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序章

この作品は本サイトの既投稿作「箱庭の欠陥者達」の改稿版で、章立てと一部設定を変更してイラストを全描き直しし、枚数を大幅に増やしています。

※元作品から大きく章立変更しているため、新規投稿としています。前作をお読みになった方もイラスト追っていただくだけでもある程度楽しめるのではと思います。

表紙1

挿絵(By みてみん)


表紙2

挿絵(By みてみん)


**********


序章 挿絵1

挿絵(By みてみん)


序章 挿絵2

挿絵(By みてみん)

**********



 箱庭を知っているだろうか。

 好みの世界を縮小化して都合の良い論理をあてがい、利己的に形作られた造形物。それは時に生物さえも我執のままに矯正され、箱の中に押し込められる。そして主は、その箱を覗き見て、その全てを支配した優越感に浸る。

 『アーティファクト』と呼ばれるそれは、まさに、そんな箱庭に違わぬものだと、有限の夜空を見上げた彼は思う。そして、ハンガーに掛けられたボディースーツを手に取った。


「まぁいいや。世界が何にせよ、俺の居場所はこの中にしかねぇんだからよ」

 慣れた手つきでそれを着込んだ彼は、部屋の床に描かれたサークルの中央に立った。




序章



【カマドーマ】どやケーエーワン いくら神や言うても クラッシュジャブの連発は きくやろ!


【KA1】へぇ 高難度の技を しかも連発かますとは やるじゃん 


【カマドーマ】余裕みせて 相手褒めてる場合ちゃうで 次はリュウキの得意とする足技や


 対戦相手のカマドーマが、次々とコメントボードに減らず口をたたき込んでいくのと同時に、中空モニタの魔甲冑まかっちゅうリュウキが、分厚い甲冑をきしませてKA1(ケーエーワン)に蹴りを連発してくる。

 リュウキが間合いを詰めるように踏み込み、大きく膝を上げた。

 その角度からの推測では、足技ならミドルキックが妥当。さらに上級者なら、そこから軸足に角度をつけてハイキックという線も考えられる。


 どっちだ?

 それを、KA1は、一瞬で見極めた。


 ――いや、どちらでもない。



【カマドーマ】――と、見せかけて 濤龍覇とうりゅうはや!


 一度上げた膝を一気に振り下ろして地面を勢いよく蹴り込む。するとその反動でリュウキの体が浮き上がり、同時に、メタリックに輝く右腕から眩い光が湧き起こる。

 まるで赤く燃え上がる隕石が重力に逆らって逆走するかのように、その光る拳は下から上へと突き上げられた。


 濤龍覇は、赤い流星と称される魔甲冑リュウキの必殺最強技。喰らえば間違いなく致命傷だ。

 だが、その技は誰にも使えるわけではない。それには決定的な弱点があるのだ。

 濤龍覇を放つ際には、爆発的な破壊力を生み出すための大きく踏み込む初動が必要で、その間に隙が生じ易い。不慣れな奴が使おうものなら、一気に間合いを詰められて一発KO喰らうのが関の山だ。


 KA1とカマドーマの対戦は今日が初めてだ。だが、カマドーマなら、リュウキの特性をプログラムのアルゴリズムレベルに至るまでよく理解している、とKA1は初見で見極めた。

 そこでカマドーマは、その初動を足技に見せることでカマをかけた――と、KA1はそれを見抜いた。


 拳の起動を読む。

 大丈夫、ギリかわせる間合い。


 わずかでも当たると致命的なダメージに加えて麻痺を伴う。

 特に、KA1の操作する『飛翔ノ剛脚ひしょうのごうきゃくセイケン先生』は、薄生地の上衣に黒袴の道着スタイルをベースとした露出多めのコスが特徴的なお姉さん系美女キャラだ。そしてKA1の場合、鎧に類する防御オプションを一切外してスピードを最大限に追求したカスタム設定を適用している。

