二十 接触
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二十 接触
魁地はテープの隙間を潜り、地下への階段を下りる。霧生と信司もそれに続く。そして、突き当たりに現れた『輸入雑貨プロメテウス』と書かれた扉を開き、室内へと潜入した。
暗闇に包まれた店内。魁地は入り口のスイッチを押す。すると、天井灯が空中に舞う埃の輝きと共に店内の異様な造形物を照らし出す。奇妙な人形や意味不明な石の置物、そして謎の骨や乾物……どこの国で仕入れたとも分からない魔術的なグッズが所狭しと並んでいる。
魁地らは狭い通路を通って奥へと歩く。すると一番奥の床にヒト型のテープが貼られていた。霧生が端末を起動し、情報を出力する。
「被害者は一名、ファラオと呼ばれているこの店の店長で三十台前半の男性。被害者は心臓を抉り取られて即死していました。周囲に争った形跡がないため、犯行は一瞬で終わったものと考えられます」
魁地は周囲の棚を見回す。通路の両脇の棚はどの陳列物も無傷で整然と並んでいる。素人の彼でも、床のヒト型が一瞬で作られたのだと分かる。
「そして、目撃者が一名。名前は自称クレオパトラ、被害者の愛人、とは言え男性です。彼はドラッグを所持していたため警察によって現行犯逮捕。証言は支離滅裂で信憑性なしとして処理されています」
「そいつは一体何て言ったんだ?」
「見慣れない客が来て、最近入荷された『石人の心臓』を見たいと言ったそうです。店長が彼にそれを渡すと、突然彼の手が鋭い爪に変化し、一瞬で彼の心臓を掴み取った。と……」
霧生がそう言って手のひらを魁地に向け、爪を立てるように指を曲げてみせた。本人はその気はないだろうが、その様子が猫真似のようで、魁地は彼女に、妙な可愛らしさを感じた。横を見ると、真司も頬を赤くし、満更でもないようだ。
「た、確かに、そいつは普通じゃ信じられねぇな。ところで、石人の心臓ってなぁ、いったい何なんだ?」
「おそらく石人山古墳にあった武人石像の心臓だと思われます。その石像は心臓部に磁気異常があり、世間ではオーパーツと言われていましたが、実は古代ウェアに使われていた通信モジュールが埋め込まれていました。古代ウェアは個別の論理で設計され、スタンドアロンで実行されていました。そのため、プログラムの修正やコマンドの授受にその通信モジュールを使っていたと考えられます。長く、バグズでも所在を追っていたのですが、ここにあったとは……古代ウェアのツールが奪われたということは、ひょっとしたら高山の事件に繋がるかもしれません」
「ひょっとして、そいつが例のなんたらクマだったりしねぇのか?」
「いえ、草野原さんの証言と特徴が一致していません。しかし、何らかのアビリティーを持っているのは事実のようです。バグ保有者か、もしくはザルバンが転送したアバターという可能性もあります」
アバター……そんな語録は聞いたことがない。霧生の講義中に寝ていた箇所を除けば。
「なんだそれ。初耳だぞ」
「アバターは、ザルバンがアーティファクトに入るときに使用する転送用のプログラムオブジェクトです。レジルさんもアバターです。こちらではあのようなお姿ですが、向こうの次元では大層な美人らしいですよ」
「レ、レジルが?! ……いやいや、俺は騙されんぞ」
その時、突然入り口の扉が開いた。
「動くな!」
声に驚き、魁地は咄嗟に振り向いた。そこにには銃を構えたスーツの男が立っている。
「お前たち、そこで何をしている! 私は警視庁の統括警部補だ。ここは立ち入り禁止のはずだぞ」
こいつは、面倒なことになった。
バグ絡みの事件に一般人が関わるとややこしいことになりそうだ。
「ここは一つ、俺に任せろや」魁地は霧生に目配せするが、「大丈夫ですか?」と彼女は疑いの目を満開にする。
魁地は頭を掻きながら、両手を挙げて男に近付いた。
「警部補さん、ごめんなさい。ちょっと探検ごっこしてたんすよ」
霧生の溜息が、魁地の背中に浴びせられた。
「おい、それ以上動くな! 動くと打つぞ!!」
警部補はまだ若く、二十歳代と見られる。おそらくキャリア組みで大した実戦経験もないまま早々に警部補のポジションに就いたのだろう。色白の肌に痩せた容姿を見る限り、明らかに現場ではなくデスク向きだ。銃を持つ手が震えている。
魁地は彼が可愛そうに思えてきた。
