十六 発動
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十六 発動
山田は百キロ以上はある分厚い筋肉に包まれたその強靭な肉体を、まるでサーカスのワイヤーアクションのように軽々と空気中に浮遊させる。
彼は大きく吹き抜けになっている管制室の天井までくるくる回転しながら飛んでいった。そして鉄骨に足を絡ませてコウモリのようにぶら下がる。そこまでは十メートル程度の高さがあり、今の脚力では到底届かない。
「くそっ、なんて反則的な奴だ!?」
「はははっ、びびってんじゃねぇぞ! さっきのお礼はきっちりさせてもらうからな!」
山田が突然回転しながら自由落下してきた。
魁地は落下する山田の軌道を予測し、拳がミートするようタイミングを合わせて腕に力を入れる。すると彼の頭に一秒後の予知が映し出された。だが、そこには山田の像がない。魁地は慌てて拳を突き出した。
「ぐっふぇ~!」そのとき、叫び声を上げたのは魁地の方だった。
「あまいぜ!」
山田は自由落下からさらに速度を上げて降下し、魁地の予知も追いつかないスピードで彼の目の前まで飛び込んできた。そして振り抜いた山田の蹴りが魁地の顔面を捉えたのだ。
魁地は重力プラスアルファが合算された蹴りの威力に耐えられず、気付いたときには身体ごと弾き飛ばされていた。
「うぐぅあぁぁ……」鈍い音を響かせ、魁地の体がまるで人形のように床に落ちる。
魁地の視界が歪み、意識がもうろうとする。視野が急激に狭まり、彼は今にも気を失いそうだ。
「きゃぁ~、魁地、大丈夫?!」
「多綱くん、大丈夫ですか?」
彼女等の声は彼の心に藁を差し出す。魁地は掴み取った二人の声を必死で握り締め、潮流に飲まれそうな意識を辛うじて取り戻した。彼は鈍る意識の中で霧生が自分の体を抱きしめ、支えていることに気付く。ついでに、後ろでは真理望がそれを剥がそうと躍起になっているのも見える。
霧生は魁地が頭を地面に強打しないよう、その細い腕で彼の体を受け止めていた。
「霧生……す、すまん。なんか、アイツやばいな。ははっ」
「おいおい、もう仕舞か? 何が救世主だ。霧生、そいつはお前が思ってるほど大したことはないぜ」
魁地は抱かれた胸の中から彼女を見つめた。その表情はいつもの霧生と言えば霧生だが、目が少し違っている。溢れ出しそうな涙を湛えたその目は刺々しい光を反射している。
魁地は山田を見る彼女の目に悲しみの入り混じったような殺気の類を感じた。
「しょうがありませんね……多綱くん。まだ時期尚早かもしれませんが、オペアの戦闘モードを発動します。私の指示に従ってください」
戦闘モード――魁地はまだその実態を理解できていない。
結浜や夢か何かの霧生が以前に言っていたアレ。
彼はよく分からなかったが、これまで見たことのない殺気染みた霧生の雰囲気に飲まれて、「あ、ああ」と言う他なかった。
霧生は眼鏡を外して制服の胸ポケットに入れる。
相変わらず半開きのその目。だが、レンズを通さないで見るその目は、普段よりも輪郭がはっきりとし、つんと尖った目尻に妙な力強さを感じた。
霧生はルーナーを開いて頭に装着した。耳当て部分のパネルスイッチに触れると、そこから出力された半円形のホログラムグラスが目の周りを取り囲み、ウェアラブル端末型のゴーグルに変移した。
デジャブだろうか――初めて見るはずなのに、魁地はその光景に見覚えがある。が、今は記憶を辿る余裕などない。
次々と流れ落ちるコードの滝を経て、『起動』の文字が浮かび上がる。霧生の眼前に出現したホログラムモニターにはいくつかのウィンドーボックスが展開され、様々な図形や数値が出力される。
