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二二 逆鱗

挿絵(By みてみん)

**********



二二 逆鱗



 スキンヘッドが霧生の胸に手を掛けようとしたその瞬間、彼女の体に真っ赤な液体が降り掛かった。彼はそれがどこから流れ出したのか理解できなかったが、その手の上には止め処なく温かいそれが流れ落ちてくる。


「ぬなな、ぬぁんだぁ? こるぇは?」

 彼が流れ落ちるその液体を手で辿ると、その源泉が自分の頭頂部にあることに気が付いた。そして、そこに指を当てると、かつて感じたことのない痛みが全身を貫いた。


「ぐぎょぁーーーー!」

 彼が後ろを振り返ると、そこには血の滴るバッドを握り締めた信司の姿があった。



◆◇◆◇◆◇


 ――新宿 街路――


「ぐっぼぁーっ」げろげろぉ~……。


 魁地は落下の衝撃で嘔吐した。

 直前に再起動したオペアと落下地点にあったダンボール廃棄物のおかげで幾分かダメージは吸収できた。が、いくらその骨格がダイヤモンドより硬いと言っても、生身の胴体部分に走る衝撃は半端なものではない。


「ちくしょう。いってぇ……」

『……ご、ごめんなさい。多綱くん……』

「いいって、そんなこと。それより、霧生は自分の体に戻るんだ。信司のことが心配だし、それにこれ以上離れると霧生のリンク圏外に出る」


『でも――』という霧生を魁地が遮る。

「今はエンバッシュの思惑の中にいる。アイツ何を企んでいるか分からねぇし、こっちが不利だ。とにかく出直そう。後は俺一人でも大丈夫。ちょっとした作戦がある」

『……分かりました。多綱くん、気をつけて』

「まかせろっ! こっちが終わったら必ずプロメテウスに戻るからな!」


 霧生のリンク表示が切れ、魁地の視界からバトルモードAIの表示画面が消える。そして、魁地は全力で走った。

 エンバッシュをプロメテウスから少しでも離れさせよう。



◆◇◆◇◆◇


――プロメテウス――


 そこには両手を固定され、怯えた表情の霧生が、あられもない姿で横たわっていた。

それを見た信司は、腹の底から湧き上がる熱が、一瞬で脳に達するのを感じた。彼自身それは初めての感覚だが、それが『怒り』だということは、熱と共に湧き上がった殺意で理解できた。


「このハゲ野郎、砂菜さんに何してんだよ!」

 信司はもう一度バッドを振り下ろした。スキンヘッドの頭からは陶器が割れたような脆弱な亀裂音と瑞々しく弾け飛ぶジューシーな音が美しい和音となって発せられ、呻き声を少しだけ出して彼は床に崩れ落ちた。


「て、てめぇ、どこから来たんだ?!」

周りのチーパーたちが我に帰って信司を取り囲んだ。


 信司はバットの柄を強く握り締め、大きく吠えた。

「下種野郎ども、きやがれ!」

 信司は手足をロープで塞がれた霧生を守るように、襲い掛かるチーパーたちに応戦する。基本的な戦闘術を身に着けた彼でも、複数の男を相手にその体格の差を埋めることは難しい。


「し、信司くん……」

 霧生は魁地とのリンクが解除され、意識を取り戻した。そこには、独りでチーパーと戦う信司がいる。

「信司くん、あぶないっ!」


 信司の左腕に激痛が走った。それは過去レコードを一気に突破し、耳に入った霧生の声を一瞬で掻き消すほどの衝撃。シャツは破れ、瞬く間に赤く染まっていく。


「てめぇ、ぶっ殺してやる」男は赤く染まったレンチを片手に、なおもそれを信司に向かって振り回す。

 そして、再び信司を駆け巡る激痛。金属と肉がぶつかり合う鈍い音が何度も鳴り響く。

「あぐっ……くそっ」


 このままでは、信司くんが……何か、ロープを切るものは?

