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一 実践講習(2)

挿絵(By みてみん)

**********



 一 実践講習(2)



 魁地が、ソラシマ三高に入学したのは今年の春。三ヶ月前のことだ。未だに独りよそよそしい雰囲気を醸し出しているため、つい先週転入してきました、なんて空気感をまとっているが、それはあくまで彼だけのこと。周りのクラスメートはそれぞれが一定のポジションを築き上げ、呼び合うニックネームも板について来ている様子だ。

 だが、魁地はそんな周囲の流れに乗ることができなかった。もちろん、彼のコミュ障も起因してのことだが、そもそも、彼は当初、この『ソラシマ』の地に足を踏み入れることなど想像すらしていなかったのだ。




 彼がどうしてこの地に来ることになったのか、それはさらに、半年前の話に遡る。

 中学三年の夏――進学戦争の真っただ中。そのときの彼はかなり困惑していた。それは、あまりに唐突な出来事だったからだ。


 発端と言えば、『全診』の結果。

 全診とは、三年前から法律で義務化された全国一斉健康診断のことだ。建前は国民の健康維持向上施策、などとどこぞの首相が言ってはいたが、政府の意図するところは全く別にあると当時から噂されていた。


 その真偽はともかくとして、それも魁地にとっては、隣の教室で制服を脱ぎ散らす女子を想像して、張ったテントを抑えるのに必死なだけのイベント……のはずだったが、まさかその結果、突然Gランクの「即日要検査」を言い渡されるとは思ってもいなかった。


 そして突然、人間ドックの比にならない精密検査で体中を舐め回され、挙句、三年間の長期検査と治療を名目に、推薦で合格が決まっていた地元の高校を辞退させられ、ブラックな噂の絶えないソラシマへ強制移住することになった。

 そこに彼の本意などどこ吹く風。当事者が口を開けている間に、あれよこれよと事は進み、内申の書類審査と面接を経て、いつの間にか合格していたソラシマ三高に入学させられていたのだ。


 振り回され続けた彼は、高校入学時点で先の未来に希望を輝かせるような余力はなく、人付き合いの難も相まって、ただクラスのワチャワチャとした喧噪を眺めるだけの日々が続いた。


 ――と、ここまではネガティブな彼の身の上話だが、実のところそれには少し語弊がある。つまり、彼にとって、この状況はメリットも少なからずあるのだ。

 子供の頃から家族のいない彼は、これまで普通に生活することさえハードルがあった。しかし、ここでの生活は、衣・食・住の全てが保証され、国から充分な生活費が支給される。この環境では、彼も到底逃げ出す気にはならなかった。

 しかし、それこそが、彼をここに拘束する鎖。この苦痛だらけの学校生活に耐えねばならない理由でもあるのだから、本人の心情は複雑だ。




◆◇◆◇◆◇


「――というわけで、既に第一章の冒頭で教えたように、我々の生きているこの世界は、神ザルバンの作り上げた人工的な次元空間に生成された人工の宇宙だ」


 垂れたヨダレが手の甲を伝い、魁地は不快感で目が覚めた。

 教壇では、『異能学』の教師、越沢雅弘こしざわ まさひろが相も変わらず禿げ上がった頭を撫でながら得意げに教鞭を振るっている。


「我々が神と呼んでいる『ザルバン』は、仮想的に実体のある物理次元を作り出す技術を持っている。そして、お前たちのいるこの宇宙空間をプログラマブルに生み出したのである。まさに神技とも言うべき崇高な技術だ。人工的に生み出されたこの宇宙を、我々は『箱庭アーティファクト』と呼んでいる。しかし、そんな高い技術レベルのザルバンも完璧ではなかった。大規模なプログラムにおいては、必ず何らかのバグが存在する。バーミューダに代表される神隠し現象は有名だが、ここ日本を含め世界中にそれに類する事象は存在している。そして、そのバグが人間に発現したとき、異能の力を得る場合がある」


 ソラシマの実験区で進められている研究というのは、アビリティーとも称される、この異能に関するものだ。過去、それは迷信的に歴史の裏でひっそりと伝えられたスキル。しかし、如何なる情報も得られる現在、ついにその存在は無視できないものになり、政府が統制を図るべく極秘に研究を進めている。

 魁地は入学当初、全診の検診結果を鵜呑みにしてどんな治療をするのかと心配もしていたが、結局のところそれは政府の闇施策の一つであり、異能の実験目的で拉致られたというのが事実だと間もなくして知った。



 学校が始まった当初は、授業もよく見る教科書に従ったもので、ごく普通の学校生活を送っていた。しかし、最近始まった新たな授業、異能学が時間割に顔を出してからというもの、魁地はキャッチセールスの詐欺にあっているような気になり、居心地が悪くなっていた。この学校の教師は、皆狂っている。彼にはそうとしか思えなかった。

 それもそうだろう。ある日突然、この世界はザルバンと呼ばれる何者かが作ったゲームで、お前はその中で動いているデータでしかない、などと言われたら、信じられるはずもない。否、彼の場合は少し違う。むしろ、世界の本質が希薄なものだと感じていたからこそ、あっさり「そうだ」と言われても、拍子抜けして鵜呑みにはできなかった、と言う方が正確だ。



「――問題は個々のアビリティーをどのように活かすのか、ではなくそれを如何に統制するかにある。そこで必要になるのが、例外なく統治するためのロバスト性を実現したシステムだ。だが、君たちが確固たる倫理と正義を持っていれば、システムや法規が足枷になることはない。むしろ、社会において君たちは高位の地位を獲得し、世界をリードする国家の主幹となるだろう。だが、そこから外れた者は人間社会にとっては脅威となる。そのような勢力は必ず捕らえられ、この世界からは抹殺されることになるだろう」


