二五 代償(1)
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二五 代償(1)
――ソラシマ第Bト区 センターベース 管制室――
結浜は珈琲カップをくるくる回しながら頭を掻き毟っている。その脇では信司が左腕のギプスを摩りながら、心配そうな表情で彼らを見ている。
「なるほど、アングラのエンバッシュか。情報から察するに、おそらく、難波根子武振熊を復活させたのはそいつと見ていいだろう。これまでアングラのアバターが関与した事件はほとんど発生していなかった。保守派の情勢が優位で、アングラのテロ活動も表面化しなかったんだろう。しかし、今回の事件はフラグと見ていい。奴らがついに具体的なテロ行為に及び始めている兆候だ。多綱君、もう一度状況を――」
彼の言葉を遮るように、真理望が口を挟む。
「ねぇ、魁地。それよりも、なんで私がやりたくもない喧嘩のトレーニングを無理矢理やらされているときに、あんたと霧生さんが一緒に出かけてんのよ?」
「んなもん、結浜のおっさんに言われたんだからしゃぁねぇだろ。それに信司も一緒だった、っつってんだろ」
結浜は急に話しの腰を折られ、溜息をつく。
「こら、勝手に私の話を切るんじゃない。今はそれどころじゃないんだよ、織里君」
「ちょっとドクター、何言ってんのよ。それどころじゃないじゃないわよ。こいつはね、ほっといたら女の子に何するか分かんない変態なんだから。私が面倒見なきゃいけないの」
「はぁ?!」急に自分の飼い主に躍り出た真理望に、たまったもんじゃないぞと結浜を押し退けて魁地が食い下がる。
「おいおい、誰がだ。俺はそんな変質者じゃねぇぞ」
「何よ、変質者の変態じゃない。いいかげん、すぐ胸に視線を落とす癖を治した方がいいんじゃない? はっきり言ってバレバレよ。霧生さん。次からこいつと二人きりでどこかに行くのは止めた方がいいわ。危険よ」
そんなでかいもんぶら下げてたら男子の八割は胸から視線がスタートするわい。そうでなければ、そっち系か、もしくはそっち系の趣味だろうが!
――と、言いかけたが、止めた。それによってもたらされる結果がプラスに行く分けがないことを魁地は知っている。それにしても、やっぱりバレてたんだな。
次手を失った魁地は、「むぅ……」と、ただ難儀な表情を浮かべる。
「それに、霧生さんも霧生さんよ。最近魁地に妙に馴れ馴れしいけど、そんなんだからコイツつけ上がっちゃうのよ」
真理望は、自慢の巨乳を組んだ腕の上に乗せ、霧生の顔にぶつけんばかりの勢いで彼女につっかかる。結局のところ、真理望の本意は霧生への嫉妬でしかない。
そして、勝手に魁地規制を張られた形の霧生は、単なる無粋か猫被りの胸算用か、その本心を表に出すことなく澄ましたその目で平然と意見する。
「お言葉ですが、私はそうは思いません。私に対して多綱くんは優しいですし、織里さんが言うような危険はありません」
「むっ――」スイッチオン。
カチンという音が真理望の中から外まで響く。それを察した魁地は苦笑いするしかない。
「あぁ、そっか。霧生さんは胸があまりないから魁地も……あ、ごめんなさい。なんでもないわ、ハハハ」
胸を揺らして高らかに笑う真理望に、珍しく霧生の顔に薄い怒りマークが浮き出ている。熱を帯びた彼女は捲くし立てるように言う。
「私の胸は普通です。織里さんが馬鹿みたいに大きいだけじゃないですか。それに、私もあなたも、多綱くんに命を助けられています。命の恩人でもあります。それになにより、私はもう多綱くんとくちづ」
――と、そこまできて霧生は過ちに気付いた。急に勢いを失い、モゴモゴとどもる。
「くちづ……くちづ……て、そう、口伝にも、私は多綱くんの悪口とか、聞いたことないですし、やっぱり悪い人じゃないんです。そうなんです」
福笑いのような引きつった霧生の笑顔。
初めて見る彼女の早口と急な焦りように、真理望と魁地は口を開けたまま閉じるのを忘れる。そして、我に返った真理望は、霧生をそうさせた自分に少し反省する。悪いのは、優柔不断な魁地だ。
「あ……まぁ。確かに、そ、そうだけど。っていうか、魁地。あんた裏でこっそり霧生さんと何かしてるでしょ?」
「えっ?! お、俺はなんもやってねぇよ! 誤解だってばよ――」
急に矛先を向けられた魁地は大げさな身振りで否定するが、それが怪しさを助長していることに本人は気付かない。
「嘘おっしゃい! 私には優しくしてくんないのに! はっ……まさか、あんたたち、私の知らない間にあらぬ所まで進んでんじゃないでしょうね?!」
「……」真理望の食い掛かるような視線をかわし、顔を赤らめて黙り込む霧生。
そして、正直言うと冗談含みで鎌をかけていた真理望は、霧生の予想外の反応に泡を食った様子だ。
「ちょちょ、ちょっと霧生さん。なんで黙るのよ! やっぱそれってこいつと疚しいことをしてるってこと?!」と、言って真理望に指を向けられた『こいつ』こと魁地は、寝耳に水だ。
俺が霧生と疚しいこと?!