 ちなみに、普段は高校の女教師をしているという裏設定があり、彼が彼女を先生と呼ぶ所以だ。


 とにかく、セイケン先生のような防御力の低いキャラで濤龍覇を避ける時は、誰もがリスクを恐れて距離をおこうとする。


 だが、彼は違った。

 むしろ、それを勝機と見る。相手が閃光を放つ右腕を振り切った後には必ず余剰動作分の隙が生まれる。

 まるで怯えなど見せず、彼は機械的にその瞬間を狙う。


 予想通りの動き。

 頬を擦るようにギリギリ通り過ぎる拳を、セイケン先生が横目で見る。そして脇を絞るようにして繰り出した彼女の拳が光を放ち、真っ直ぐ相手の脇腹レバーへと突き放たれた。


 それは、一瞬のギャップを狙ったカウンター。

 時間にしてコンマ三秒程度――濤龍覇の直後、その瞬間は、コマンド入力が数ステップ分だけ無効化される特性がある。

 カウンターを避けられないと察した相手は、素早くダメージ回避の特殊コマンドを打とうとするが、シリアルに流れ込むコマンド入力の前半が無効時間に阻まれて認識されない。


 そして、セイケン先生の『雷閃光らいせんこう』を帯びた拳は「しまった!」と相手が言い切るのを待たずして、鎧ごとその腹を砕いた。


【カマドーマ】しまっ うぐぇっ!


【KA1】あまいよ


 体を二つに折り曲げて吹き飛んだリュウキの体は、優に五メートルは宙を舞った。二メートルを越す大きな体はステージに地響きを轟かせて無様に落ちる。すると、相手サイドの中空に浮いているパイプ状のパワーゲージが大きく減衰した。残りは三分の一に満たない。


 相手が立ち上がるまでにはまだ少しかかる。毒性を持つこの技をまともに喰らっては、早々に起き上がることはできない。早期回復のコマンドもあるが、それを考慮しても、十秒は猶予がある。


【カマドーマ】くっそぉ 早く立てぇー


【KA1】さて


 KA1は口角を歪ませてニヤリと笑い、3Dセンサーのアクティブエリアから出ると、口元に伸びたヘッドセットマイクのアウトプットを切る。


「ふぅ~、さすがに五戦連続はきついな」

 彼はホログラムで中空に浮かぶオーディエンス用コメントボードをチラ見する。いつも碌なメッセージがないので気にしないようにしているが、この世界で『神』と呼ばれるようになってから、爆発的に来場者が多くなった。彼は気にしないふりをしつつも、自ずと外目を意識した戦い方に傾倒するようになっていた。


【名無氏】マジ神! 普通それ できねぇ

【名無氏】あいつ 倒せるやつ いねぇのかよ

【名無氏】だったら 次 お前 行けよ

【名無氏】これが 神というやつか

【ジャック・ブロック】うさんくさいわ いかさま ちゃうの?

【名無氏】ジャック 帰れ

【ジャック・ブロック】名前出せや お前

【名無氏】神の 聖戦を 荒らすなって 静かに見てろ

【名無氏】神がいると 聞いて お参りに 来ました

【名無氏】あれ もう フィニッシュ?

【名無氏】挑戦者は 虫の 息

【シモベ】おおぉ 主よ


 彼は雪崩のように流れ落ちるコメントを見ながら、手際よくコントロールグラブを着け替える。


 グラブによってキャラの性能が変わることはないが、戦闘タイプごとに自分に最適化したパラメーター設定をグラブの増設メモリーに記録することが可能だ。彼は適正に応じてグローブごと替える方法をとっている。コマンド入力でも都度変更可能だが、こうすることで実戦中に複数のパラメータをすばやく特性変更できるメリットがある。

 足のコントロールは大きくは変えないため、ダイヤルで微調整した。


 彼はゲームフィールドに戻りながら両肩をぐるぐる回し、体を前後に反らして大きく伸びた。

 センサーを張り巡らせたタイツ状のスーツが全身を這い、彼の引き締まった肉体を一層強調している。ネットゲームの格ゲーと言えど、現代ではコントロールスーツでキャラを動かすモーションキャプチャ方式のリアルタイムコントロールが主流で、その操作性はバーチャル世界で実際に自分が戦っているような感覚だ。