彼女は視界の中空に浮かぶウィンドーに手をかざして、『Access Point』のタブをアクティブ化した。
「オペアのAIにリンクします」
「えっ、どゆこと? 何やってんの?」
「このルーナーはオペアのAIにリンクするためのグラス型センスシェアユニットです」
「そう言えば前にも聞いた気がする。どこでだっけかな――」
「それは考えなくてもいいです……今は目の前のことに集中してください」
「あ、ああ……ええっ?!」
突然、魁地の視界にライフルスコープのレティクルのような十字線や枠線が浮かび上がった。そして、そこには視野の消失点と焦点位置に対する遠近距離、地面との位置関係を示すパース線などの補助線やいくつかの文字列が並ぶ。
「ななな、なんだ、こりゃ?!」
「オペアの戦闘モードAIを起動しました。私が憑依で多綱くんのブレインプロセッサーにリンクすることで、多綱くんだけでは賄い切れない武装器の入出力ポートをフル稼働させることができます」
「何のことだよ!」
これは予知能力者の彼も予想していなかった。魁地は自分の身に起きていることに頭が着いて行けず、今にも涙が毀れそうだ。
「どどど、どうしたらイイ?」
「とにかく、私の指示に従ってください」
魁地の視界の右下に『Link ID:S-Kiryu』の文字列が出力され、それが緑から赤色に変化した。そして、直後、直接頭に流れ込んだような声が、魁地の脳内に響き渡る。
『リンクに成功しました。以降は直接脳内で会話できます』
魁地は驚いて辺りを見渡す。すると横にいる霧生が発した「聞こえていますか?」の声がまるで頭に埋め込まれた電話のように彼の脳内に響く。
「これ、霧生の声なの?」
『はい、これで私たちは離れていても会話できます。ここからがオペアの真髄です。山田くんに焦点を合わせてください、早く』
「あ、ああ」
魁地はとにかく霧生の指示に従うことにした。彼が十メートル程先に立っている山田を見ると、彼の輪郭がトレースされて赤色の光線で縁取られ、点滅した。
『フォールディングブレード、発動』
突然、魁地の右腕の前腕が縦に裂け、まるで竹割のように開いた。
「ぎょあぁぁ~! 俺の腕が裂けたぁ!」
だが、血が出ることはなかった。内部は金属や鉱物のような骨格や、幾つもの筋繊維が走っており、そこから銃身のようなものや折りたたみナイフのような刃が機械的な動作でガチャリと出現した。ナイフはまるでカマキリのような鎌状のブレードで、二枚が並列に並んでいる。
『スタグレッグ、セット』
今度は魁地の足が割れる。そして脛の骨がクランク型に屈折し、鹿の足のようなジャンピングホッパー構造に変形した。見た目は骨やそれを繋ぐ筋肉に相当する有機繊維体が剥き出しになって、機械的とも生物的とも言えない有機的な形状を示している。
「きゃぁーーー! 魁地の体がぁ! ……きゃふん」
ガチャガチャと変形していく衝撃的な魁地の体を目の当たりにし、真理望が意識を失った。
「真理望、大丈夫かよ……それにしても、何なんだ? 俺の腕と足が……」
『多綱くん、すばやく間合いを詰めて、そのブレードで山田くんを攻撃してください。おそらく彼は飛んで避けるので、それを追って彼の足を掴むのです。予知を併用すれば、できるはずです』
「わ、わかった――」
魁地は慣れない足の形状に戸惑いながら、クラウチングスタートの要領で踏ん張ってダッシュを掛けた。すると脚が強力なバネのように弾かれ、たった一歩で山田の目の前まで移動した。魁地は早過ぎて焦りながらも、タイミングを合わせて右手のブレードを振り抜いた。
「ちっ、化け物め!」
山田が猛スピードで中空に浮き上がってブレードをかわし、天井付近まで上昇する。