――おいおい、疚しいことなんぞ何にも……いや、そう言えば霧生の部屋でキ……っていやいや、あれは確か夢であって、でもそういえばオペア起動のときは霧生とあんなこともあって、っていうかそっちの方がよく考えるとランクが上……。ってか、ああぁ~、どうでもいいけど、とにかく今は真理望に疑われるようなことはあってはならん!
「いやいやいやいや、霧生。頼むから意味もなくややこしい反応すんなよ。真理望、俺ら別にそんなんねぇから! ってか、なんでお前にこんな釈明しなきゃいけねぇんだよ。そもそも別に恋人とかじゃあるめぇし」
「こいび……ふんっ、じゃぁ、やっぱり魁地は霧生さんがいいのね?!」
「だから! 違うって言ってんだろ。最初からそういう話じゃねぇんだよ。なぁ、霧生?」
「……」霧生は視線を逸らしたまま頬を赤く染めている。
「だから、ややこしい反応すんなって言ってんだろ!」
「――うっるさぁい!!!」
いきなり大声を上げた結浜に、三人は驚いて固まっている。
結浜は顔を真っ赤に燃やしているが、それは単にレベルの低い私語で自分の話しが進まない苛立ちと怒りだけではなく、思わず未成年を相手に声を荒げた自分に対する驚きもある。怒りっぽくなってきたのは年のせいだろうか、と自分を卑下してみるも、「おめぇのせいで怒られたじゃん」と肘で小突き合う魁地と真理望を見て、原因は百パーセント彼らにあるとの確証を得る。
悪いのは、全部こいつらだ。
「ったく。痴話喧嘩は他でやってくれ。いいか。バグズの活動はこれまで君たちが過ごしてきたお遊戯会とは違うんだ。すでに我々は仲間を失っている。三人とも、ふざけていないで、しっかりしろ」
眉間にしわを寄せた結浜の迫力ある顔に、さすがの魁地と真理望も走る悪寒で凍り付く。やばい、マジでやられる。
「は、はい。すみません……」
「ご、ごめんなさい……」
「むぅ……なぜ私まで怒られなければ……」
怒られてしょげる男女二人と不貞腐れる女子一人。
魁地は先生に叱られた生徒のように、居心地が悪くなって無意味に両手をポケットに突っ込み、わざとらしく「ちぇっ」と床を蹴ってみる。
「いいか、お前たち。また、エンバッシュが襲ってきたら、こんなチームワークでは勝てないぞ。さらに、多綱君の話ではバスターウェアを用意しているということだ。おそらく復活させた難波根子武振熊だろう。奴の戦力は未知数。もっと真剣に望まないと」
……エンバッシュ? そう言えば、あいつのことで結浜に聞こうとしていたことがあったような。
魁地はポケットの中で手に触れる、ある物に気付いた。
そうだ。アイツの落とした端末……。
「――エンバッシュ? なんや懐かしい名前やの……ふぁぁ~」とそのとき、突然の声が彼の動きを止めた。