 そのため、半引き篭もりと言われる彼でも、四六時中こればかりやっていては、アスリートばりの身体ができあがってしまうのも不思議はない。


「後はわずかに残ったゲージを削り落としていくだけ。スピードを限界まで高めてのラストスパートだ」

 これは、彼の定番のメソッド。追い込まれた相手を素早いコンボとムーブで撹乱し、焦りの中でさらにミスを助長させる既にルーチンワーク化された彼の鉄壁必勝タクティクス。


 3Dホログラムモニターに映し出されている相手は、ふらふらとよろめきながら、ようやく起き上がった。


「さて、そろそろ再開しますか、っと」


 彼は再びマイクをオンし、コントロールフィールドで構える。それに合わせ、モニター内のセイケン先生もたわわな山を大袈裟に揺らしながら彼と同じ態勢をとった。

 この辺の作り込みは秀逸、プログラマーに感謝。


「行くぜっ!」

 そこから、止めの旋状雷動波せんじょうらいどうはがリュウキを地面に貼り付かせるまでには、三十秒も必要としなかった。





 先程までとは打って変わり、部屋は静寂に包まれている。そして、半ば照明代わりの中空モニターが、暗闇に溶け込みそうな彼を照らし出している。

 すでにスーツを脱ぎ去った彼は、キーコントロール用のホログラムを弾きながらセイケン先生のパラメータ調整をしている。


「あれ?」なんだろう。


 自分の操作に反して、バックグラウンドで何かのアプリケーションが動き出す。そして、突然目の前に出現したゲームフィールドのコメントウィンドーに、彼は思わずたじろいだ。


「うわっ……なんなんだよ。おかしいな。もうゲームアプリは落としたはずだけど……」


 コメントウィンドーは、カーソルが点滅するだけで、一向にそれ以上の動きを見せない。彼はしびれを切らし、ウィンドーを摘み上げて、トラッシュボックスに投げ入れようとした。

 ――が、そのとき、突如カーソルが横に流れ、コメントが出現した。



【FOGARISE】KA1 今夜も 負けなしね


 ……誰だよこいつ。フォ、フォガライズ?

 彼はその名前に覚えがない。


 っていうか、どうやってアクセスしてんだよ、これ。まさか、ハッカーの類か?!


 こういうときは、動揺を見せたら相手の思うつぼ。彼はそう思い、平静を装って音声入力用のマイクスイッチをオンした。



【KA1】……まぁね っていうか、お前誰だっけ? フォガライズなんて記憶にねぇんだけど。


【FOGARISE】今日 初めて ここにきた でも あなたのことは 知っている


【KA1】知ってる? そりゃぁ 光栄だね 最近格ゲーの地下イベント出まくってたから 悪目立ちし過ぎたかな でもあれは運営が 出ろってうるせぇから出てたのであって 俺の本意じゃねぇ ってまぁいいや そろそろKA1のアカウント名変えようかな


【FOGARISE】そうじゃない あなた本人を 知っている KA1は 本名をモジったもの 単純ね


 ……マジかよ。

 うーぷす……図星っす。俺の本名を知っているだって?

 学校の奴だろうか。確かに何人かはネトゲ仲間で、知った間柄だ。とはいえ、学校ではたまに話をする程度の知り合い以上、友達以下の関係だ。 

 だからこそ、これがドッキリって線もないだろう。このギリギリ粘性を持ったような仮想のつながりで、こんな生々しいイベントを勃発できるような奴らはない。

 まぁ、仮にあいつらだとしても、それならそれでまだイイ。こっちも相手の素性を知り得るからな。問題は、一方的にこいつが俺を知っているケースだ。こいつは、何かヤバい気がする……。


