二四 記録
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二四 記録
――飛騨高山 日面出羽ヶ平の集落――
若者が絶滅したようなこの小集落の公的施設と言えば、この平成時代から残る遺跡級の木造平屋の集会所を含めてもいくつもない。山田と華凛はバスターウェアの情報収集のため、両面窟に程近いこの場所に来ている。
「あの事件に関係しているのは今のところ分かっているところで四人。死亡した水元朝義と入院中の草野原明美。そして彼らを洞窟に案内したという大橋遼斗に両面窟の落盤を発見したという中学生。後者の二名は現在行方不明。水元の遺体はすでに洞窟から運び出されていて、聖域と考えられる寺院のような遺跡は政府機関が調査中。両面宿儺のミイラは彼らが調査のため研究機関に搬送済み。そしてバスターウェアの足取りは不明。とりあえず、これまでの調査結果はそんなところ。ほとんど収穫なしだな」
山田は端末のホログラムをシャットオフし、雑にポケットに突っ込む。
「行方不明の二人はすでに殺されているかもしれないわね。でも、問題は誰が結界を解いたのか、そしてバスターウェアの行方、ってところね」
「ああ、それにしても、落盤を発見した中学生ってのが気になる。あんな山深くの洞窟なんて、中学生がそうそう行くような所じゃねぇだろ」
「たしかにそうね。ねぇ、おっさん。その中学生って地元の奴なの?」
華凛は差し出された麦茶を飲みながら、集会所の中年男性に尋ねる。
「おっさんってよ……おりは竹元や言うちょろうが。あんた綺麗な顔しちょるわりにえれぇ口わりぃの。都会のおなごなんぞ、そげなもんけな。おそげぇこったよ。まぁええさ。そん中学生は地元の人間やのぉて、県外から来たゆうとったわ。ここにも尋ねてきよって話したけぇ、よう覚えとんよ。そやさ、ひょっとしたらあそこの監視カメラに映っとるかもしれんで、見てみぃよ。ちぃと待っとってな」
「監視カメラ? こんな田舎でも泥棒とか出るのか?」
「ああ、いや、人間でのぉて熊用やさ。ようこの辺の畑荒らしよるし、毎年熊にやられたわいう犠牲者が出よるでよ」
竹元は首に巻いた濡れタオルで顔を拭きながら、部屋の奥へと歩いていった。
「華凛、怪しいな。県外からわざわざ来たってことは、あの洞窟が目当てだったとしか思えねぇ。その中学生が結界を解いた張本人と見て間違いないんじゃないか?」
「そぉね。その可能性はなくもないわね。でも、だったらどうして通報する必要があったのか。それに、本当にその中学生ごときが結界を破ることができるのか。私たちでさえレジルの結界を解くのは難しいからね。両面宿儺ほどの能力者なら、発見者の水元たちの手で解けるような結界でもないだろうし、謎だらけね」
「確かにそうだな。それに、後はバスターウェアのナニワのクマちゃんがどこに行ったかも早く調べないと」
「それについては問題ないわ。あいつは元々聖域を守るために送られてきたウェアでしょ。だったら必ず、両面窟に戻るはず」
奥の部屋から旧式の大きなタブレット端末を抱えた竹元が戻ってきた。
「ほりほり、これやさ」
彼が端末を壁にかかったモニターに接続する。すると圧縮画像のざらついた動画が再生された。画面は四分割されており、集落の正面や裏の畑が二箇所、そして山道の入り口が映っている。彼は次々に動画をスライドさせていく。
「ああ、こん日やさ。こん日。どっかに映っとらんけな」
集会所の入り口を正面に、外から撮られた映像。おそらく、入口の前にある駐車場の木にカメラが仕込んであるのだろう。
入口を背にした竹元の姿が映っている。彼は扉を後ろ手で閉めると、手を振った。カメラのフレーム外に誰かがいるのだろう。歩き出した彼は、画面の外に姿を消した。
誰かを外まで迎えに行っているようだ。すると間もなく、再び竹本が現れた。そして、その後を追うように映ったのは中学生と思わしき小柄な少年の背中だった。服装はジーンズにTシャツというどこにでもある格好で、これといった特徴はない。
「こいつが例の中学生か?」山田がつんのめる。
「ああ、こん子やさな」
山田と華凛はモニターに食いついた。
少年は竹元に付き添われてそのまま集会所の中へと入っていく。ここまでは彼の背中しか映っていないため、大した情報は得られていない。