 霧生は周囲を見渡す。すると、そこに突飛ばされた信司が倒れこんできた。

「信司くんっ、大丈夫ですか?!」

「僕は、平気。それより、これ」


 信司は真っ赤に濡れた手で割れたガラス片を握っている。彼は、チーパーを背にして霧生の右手のロープに擦り付ける。鋭い切片はビニール製のロープの繊維を瞬く間に切断していく。

「よしっ、つぎはこっちの――ぐはぁ!」突然、信司が霧生の視界から消えた。


 彼女の目の前には、彼を蹴飛ばしたチーパーがレンチをパンパンと叩きながら近づいてくる。

「このガキ、ちょろまか動きやがって。そいつ殺したら、次はてめぇだ。いや、すぐには殺さねぇ。返すもん返してもらってからだ」

 男は鼻血を手で擦りながら霧生を睨んでいる。


 霧生は後ろに飛ばされた信司を見た。彼はズタボロになりながらも、まだ立ち上がろうとしている。

「さ……砂菜さんは、僕が、守る」


 信司はよろめきながら、霧生の横に立つ。すると、彼女は彼に微笑みかけた。

「砂菜……さん」

 それは、信司も初めて見る彼女の美しい笑顔だった。


「信司くん、私もあなたを守ります。私たちは、チームですから」

 霧生はそう言うと、ロープの外れた右手で男の足に触れた。



◆◇◆◇◆◇


――新宿区 街路――


 カンカンカン……。


 電車は線路式から電磁力モーターの浮遊式に移行した現代。だが、その音だけは昭和から平成を経て今に至るまで変わらない。確かに、それは頭蓋骨を通り抜けて頭の中にずうずうしく練り入る力強さと程よい不快感を持ち合わせている。

 この音には、ごく無意識の内に催眠的に足をすくませる力があると、魁地は耳にしながら実感した。


 ――踏み切り。


 彼はその音を聞くと、足を止めた。

 時間がない。おそらくエンバッシュはすぐ後ろに迫っているだろう。


 目の前を通過する電車。

 魁地は線路の前でそれを見送る。過ぎ去る車両に合わせて首を振り、横目で背後を確認すると、そこには既にエンバッシュの姿があった。


「やぁやぁ多綱くん。ベリーグッド……とは言えないねぇ。バッドだよ。いきなり逃げるとは君らしくない。もう少し楽しめると思っていたのに」

「一々うっせぇんだよ。てめぇ本当にザルバンかよ。もう少し楽しめる? もうお遊戯の時間は終わりだ。早く家に帰って寝な」

「面白い。君という男は実に面白い。だが、そういうわけにはいかない。俺は君と言う存在をこのまま残しておくわけにはいかないのだよ。またアーティファクトのシステムデータに大きな干渉ノイズを与えられては困るんだ」


 ――干渉ノイズ?

 ――また?

 魁地はエンバッシュの言葉が理解できなかった。



「はっ? 何言ってんだよ。意味わかんねぇよ」

「なんだ。君は自覚が無いのか。……まぁ、とくに伝えたところで支障はないだろう。そもそも発端は五年前の八月十五日だ」


 魁地は絶句した。

 それは忘れようにも決して忘れることの出来ない日付。彼の両親が事故で死亡した日だ。背筋に氷が這うような寒気が、彼を襲う。


「その日に、何が?」

「その日、このアーティファクトにおいて極度の時空歪が発生した。その干渉波はザルバンの上位次元にも到達した。ずっと原因は不明だったが、ようやく最近になって発信源が掴めた。つまり、君だ」


 魁地は困惑した。彼自身、その時のことはほとんど覚えていない。いや、忘れようと努力した結果、インパクトのある像だけがこびりつき、記憶が曖昧になっていた。


「なんでだよ。俺、そんなの知らねぇよ」

「我々も完全には理解できていないが、その原因は君の能力に起因するようだ」


 エンバッシュはミュージカルのように両手を振り回し、魁地に言う。


「君は何らかの能力を使い、アーティファクトのシステムに大きな負荷をかけた。それが何かは未だに不明だが、時間パラメータにわずかなギャップが生じたことは判明している。そしてその結果、強大な干渉ノイズが発生した。その一部は我々の上位次元にまで届いたほど、前代未聞の大規模な異常だ。そして、その中心にいたのが君だ」

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