――と、その時、魁地の背後に信司が近付いてきた。焦った魁地は小さな声で彼に言った。
「信司、なんだよ。ここは俺に任せ――」魁地の言葉に、信司が被せる。
「多綱さん。アイツを攻撃してください。躊躇なく思い切り。なんなら殺しても構いません」
魁地は信司の言葉を理解できなかった。
「えっ? な、なんて?」
男を睨みつけ見開いた信司の眼は、それが決してふざけて言っているのではないと魁地に伝えるのに充分な力を持っている。
「多綱さん、僕を信じてください。早く」
「くっ……」魁地は葛藤した。しかし、彼の中で回ったルーレットの答えは何度やっても同じだった。信司を、信じるしかない。
「よっしゃぁ!」魁地は最大筋力で男の間合いに飛び込み、拳を繰り出した。一般人なら反応さえできないスピード。しかし、その男はその目で魁地を追っている。次の瞬間、魁地の拳の軌道を遮るように振り被った男の手がパクリと開き、大きな爪が出現した。
何だこりゃ?! と、それは魁地の予知が生み出した一秒後の脳内映像。
魁地は予め知り得た爪の軌道を避けて拳を突き出し、顔面にぶち込む。
「どりゃぁ~!」
拳に伝わる脆弱な粉砕音とジューシーな血肉の感触――その男は顎が砕け、体を一回転させてぶっ飛んだ。
「なんなんだ?! アイツは!!」
「アイツから感じるものはレジルさんにとても近い。つまり、ザルバンのアバターだと思います。おそらく、アングラの一味でしょう。アバターに対しては、今のダメージでは致命傷にはなりません。すぐに立ち上がりますよ」
「くそっ、なんなんだよ。もういっちょ!」
男は飛び跳ねるようにして起き上がり、その勢いで一気に間合いを詰めると、魁地の腕を掴み上げた。そのスピードはあまりに早く、魁地の予知も追いつかない。
「なっ、く、くそっ。なんて力だ!」
さらに、男の腕力は今の魁地でさえも歯が立たず、いくら力んでも掴まれた腕を離すことができない。
「多綱くん、リンクします!」
眼鏡を外した霧生がポケットからルーナーを取り出し、それを頭に装着した。そして倒れた棚の影に座り、深く息を吸い込んで目を瞑る。
「は、早くたのむ!」
魁地の視界にレティクルや補助目盛り線が浮かび上がり、霧生のリンクIDが表示される。そして彼女の声が脳内に響いた。
『右手のフォールディングブレードで応戦してください!』
掴まれていた魁地の右腕が裂け、ブレードが半円を描くように出現する。その刃先がアバターの首筋に到達し、慌てた彼は掴んでいた魁地の腕を払い除ける。魁地は間髪入れずブレードを振り抜く。しかし、男の俊敏な動きに、その刃は光の残像を中空に残すに留まった。
「くそっ、すばしっこい奴だ」
「遅い遅い遅ぉい! さぁ、来いよ。ほらほら、逃げられちゃうぞ!」
男はそう叫びながら突然入り口へと走り出し、扉を突き破った。魁地もそれを追おうと走り出す。
『多綱くん、気をつけてください。私は自分の体を動かせません』
「ああ、任せな。でも離れたらリンクは切れないの?」
『私のアクセス範囲は半径三百メートル程度。それを越えないでください。アクセス強度は視界の右上に表示されているはずです』
「これか。おっけぇ、わかった」
魁地の足が変形し、クランク状のスタグレッグに変わる。彼は店を跳ね出て男を追った。階段を一気に跳び上がると入り口のテープを突き破り、地上へと飛び出す。
「?! いない!」
左右に視線を振るが、周囲には何もない。だが、突然声だけが響いた。
「あまいぞっ!!」
『上です!』
魁地は咄嗟に見上げると、上から落下してきた男が勢いをつけて爪を突き出す。魁地は辛うじてそれを避けるが、彼は次々に爪を繰り出し攻撃を止めようとしない。
『バレットクロスを発動します』
「えっ?」魁地の左腕が手首を中点にして両脇に開き、まるで小さなクロスボーのように変化した。前腕を縦に走る引き金には人工筋繊維が張り巡らされ、まるで指を動かすかのように引くことができる。
『それで、前腕内に予め仕込んである金属片を発射できます。銃身を目標に定めてください』
魁地は右手で男の爪をガードすると、バレットクロスを脇腹に突き当て、引き金を一気に開放する。すると銃口から金属球が打ち出され、破裂音と共にその肉を大きく抉った。アバターは腹に受けた衝撃で十メートル程空中を舞って地面に落ちた。
「よっしゃ! やったぜ、霧生!」
