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二一 犠牲

挿絵(By みてみん)

**********



 二一 犠牲



 形容は難しい。間近に見るそれは、ひどく有機的で生き物臭いアンバランスな有様にも関わらず、無機質で金属的な鋭利さを湛えている。そう、まるでエイの乾物が鋭く砥がれた刀のような――いや、もっと分からなくなりそうだ。とにかく、そのエッジに反射する尖った光が、触れたものを容易く切り裂くであろうことは魁地にも充分理解できた。


 そして今それが、自分目掛けて突き出され、眼前に迫っている。

 ――顔面とはえげつない。それが達すれば、俺は間違いなく終わりだ。

 そう思った魁地は思わず全身に力が入る。そして彼は、エンバッシュの胴に絡めた両腿を、より一層強く絞った。


『今です!』

 それが、霧生の合図。


 やっと来た。これを待ってたぜ!


「なにっ?!」

 ギュイィィンとエンバッシュの耳元で鳴り響く甲高い機械音。


 魁地は、打ち損じと見せかけて放ったままのラリアットハンドを勢いよく引き戻す。ワイヤーが悲鳴のような摩擦音を発し、両手とも最高速で巻き戻っていく。

 すると次の瞬間、彼らの体が離陸したジェットのように中空を舞った。魁地のラリアットハンドは対角のビルの柵をがっしりと握り締めており、必然的に魁地と彼の両足で固定されたエンバッシュの体がそこに向かって引き寄せられていく。


 ワイヤーが見る間に魁地の腕に吸われ、彼の手が腕に到達するとき、「がはぁっ!!!」という悲鳴が辺りに響いた。


 ――それは、斜めに突き出た防犯用の忍び返し。

 エンバッシュの胴体は柵に設置された何本もの槍で串刺しになった。彼は、まるでスピアで捕獲された魚のように、その体をビクつかせる。

「な、なんだと……?!」


「ざまぁ~! やったぜ。霧生、さすがだな!」

 魁地は柵に張り付いたエンバッシュから距離をとる。反り返って痙攣するエンバッシュの体からは、真っ赤な液体が止めどなく噴き出している。見た目には人間の血と変わらず、それゆえ、この様はえげつないの一言に尽きる。


「霧生。作戦成功だ!」

 わずかばかりの沈黙。魁地の視界の中では、霧生が操作するターゲットマークがそこかしこに動き、様々なテキストや数値がウィンドー内を飛び交っている。どうやら、エンバッシュの状態を分析しているようだ。


『……駄目です、多綱くん。エンバッシュの動力は奪えなかったようです』

 エンバッシュの体がしなやかに海老反る。

 そして、その体はゴムのように勢いよく戻り、その反動で中空に飛び出して忍び返しから離脱した。


「マジっ?! どんだけしぶといんだよ!」


 エンバッシュの体は空中で一回転すると、ベチャリと音を立て、魁地の目の前に着地した。

「ゴブォッゴブォッ……ぐぐ、いやぁ、まいったねぇ。いてぇ、マジ痛いよ、これ。やるじゃないか多綱くん。グッド、ベリーグッドだよ。俺は君を少し見くびっていたようだ。まだまだ楽しめそうだね。ゴフッ」