 そんなことを呟きながら、クラスメートの顔を一人一人思い出して脳内を攪拌するうち、彼は吐き気がしてきた。


 彼は子供のころから、集団の輪から外れて生きてきた。

 そう言うと、性格的に難のあるコミュ障の類に思われそうだが、彼は元々人懐っこく、そうなったのも他者から拒絶されたわけではなかった。むしろ、寂しがり屋で人とのつながりを求めた幼少時の彼は、広い交友関係を築いてさえいた。

 しかし、彼はある日を境に自発的に交友関係を断った。

 反抗期。小学生デビュー。一度周囲に固着した孤高の空気は彼を追い続けた。中学、高校と経過するにつれ、それはより強固なものへと変化し、定着した。つまり、学校生活の中で彼は誰からも距離を置かれ、完全に孤立した。


 それでも、彼はそれで良いと思っていた。やり過ぎた感はあるものの、彼の本来の目的は、それによって充足されていたからだ。


 とは言え、彼の意識の及ばぬ心の隅に、何かに繋がりたいという欲求が残っていたというのも事実だ。その孤独を埋めるように、独り日常を過ごす中、彼は偶然出会ったネットゲームにどハマりした。


 特に格闘ゲームに才覚を見出した彼は、この架空の世界で自分の居場所を得た。ここではお互いの関係ですら、架空の産物の一つと割り切ることができる。どんなコミュニケーションも、ネットを切断するだけでシャットアウトすることができる。そんな安心感が、薄膜のような人との繋がりを許した。


 しかし、最近は調子に乗り過ぎたのかもしれない。彼はそう思った。

 地下系イベントの格ゲー大会に頻繁にエントリーし、ことごとく優勝をもぎ取ることで、彼の注目度が上がっていた。

 今日のイベントもその一つだった。決勝の対戦相手だったカマドーマは、この業界でも有名なプレーヤーで、高いスキルとヒールなキャラが受けて大きな人気を博していた。だが、結局KA1の前にはただのおしゃべり人形でしかなかった。

 KA1を神と崇める輩も、今では少なくない。



【KA1】おい お前は 俺が知っている 奴なのか? 本名 教えてくれよ


【FOGARISE】それは ダメ


【KA1】は? じゃぁ なんでここに来たんだよ


【FOGARISE】興味本位 ただ 伝えておこうと 思って


【KA1】……なにを だよ


【FOGARISE】ゲームで不正は ダメ 引き籠りも ほどほどに



 ?! ……なっ、なんだ、こいつ。


 彼はひるんだ。

 ゲームにおいて、不正をしているつもりなど毛頭ない。だが、そう言われると引っ掛かるものがあった。つまり、彼にとって、それは無意識の内に行われている可能性も捨てきれない事情があったからだ。だからこそ、それを明確に否定できず、音声入力のキーが震えた。


【KA1】なな、なんの ことだよ ちょっと意味 わかんねぇよ


【FOGARISE】……



 相手は何も言わない。少しの沈黙が、彼には幾時間にも思えた。


 こいつは何者だ? っていうか、そもそも閉じたはずのアプリを強制起動させている時点で、このメッセンジャーへのアクセスこそが不正だ。誰かは分からないが、それなりの技術を持ったハッカーの類か。


 彼は流れ落ちる汗を濡れタオルで拭きながら、次のコメントを待った。しかし、FOGARISEなる者からのメッセージは、一向に来なかった。



「……一体、なんだったんだよ」

 彼はコップに注いだ冷や水を半分ほど飲むと、それをサイドテーブルの角に置いた。そして、疑心暗鬼になりながら予期せず立ち上げられたゲームフィールドをシャットダウンした。


「ふぅ……ちきしょう、こいつのせいで気分悪く……おっと、危ない」


 彼は何かを思いついたかのように、突然サイドテーブルのコップに手を伸ばしてそれを掴み取った。するとその直後、床が唸るように揺れ始めた。



「――また地震かよ。最近やけに多い気がするな……『ソラシマ』は耐震性に優れているって触れ込みじゃなかったのかよ、ったく」

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