二六 古傷(1)
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二六 古傷(1)
「きゃぁーーー!」
真理望の甲高い叫び声が、さらに周囲の空気を凍り付かせる。
「すまねぇ、端末が破壊されて、連絡する余裕もなかった。ここまでダイレクトに飛んできたんだ。早く華凛を診てやってくれ、ドクター」
目を開いた華凛は下唇を噛み、ふらつきながらも立ち上がって山田の持つ右腕を奪い取って結浜に晒す。
「お、おい、動いて大丈夫なのかよ、華凛」泣きながら彼女を支える山田。
「ざぁけんな。こんなの平気よ。パパ、ごめん。しくじったわ」
周囲を見回してニヤリと笑う華凛。
だが、そこに余裕などないことは取り繕ってゆがむ笑顔が示している。彼女の右腕は上腕二頭筋を二分するように切断されているが、断面からは血が出ていない。彼女は血の噴出を防ぐため、リアクションキャンセラーで血管内部の反発力を拡散させて血流を止めていた。
それでも最初の出血が相当なものだったのだろう。
彼女の顔面は蒼白で、今にも意識を失いそうだ。気を失うことイコール能力の停止。彼女はここに来るまでの間、薄れそうな意識を失わないよう必死で堪えていたのだと、この場にいる誰もが感じとった。
「俺の、俺のせいなんだ。俺が調子に乗って単身でバスターウェアのところに乗り込んだから……」
「そんなことより、とにかく、今はすぐに治療だ。他にも怪我を?」
「特に深いのは背中よ。程度は分からない。パパ、直接診てよ」
すると、華凛は恥ずかしげもなく彼らの前でシャツを脱ぎ捨てた。
魁地は一瞬目を逸らしそうになったが、彼女の体に釘付けになった。そこには鉈で切りつけたような幾つもの古傷が刻まれている。そして、その隙間を埋めんがばかりに血を滴らせた大きな切傷が深々と口を開いていた。
魁地は、言葉を飲み込んだ。否、何も言葉が出てこなかった。
痛みに耐え、唇を噛みしめる彼女は、それを悟られまいとしている。魁地はいくらポケットに手を入れようとも、そんな彼女に対し与えられるアイテムなど一向にでてこない。
結浜は表情を変えることなく、切断された彼女の腕と背中の傷を確認する。
ズタボロになった自分の娘の姿を前に、冷静に傷を診ている彼が、魁地には恐ろしく無情で異形なものに映った。自分の許容を超えた世界がここにある、そう痛感し、己がやけにちっぽけなものに思えてきた。
「華凛、これなら大丈夫だ。私のボンダーがあれば接合は容易い。だが、私に出来るのは治癒ではなく言ってみれば溶接に近い。傷跡は残るぞ」
華凛は眉間にしわを寄せ、笑顔を見せる。
「いまさら何よ。そんなの気にしないわ、パパ。そこには私より派手にやられた継ぎ接ぎのレゴブロックみたいな奴もいるしね。全然平気よ」
華凛は魁地にウィンクを飛ばした。
彼女を見る魁地は、どのカテゴリにも属さない歯痒い感情を抱いた。
「レゴ……ああ、そ、そうだ。大丈夫だよ」
「山田。すぐ戻るから、お茶でも飲んでくつろいでな」
華凛は結浜に抱えられながら、背中越しに指二本を立てて山田に振ってみせる。
「か、華凛……」
巨体を折り曲げて床に座り込み、うなだれる山田は物理現象を無視したように小さく見える。
管制室の空気は一気に冷え切った。最初の一言を選びきれず、誰も声を発することが出来ない。
華凛は必死で強がり、メンバーに心配をかけまいとした。魁地はそんな彼女の意思を汲み、この空気を変えねばと、思い切って山田に訪ねる。
「な、なぁ、山田くんよ。一体、何があったんだ?」
山田は膝に埋めた顔を持ち上げ、天井を見つめる。そして少しの時間をおいて口を開いた。
「敵の所在が掴めたんだ。そして、止めようとした華凛を振り切って、俺は一人アイツの所に乗り込んだ。相手は甲冑を着たミイラみたいな奴だったが、実際のところは古過ぎて外装の剥がれたバスターウェアだった。そいつは光の刀を操るんだ。とにかくそれに触るとみんな切断されちまう。それに、運動能力も半端ねぇんだ。俺はあいつの能力を正確に理解しないままうかつに攻撃して、返り討ちにあっちまった。幸い大した傷は負わなかったが、捕まって頭を抉られそうになったとき、華凛が駆けつけた。そして、ギリギリのところでミイラ野郎を打ち飛ばしてくれた。でもぶっ飛ぶ直前、アイツは手刀を振りかざして、華凛の右腕と背中をぶった切った。アイツが崩れた岩に足をとられていたから、何とかその隙に飛んで逃げ帰ることができた。不用意に近付いた俺がアホだったんだ。華凛には慎重に行くべきだと止められていた。ちくしょう。俺のせいで華凛が……ちくしょう」
魁地は山田の横で胡坐をかいて一緒に床に座る。
「な、なぁ……華凛の体中にある古傷って……」
「ああ、あれか。あの半分はバグズの戦いで負った傷だ。まだ中学にあがったばかりの未熟な頃に受けた傷だと華凛は言っていた。残りの半分は幼児の頃につけられたらしい。詳しくは俺も知らないが、前の親に虐待されていたって話は聞いたことがある」
「えっ、あいつドクターの実子じゃねぇのかよ?」
「養子だよ。小学生のとき親から捨てられた華凛をドクターが引き取ったんだ。あの能力のせいで化け物扱いされて、見捨てられたんだよ」
「マジか……そんなことって……」
魁地は捻くれた目で彼女を見ていたその眼球を引き抜きたいと思った。
彼女の異常なまでの強気と我を貫いた性格は、生きるために必要だったのだろう。そして、ああなった今もなお、その気性を崩そうとはしない――それは仲間たちに気を遣わせないためだ。
だが、彼女の強さに甘んじてはいけない。それで安心してはいけない。
それは、彼女がいつも手足にしているストッキングが、彼女の弱さを少なからず露呈させているからだ。
華凛は強がっているが、どこかでそれを隠したい気持ちがあるのだと、魁地は気付き、唇を噛んだ。
「魁地。結局、俺たちは欠陥者なんだよ。俺も、最強の能力、重力子反射……なんて言ってるけどよ。実のところ浮遊力を持っているのは頭蓋骨と頚椎の一部だけ。そのまま飛んだらセルフ首吊り状態で死んじまうんだぜ。実際、子供の頃にそれで瀕死状態になった俺を、ドクターが救ってくれたんだ。今では手術で体中に移植した強化骨格に支えられているから、そうはならないけどな。でも、それを維持するための強固な肉体が必要だし、正直、飛ぶのは結構苦痛なんだぜ……あ、これ、他の奴らには絶対内緒な」
「あ……あぁ、大丈夫、わかってる」
欠陥者――魁地は山田の言葉に彼らの本質を見た。それは絶対的な能力を保持した選ばれし勇者でもヒーローでもなく、自らの苦悩を必死で乗り越えようとしている生身の人間だ。