 エンバッシュの体からジョウロのように噴き出していた液体が、突然コックを閉めたように止まっていく。


「なんだよ、こいつ。不死身かよ……ちくしょう。霧生、他に作戦ねぇのか?」

『……ありません。とにかく、やるしかないです』

 エンバッシュの両腕が三脚のように割れて鋭い爪に変わる。霧生は魁地の体をフルモードセットで備えた。



◆◇◆◇◆◇


 ――プロメテウス――


「あいつら何だったんだよ、ちきしょう。それよりもドラッグだ。まだ残っているかもしんねぇ。今のうちに侵入するぞ」

 スキンヘッドが、入り口に垂れ下がる黄色と黒のテープを踏みつけ、階段を下りる。

「あれっ? 開いてんぞ」


 彼らは店内に隠された裏商品のドラッグを求め、半開きの扉を蹴り開けて内部に進入する。そると、店内の棚がいくつも倒れており、騒然とした空気を撒き散らしている。


「おいおい、何が起きたんだ? まぁいい。いつもファラオがブツ出してきてたのは、確かあの奥だよな」


 スキンヘッドたちは恐る恐る奥へと移動する。すると、物陰に座り込む人影を見た。

「ひっ、誰かいんぞ?!」


 彼らはすかさず身を隠すが、人影は微動だにしない。スキンヘッドがゆっくりと頭を出し、慎重に覗き見る。見覚えのある青髪に高校の制服。そして頭に着けた妙な装置。そこにはルーナーを装着したまま眠るようにもたれかかる霧生の姿があった。


「こいつ、さっきの女じゃねぇかよ……なんか頭に変なもん着けてっけど。動かねぇぞ……気ぃ失ってんのか?」

 スキンヘッドがゆっくりと霧生に近付き、艶やかな髪に触れる。彼女は目を瞑ったまま微動だにすることなく、ただ息をしているだけの人形のように見えた。今度は少し肩を揺らしてみるが、彼女はやはり動かない。


「お、おい。大丈夫かよ? もうさっきみたいなのは嫌だぜ」

 他の男たちが心配そうにスキンヘッドを見つめている。


「ヒヒ……ヒッヒヒ。こ、こいつはイイぜ。まるでダッチワイフだ。さっきは一体何が起きたのか分かんなかったけどよ。この女には恨みがある。そこに落ちてるロープ持って来いよ」


 スキンヘッドは青く腫れ上がった頬を撫でながら霧生の両手足を拘束すると、彼女を乱暴に押し倒した。それでも霧生は目を覚ますことなく眠り続けている。彼は霧生に顔を近付け、まだ意識がないことを確認する。そして蛇のような舌で彼女の頬をベロリと舐めた。白く透明感のあるその肌に、泡立った唾液が糸を引いて絡みつく。

「たまんねぇぜ」



◆◇◆◇◆◇


 ――新宿 街路――


「ぐっほぁー!」


 エンバッシュの蹴りが魁地の脇腹を捉える。攻撃を喰らったのは、フォールディングブレードでガードしようとしたときに、体が急にノーマル状態に戻ってしまったのが原因だ。


「ごほっごほっ……なんで戻ったんだ? き、霧生。どうしたんだよ?!」

『す、すみません。もう一度バトルモードを再起動します……』


 霧生はそのとき、自分の身に起きていることを理解していた。魁地がエンバッシュとの距離をとっている隙に少し視界のポートを戻すと、目の前にはスキンヘッドが迫り、その手がシャツにかかるのが分かった。

 こんなときに……。早く、エンバッシュを片付けないと――。


「大丈夫か、霧生。何があった?」

『いえ……なんでもないです。多綱くんは戦いに集中してください』


 魁地のバトルモードAIが復帰する。

「よっしゃ、今度こそ頼むぜ、霧生!」

『多綱くん、時間がないので一気に決めま……うっ』

 霧生の胸に嫌な感覚が伝わる。ほとんどのポートをオペアで占有しているため、はっきりとした感覚ではないが、スキンヘッドが自分の体にしていることの想像はつく。



◆◇◆◇◆◇


 ――プロメテウス――


 弾け飛ぶシャツのボタン。スキンヘッドは霧生のシャツを両手で一気に引き剥がした。

 汗ばむ霧生の体。しっとりとした肌が、彼女を撫でるスキンヘッドの手に吸い付き、ほどよい弾力を伝える。そして露になった小振りな湾曲を包み込むシンプルなデザインの布地。


「たまんねぇな、こりゃ」


 起伏がある方ではないが、美しく張りのある白く透明な肌に、両手で囲えそうな細いウェスト。撫でるように触れると、そこに内包された程よい腹筋がゴムのように反発する。その筋肉が生み出す縦に割れた美しいへそのライン。そしてそこに流れる一筋の汗が、スキンヘッドの肉欲を下半身から脳髄へと突き上げる。