『追いかけて、跳んでください!』霧生の声が魁地の頭に響く。
魁地は床を蹴って軌道を変え、真上にジャンプした。すると胃を揺さぶるようなGを感じた直後、視界は一気に天井まで達し、目の前に驚いて硬直した山田の姿を捉えた。魁地はすかさず、山田の足目掛けて左手を突き出す。
「くそっ! させるかよ!!」
山田は瞬間的に体を反転させてそれをかわし、天井伝いに飛んで一気に距離をとる。
「くっそぉ! 霧生、アイツ早過ぎて予知が追いつかない。捕まえらんないよ」
『多綱くん、左手を山田くんに向けて出して』
「ああ」と彼は一切の疑問を捨て、山田に向けて左手を突き出す。すると視界の中にレティクルの照準が出現し、山田の足をロックした。次の瞬間、魁地の視界からその手が一瞬で遠ざかり、山田の足に達した。
魁地は何が起こったのか理解できなかったが、彼の手には何故か十メートル以上離れている山田の足を握る感触が伝わっている。
「な、なんだこりゃ?!」
魁地の手は、まるで往年のロボット系必殺技ロケットパンチのように手首から離れ、飛び出して行った。それは細く強固なワイヤーのようなもので繋がっている。
次に、そのワイヤーが腕の中に引き込まれていく。必然的に山田を引っ張り込むことになるが、彼はそれに引かれまいと、天井の鉄骨にしがみ付いている。すると、こんどは魁地が彼に向かって引かれて行く。
「おわぁ~!」と叫び声をあげる魁地の体は中空を滑るように移動し、天井に貼り付く山田との距離を一気に縮める。そしてワイヤーが完全に腕の中に収まるとその腕は元の形状に戻り、魁地が山田の足を握ってぶら下がる構図になった。
「よ、よっしゃ!」
「なんだ?! ちくしょう。っざぁけんな!!」
魁地の手を振り払おうと足をバタつかせる山田を無視し、魁地はブレードを天井に突き刺して体を固定する。そして左手を思い切り振り下ろして彼を地面に投げ落とした。
地面に衝突する瞬間、山田は浮遊能力で激突を避けた。
……が、上から落下してきた魁地が衝突し、山田は背中を強打した。呼吸が止まった彼は「ぐっふぇぇ」と、地面に伏してもがくしかない。
魁地は素早く起き上がり、息を切らしながらも山田の首元にフォールディングブレードの刃先を突きつける。
「ど、どうだ。参ったかよ」
「うっぐっ……くそっ、まだだ!」
山田はわずかに体を浮かせて横に回転させながら蹴りでブレードを弾き、独楽のように移動して距離をとる。
「ったく、しぶとい奴だなぁ……にしても、なんなんだ、俺の体は」
『それがオペアです。私がリンクすることで多綱くんは戦闘兵器になります』
「兵器……っと、おわわわ」
魁地の手足が元の形状に戻った。開いていた腕の継ぎ目は密着して目立たなくなった。魁地はその手をまじまじと見つめる。
「こいつは、やべぇ」
『……たしかに、やばいです。多綱くん左手で顎をガードして!』霧生の声が響いた。
「えっ?」魁地は反射的に左腕を引き上げる。その途端、何かが激甚な威力で腕に衝突した。彼は瞬間、腕に力を入れて反発しようとしたが衝撃は収まらない。彼はそのまま打ち抜かれて五メートル程吹き飛ばされ、コンクリートを砕く勢いで体を壁に強打した。
「げふっ!!!」
魁地は何が起こったかわからず、ただ呆然と前方を見つめた。脳が揺れて意識が飛びそうになり、彼の視界がくすむ。そしてそんな薄れた輪郭の中で、軽々と山田の巨体を持ち上げて放り投げる小さな人影が映る。にわかには信じがたいその光景だが、それは決して夢や幻ではないと、体中の痛みが魁地にそう教えてくれる。
「いてて、ちくしょ……なんだ? 何が起こったんだ?!」