「くそぉ、服はどこにでもあるようなものだし、せめて顔だけでも押さえておきたいよな」
「そうね。あっ、出てくるわ」
少し時間がたち、集会所から竹元が出てきた。そしてその背中を追って、扉から少年が出てくる。距離が遠いため、モニターではまだその顔を確認することができない。そして、少年が竹元と別れ、カメラの方向に歩き出した。
徐々に近付くその少年。
「そうそうそう、こん顔やさ」そう言って竹元は動画を静止する。多少荒い画像ではあるが、ここまで近付くとその顔はよく分かった。それを見つめる山田と華凛は絶句する。
「ねぇ、こいつって……」
「そんな馬鹿なことって、あるかよ」
その時、この山奥には不釣り合いな人工音のサイレンが、都会にはない大きな間を取ったエコーを繰り返しながら彼らの耳に飛び込んできた。その音は山を幾度も反射して音程を狂わせるが、徐々に集会所に近付いているのは彼らにも分かった。
程なくしてパトカーが集会所の駐車場に止まった。
「なんだ? 華凛、何かやらかしたのか?」
「っざぁ~けんな。何かと言うと私に結び付けるのは止めろよ。何かの事件かもしれないね」
パトカーからよく日焼けした小柄な警官が出てくる。彼は禿げ上がった頭を濡れタオルで拭きながら、とても警官とは思えない風貌で竹元のところへと駆け寄る。
「いやぁ~、竹元さんよぉ。事件やさ。まぁた立ち入り禁止の両面窟に肝試しや言うて行ってまった若い都会の与太郎共が、行ったっきり戻ってこん言うて、その友達や言う奴らから百十番よ。もぉかなわんてよ。最近テレビで両面窟事件の特集やりようて、それ真似する与太郎共が次々増えよるばっかりやさ」
「なぁんやって。またかいな!」
「おおよ。あそこは政府のなんとか言うのが警官も入れんようにしてまったで、おりでは捜索もできんでよ。もしかしてそいつらお宅んとこに逃げついてねぇかと思ってよ」
「いんや、こっちには来とらん」
竹元はそのまま警官と話をし始めた。彼らが熱を上げると訛りが強すぎて山田と華凛には何を言っているのか聞き取れない。
山田は潮時と判断し、華凛の手を引いて集会所の入り口を出る。
「おっさん、色々とありがとうな。急いでっから、またな!」
「おお、すまんな。気ぃつけてな!」
竹元は満面の笑みで大きく手を振る。山田と華凛はこのゆったりとした空間を抜け、パトカーの影に移動した。この地の人間と話をしていると、時空が歪んでさえ感じる。
「おい華凛、あの警官の話聞いたか?」
「ええ、たぶんバスターウェアが両面窟に戻ったんだろうね」
頭上の太陽はいつの間にか角度を落とし、徐々に気温が下がっている。外気は夕暮れの空気へと変化していた。
「とりあえず、詳細はパパに連絡して、宿をとりましょう。後の行動は夜パパに相談して決める」
「何言ってんだよ。なんかヤバイ気がすんだよ。あの中学生の件と言い、早めに手を打っておく必要がある。バスターウェアがまた姿を消す前に、今すぐ両面窟に行こうぜ。そして早々にとっちめる」
「相手の能力だって未知数なんだから、ちゃんと準備をした方がいいって」
「上等だ。俺がぶっ潰してやんよ」
山田は興奮していて華凛の言うことを聞き入れようとしない。
「馬鹿言ってんじゃないわよ。まだ手を出すなってパパが言ってたでしょ。今日は調査に来ただけ。雑魚がしゃしゃり出んじゃねぇ」
山田のこめかみの血管が、ピクリと動く。
「おいおい、ビビってんのか? らしくねぇな、華凛」
「ああ? なめてんのか? あたしはごく冷静なだけだ。お前みたいな吠えてる奴から消されていくのが相場だろうが」
「へんっ。俺が本気出せば敵はいねぇんだよ。てめぇは女だから手加減してやってるだけだろが、いい気になるな」
その言葉に、今度は華凛の怒髪が天を衝く。彼女は山田の襟を掴み、ぐいと持ち上げる。
「なんだと?! バスターウェアの前にあたしがお前をミンチにしてやろうか?」
「ふんっ、確かにてめぇの能力はすげぇけどよ。そんなもの触れられなきゃ意味ねぇってもんよ」
突然加速度を上げて中空に飛び出す山田。彼の体は華凛の腕からするりと抜け、触ることさえできない高さまで上がっていく。
「山田、待ちやがれ、この野郎! 一人で行くんじゃねぇっつってんだろ!」
「追いついて見やがれってんだよ!」
彼はそのまま聖域へと向かって進路を変える。
「くそっ、能無しの馬鹿が……」