 スキンヘッドは霧生のへそに唾液で濡れた舌を舐め入れる。

 すると、彼女の体が一瞬ピクリと動くのがその舌先に伝わった。二股に裂けた舌先が霧生のへその中で一つに纏まり、まるでそれが独立した一匹の生き物のように激しくうねる。

 そして、流れる汗を唾液に絡めて舐め取っていく。


「ふひひっ、うめぇ、うめぇよ。こんな綺麗な女は初めてだぜ」



◆◇◆◇◆◇


 ――新宿 街路――


「くそっ!」

 魁地はバトルモードオペアの動きにも慣れ、徐々にエンバッシュの攻勢を抑え始めた。しかし、霧生との息が合わず、ここぞと言うところでクリティカルなダメージを与えられない。


「霧生、クロスを引けない。ポートが閉じてる」

『ごめんなさい。すぐに、ちょっと……トラブルが』


 魁地は再度セットされたバレットクロスを引くと、立ち上がろうとするエンバッシュに金属球を打ち込む。

 ――何かおかしい。明らかに霧生の集中力が切れている。きっと彼女本体に何かが起きている。


「霧生……くそっ、逃げるぞ!」

 魁地はラリアットハンドを放ってフェイントをかまし、引き戻すワイヤーをエンバッシュの足にかけて掬い上げる。ダメージは与えられないが、その一瞬の隙を見て魁地はビルの影に退避している信司の所に駆け寄った。


「信司! プロメテウスだ。霧生が危ない、何とか頼む!」

「砂菜さんが?! わ、分かりました!!」


 魁地はその場を走り去る。信司はエンバッシュが魁地を追って姿を消したのを確認すると、プロメテウスに向かって全力で駆け出した。


『多綱くん、どうして?!』

「うるせぇ、おまえの身に何か起きてんだろ。そっちの方が優先だ!」

『ダメです。任務が優先です!』

「だまってろよ。俺はまだ新人なんだからそれくらい許せ。まずはアイツを遠ざける! 頼むから協力してくれ」


 魁地はスタグレッグの超人的なジャンプでビルを窓伝いに駆け上がり、ラリアットハンドを駆使しながら屋上を目指して上がる。中空を飛びつつ下を見ると、エンバッシュもまた強靭な運動能力を駆使して魁地を追いかけてくる。


「よっしゃ、あと少し……」プツンッ……。


 魁地が屋上の柵に向かって最後のラリアットハンドを打ち込もうとしたとき、突然オペアのバトルモードがキャンセルされた。手足がノーマル状態に戻り、魁地はバランスを崩す。どこにも掴まれる所がない。体の全ては重力に委ねられ、真っ逆さまに落下する。

「ぬあぁっ?! マジかよ!!」



◆◇◆◇◆◇


 ――プロメテウス――


 スキンヘッドが霧生のへそを指でなぞると、彼女の体がビクリと反射的に仰け反った。

 流入する強烈な感覚がノイズとなり、彼女はナーブハックを正常にコントロールできない。そして魁地とのリンクがキャンセルされ、彼女の五感が引き戻された。

 これまで紗が掛かっていたその彼女の感覚がリアルを伴い、突如として倍増された。


「う、ああ……っん」思わず、声が漏れ出した。


 それは魁地のときに感じた快感に似てはいるが、それとは完全に逆行する強烈な不快感でしかない。このままでは魁地が危険だと、霧生は再度体の感覚を断ち切って魁地へとリンクする。


「おっ、ほほっ。なんだこいつ。今、声出したぞ……でもまた動かなくなっちった。こいつ、本当は誘ってんのか?」

 男が舌をベロベロと出し入れする。滴るヨダレが霧生の顎先に垂れ、首筋に流れ落ちる。

 彼はうねる舌で指を湿らせると、霧生の胸に手を伸ばした。


「うへへ……いいかお前ら、見てろよ」

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