 魁地は怒涛の如く越沢が展開する電波な講義に、軽い吐き気を覚えるが、摩擦を持たない剥げ頭はは一向に勢いを止めようとしない。


「ここにいる君たちは、この世の物理法則を無視したアビリティーを得ている特別な存在だ。今はまだ自身の能力を理解できないかもしれないが、検査の結果でそのポテンシャルを持っていることは分かっている。能力は生まれながらに発現しているはずだが、それを発揮するための切欠やコントロールの仕方を知らないだけだ。では、ここから異能学の第二章に移る。次は実践講習だ。まずは注意事項を説明するから、よく聞くように」


 目を輝かせている周囲のクラスメートを見ると、魁地は溜息と一緒に漏れ出そうな嘔吐感を堪る。


 ……うんざりだ。何がアビリティーだ。そういう能力があるとしたら、はち切れそうな胸のボタンを弾くようなものがいい。少なくとも、それなら誰も不幸にはならない。

 ……あ、でも弾かれた方はちょっと迷惑か。

 まぁ、いいや。風景でも眺めて気持ちを落ち着かせよう。


 魁地は留めなく講釈を垂れている越沢を無視し、窓から外を眺めた。四階からの景観はなかなかのものだ。背の高いビルは校舎背面側にあるため、こちらの視界は大きく開けている。


 左は窓、右は巨乳。どちらを見ても絶景が広がる。唯一の癒し。

 魁地はこの席を得られたことに感謝の念を抱く。「神よ、ありがとうございます」



 それにしても、見れば見るほど不思議な学校だ。


 校舎の前のグランドは広大で、平面に広がる野球場やサッカーコートだけでなく、まるで軍事訓練上のような障害物や起伏のある立体フィールドもある。さらにその奥には実験棟と呼ばれる建屋が建ち並んでいる。

 そして最も異彩を放っているのは、学校を取り囲む刑務所のような分厚いコンクリートの壁とそこに何本も突き立った秋刀魚の骨のような電磁バリア用のアンテナだ。いまどきの高校生は、皆3Dモニター付きの携帯端末を持ち歩くのが当たり前だが、ここは電磁バリアのせいで操作ができず、外部への送信もできなくなっている。さらに、強力な電場が外部空間にドーム状の電磁バリアを形成していて、敷地内は衛星カメラでも写せないらしい。ただのゴシップ高校なのに、まるで軍事施設さながらだ。


 あのゲートを通れるのは生徒や教諭以外では外部委託の清掃員くらいのものだろうか。今日もセキュリティーゲートを通過してごつい清掃車が入るのが見える。小型バス並みの比較的大きな清掃車両だ。清掃員と言えど、彼らもそれ相応のセキュリティーライセンスを持っていると聞く。清掃員界のトップエリート清掃員ってとこか。今日は珍しく2台の車両で御来校のようだ。


 大掃除か? だったら早くこの教室に来て、越沢諸共何もかもこの教室をすっかり綺麗にしてほしいもんだ。などと考えていても、現実は越沢の勢いが増すばかり。これなら家に引き篭もってゲームに勤しんでいた方が夢がある、彼は捻じ込まれるしゃがれ声を無視してそう思った。


「さて、ここからは君たちが持つアビリティーポテンシャルのカテゴリー別に分かれて講習を受けてもらう。これから生徒番号とカテゴリーを言っていくから、それに従って各教室に移動するように」


 越沢が端末の3Dモニターを覗き見ながら、生徒番号を読み上げていく。魁地は関係ないと言わんばかりに寝ている。


「まずはカテゴリーAだ。呼ばれた番号の生徒は実習室Aに移動するように。生徒番号の末尾二桁だけ言っていくぞ。3番、6番、11番……」


 該当する生徒は自分のカテゴリーを端末ノートにメモし、続々と指示された教室へと移動していく。カテゴリーはアルファベット順にB、Cと続き、彼らのゴトゴトという足音が瞼で蓋をした闇の中で聞こえてくる。魁地の番号はまだ呼ばれない。そして、カテゴリーDが移動したところで彼は異変に気付く。

 静寂……誰も動かないし、何も言わない。魁地は不安になり、ゆっくりと目を開く。

 目の前には不敵な笑みを浮かべる越沢のどアップ。


「どわっ!? びっくりしたぁ……」魁地はあまりの驚きで、肋骨を内側から折らんばかりに叩き打つ心臓の高鳴りを押さえるのに必死だ。


「なぁ、先生……どういうことだよ。俺、まだ呼ばれてないんだけど?」

「あの、私も……」

「えっ?!」と、隣を見ると見慣れた巨乳がずいと視界に割り込んできた。


 魁地は隣の女子、織里真理望おりさとまりもと顔を合わせ、ゴクリと生唾を飲む。越沢は薄気味悪い笑みを崩さないでいる。

 自分の鼓動が聞こえそうなほどの無音が教室を包み、彼は事の異様さを肌で感じた。外から聞こえる窓で変調されたカラスの泣き声が教室を漂い、室内の静寂を一層不気味に演出する。


「お、おい、先生。何か言えよ」魁地は耐えられず、虚無と化しそうな教室を埋めるかのごとく、声を張ってそう言った。すると、ようやく越沢が口を開いた。


「さて、彼らを案内してくれ、霧生きりゅう君」


 ……霧生?

 魁地はふいに出たその名前に困惑した。不敵な表情を浮かべる越沢の目線は魁地の後ろにある。


「はい、分かりました」


 突然、抑揚のないウィスパーボイスが後ろから魁地の首筋を撫でた。彼は、まるでフリーザーの冷気を当たられたように悪寒が走り、背筋が凍った。

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