「多綱さん、大丈夫ですか?」離れて様子を見ていた信司が駆けつけた。
『……まだです。多綱くん』
「信司、まだここは危険だ。霧生、どうすればいいんだよ」
すると、男はまるでゾンビ映画の死人のようにゆらりと起き上がった。
その脇腹には大きな穴が開いており、機械のような部品が露出している。そして砕かれた顎がぶらりとぶら下がり、赤い血のような液体が垂れ落ちている。
パチッパチッパチ……。男は突然拍手をし始めた。魁地はその意図がつかめず、信司と共に身構える。
二つに分かれた顎の傷口からミミズのような触手がいくつも伸び、絡み合うと、その顎は見る見る元の形状に戻っていく。
「はっはっは、さすが多綱くんだねぇ~。ベリーグッドだよ。ここまでされると、さすがに俺だって相当な痛みがあるんだぜ。ちょっと意識失いかけたよ。いやはやすごい能力だ。いや、ひどいバグと言った方が正解か」
魁地は身震いした。男の口から自分の名が出るとは思ってもいなかった。
「……な、なんで俺の名前を知っているんだよ?」
「まず、その前に、俺の自己紹介をしておこう。すでに正体はばれているようだしね。アングラの『エンバッシュ』だ、宜しく。俺のミッションはご存知のとおりバグズの抹殺。特に多綱くん、君が最優先だ」
「うっせぇ。てめぇの事なんて知ったことかよ」
「君はなかなか無礼な奴だな。日本人は礼節を弁えるというのが俺の得ていた情報だったがねぇ。まぁしかし、ベリーグッドだよ。さすが規格外の男だ。マルチバグってのは伊達じゃないようだね」
「ふん、バグズと言い、てめぇと言い、俺の知らねぇところでみんなして勝手に調べやがって。プライバシーの侵害ってもんだろうが……霧生、アイツどうやったら倒せるんだ?」
『エンバッシュの胸辺りを見てください』
魁地は霧生の言う通りに焦点を合わせた。すると視界に重なるモニター表示がサーモグラフィーの色彩映像に変化した。そこに映るエンバッシュの体は黄色や青色の部分が多いが、胸の中心付近は局所的に赤い部分が目立つ。
「どういうことだ?」
『アバターやバスターウェアの動力源は体内に内蔵された微小恒星です。拳大の外殻の中に強力な重力場が形成されていて、そこに作られた数マイクロメートル程度の恒星が常に核融合を繰り返してエネルギーを生み出しています。胸辺りにある強い赤です。それを引き剥がすか、破壊してください』
「よしきた。信司、お前は隠れてろ!」
魁地が踏み込むと二階以上の高さまで浮き上がり、そこからバレットクロスを連射した。エンバッシュはその軌道を読み、回転しながら避ける。
『むやみに打っては埒があきません。ラリアットハンドでアイツを誘導します。私の指示に従ってください』
魁地はエンバッシュの後ろを追うようにバレットクロスを打つ。エンバッシュが流れを先読みして軌道を変えた瞬間、霧生が魁地の右手首を放った。
「あまいっ!」
エンバッシュは放たれたラリアットハンドを爪で弾き飛ばした。
一気に間合いを詰めるエンバッシュ。彼は、勢いに乗せて後ろ回し蹴りを繰り出す。魁地は咄嗟にそれをガードするが、衝撃で体ごと弾かれ、背面の壁に叩き付けられた。
逃げ場を失った魁地は咄嗟に左手のラリアットハンドを飛ばす。しかし、エンバッシュはそれもまたひらりと避け、間合いを許した魁地の首に、右手の巨大な爪を突きつけた。
壁と爪に挟まれた魁地はピンで止められた虫のように身動きが取れない。
「バッドだよ、多綱くん。君は戦いに関しては素人だね。久しぶりに誕生したマルチバグだと聞いて期待したが、とても残念だよ」
柔らかな自前の首筋にゆっくりとめり込む鋭利な爪。そこから一筋の赤い血が流れ落ちるのを魁地は感じた。
突然エンバッシュの爪が変化して元の腕に戻った。彼はその手で魁地の首を鷲掴みにして握り締めた。
「うっ、ぐぅあぁぁぁ」
息ができない。魁地は声を出そうとするがヒューヒューと空気が移動するだけだ。
「ハハハ、どうだい。苦しいか? 人間なんて脆い存在だよ」
魁地は飛びそうな意識を必死で繋ぎ止め、両足をエンバッシュの胴体に絡みつける。思い切り両腿を締め付けるが、エンバッシュは平然としている。
「君もうざったい奴だね。さて、死んでもらおう」
エンバッシュの左腕が縦に割れ、再び巨大な爪に変態する。彼は魁地の首を右手で握り絞めたまま、その爪を顔面目掛けて突き出した。




