の横に腰を降ろす。彼女が座ると、クッションがたわんで隣の魁地が少し上下に揺れた。二人が同じ空間にいるという実感を感じ、真理望は胸の鼓動が高鳴る。
「な、なかなかイイ部屋じゃない。で、男一人の部屋に私を呼んで何をしようっての?」
男一人……ひょっとして、こいつ何か勘違いしていないか?
魁地は真理望に嫌な予感を感じる。
「あの、もう一度言っておくと、ここ病室なんすけど……」
魁地はここに彼女を呼んだことを少し後悔するが、外部からも内部からも干渉のないこの病室は秘密裏に事を運ぶのに最適だった。
真理望が「暑い」と言って襟をぐいと引っ張るたび、開いたブラウスの布地が半分露出した彼女の胸に押し付けられ、ゴムのような弾力をまじまじと魁地に見せ付ける。
わざとやってるんじゃないだろうな?!
彼は道を逸れないようにと視線を逸らそうとするが、意識とは別の力がそれを引き戻し、薄目の隙間から滲み入る彼女のフェロモンが彼の脳内を蚕食していく。
いかん、早く用件を伝えて終わらせよう……。
彼は咄嗟に立ち上がると、わざとらしく大きなあくびをして伸び上がる。
「ふぁ~ぁ。……あ、いやね。ちょっと真理望にお願いしたいことがあってさ」
魁地はエンバッシュの端末を取り出そうとサマージャケットのポケットに手を入れるが、見当たらない。
「あれっ? えっと」
彼はジャケットを脱ぎ、シャツのポケットを探るがそこにもない。そしてパンツのポケットに入れたことを思い出し、手をフロントポケットに突っ込む。
「ちょ、ちょっと魁地。急にズボン脱いで何しようってのよ。ちょっと私、まだシャワー浴びてないし……」
ヤバイ――真理望はすでに、そっちのベクトル真っ盛りだ。いや、真理望はアニメみたいなプロポーションで俺にとってどストライクは間違いなく、ビジュアル的に最高なわけで別に悪くはないとは思うんだが、そもそも人付き合いさえまともにできない俺にこいつをどうこうできるはずもないし、後のことを考えると、ここであらぬ情事を招いてはややこしいことこの上ない状況に陥るのは必至で……。落ち着け。落ち着け、俺。
彼は深呼吸し、一人で熱を上げている彼女を前に、余熱をもらわぬよう気を引き締める。
「なぁ、真理望。これを見てほしいんだけど」
魁地はポケットから取り出した端末を真理望に差し出す。
「これ何? 音楽で気分を盛り上げようっての?」
「いや、真理望……頼むから……そっちの方向から離れてくれ。そいつはアングラのエンバッシュが持っていたものだよ。おそらく誰かから奪ったものだろうが、セキュリティーが掛かっていて中身が見れないんだ。真理望なら解除できると思ってさ」
「……何よ、それ」
真理望はご立腹の様子だ。気分を害したという空気感をプクリと膨らませた頬で存分にアピールしている。
「だからさ、俺は最初からそのつもりで呼んだんだけど……何か勘違いさせちゃった?」
「むぅ~、別に、そんなことだろうとは思っていたけどさ。何よみんな私を便利屋だと思って。山田さんは会って早々競馬新聞持ってきて勝ち馬予想しろとか言ってくるし、昨日はドクターから変な信号の解読をお願いされるし、まったく」
ドクターが信号の解読をお願い? 魁地は何の信号か気になったが、今はそれどこではない。真理望は膨れたままだが、彼女の協力が絶対に必要だ。
「は、はは……本当に申し訳ない。でも、真理望にしかできないんだ。ちょっと見てくれないか?」
魁地は下手に出つつ真理望に端末を手渡す。真理望はやれやれと言った表情を浮かべて、それを受け取った。彼女はパネルに触れてOSを起動させるが、投射されたホログラムモニターには意味不明な文字列が出力されて、それ以上は進めない。
「ふぅ~ん。見たこともないセキュリティーね。たぶん、そいつが組み込んだアプリケーションが起動しているんだと思う」
真理望は端末を再起動し、パネルやボタンをいくつか押すと、ホログラムの画面が切り替わって英文の羅列が表示された。彼女はそこからアクティブ化しているカーソルをボタンで移動させ、いくつかの設定をする。そして自分の端末に接続すると、システムの動きに合わせてリアルタイムに動作プログラムを打ち込んでいく。
魁地には、その動きが早すぎて見えない。それは言うまでもなく、彼女の能力が成せる技だ。さすがと言う他ない。
「よし、これでOKっと。ほら、さっきのアプリケーションを殺してOSを起動させたわよ。かなり旧式のOSね」
真理望が魁地に差し出した端末は確かにセキュリティーが解除されていた。保有者の詳細情報もこれで確認することができる。
「さすが真理望! やっぱおめぇってすげぇよ!」
「そ、そうよ。私って役に立つんだから。その、困ったことあったら何でも言ってよね」
「ああ、助かるぜ。さっそく持ち主を調べてみよう」
魁地は端末のパネルをスライドさせ、パーソナルデータを探す。真理望は近くにあったファイルを団扇代わりにして扇いでいる。たまに魁地を横目で見て、胸元を強調してみたりもするが、彼は端末の操作に夢中で気付かない。彼女は、ついに堪りかねてファイルを放り投げ、立ち上がる。
「それにしても暑い。ちょっと顔を洗ってくるわ。バスルーム借りるわね」
「ああ、どうぞ。入り口の横のドアだ」
この特別病室はユニットバスが設置されており、料理や洗濯以外のことなら生活の上で困ることはない。真理望はドアを無造作に開け、中に入ると苛立ちの度合いを勢いよく閉めるドアの音で表した。
魁地は慣れない旧式OSの操作に苦戦しつつも、なんとか設定画面からパーソナルデータの参照画面に辿り着く。しかし、今度はそこで個人パスワードを求められ、二進も三進もいかない。
「くっそぉ。どうしたらいい」




