がんじがらめの頂点
この地には、一つの伝説が語られている。
「世界に”闇の王”現れしとき、”光の御子”が西の果てセグルより産声を上げ、その災厄の喉をかき切るだろう」
それはやや、過激な表現のなされた口伝だった。
しかし、この世界には幾たびも強さと知能を合わせ持った恐ろしき怪物が生まれ、その都度”魔王”、”魔神”などと呼ばれながらも、勇者が現れるまでは、人々は暗闇のなかで下を向いて生きねばならなかったのである。
英雄が誕生することは希望そのものであり、何よりも、そのお告げは神の降臨に等しいものだった。
「ああ・・・。この度の絶望にも、立ち上がってくれる青年が生まれてよかった・・・」
「ええ、あなた。クレマンスさんのお子さんたら、産後すぐに日常会話より中級攻撃呪文を呟いていたらしいわよ」
輝かしい太陽の下、今日そのたくましく育った《青年》は、町の人々の祝賀を受けていた。
・・・どこか落ちついた物腰、その重大な責任からは考えられない涼やかな受け答え。
近隣に住む女性たちは、みな彼に憧れていた。
「おお、ジンク君。もう壮行会から旅立つというのかね? こんなに町が熱気に沸いているというのに・・・。『急いては事を仕損じる』なんて言い伝えもある。もう少しゆっくりーー」
「いえ」
町長からかけられた優しい言葉に、微笑みを浮かべながら青年は首をふっていた。
「これ以上、時間はかけられません。何より、今このときも、”奴”に挑む人々は殺されていっているのですから」
む、と真剣な顔になった町長に、ジンクはぺこりとお辞儀する。
握手を求められ、「みんな、彼が旅立つぞ!」という声に、その町の広場は最高潮の高まりを見せたのだった。
「・・・なあ、ジンク」
町を出てから数分後。
あれほど騒がしかったのが嘘のような道行きの中、その言葉はかけられていた。
「本当にパーティーメンバーは俺なんかでよかったのか?
・・・いや、それほど自分でも”弱い”とは思っていないけど、お前の異常さに見合った仲間は、都会のギルドに行けばいくらでもーー」
「バカねえ、ローダート」
あと一人いた女性の魔術士が、あきれたように両掌を上に向けていた。
「ジンクにつり合った強さの”仲間”? そんなのいるわけないじゃない。
彼、3年前の15の時にはすでに、光影割斬剣を使いこなしていたのよ? 魔神どころか、天地を割るレベルの技よ!?」
もはや何も言うことがない、というように魔術士フィアナは勇者を見つめていた。
どれほど魔王ーーいや、今回のは特に強いと言われているから”魔神”かーーが危険かは知らないが、ジンクの恐ろしさはそんなものではないのだ。
「フィアナ、今回の旅について来てくれ」
そう言われた時、彼女は本当に喜んだものだった。
幼い時から皆の脚光を浴び、それを歯牙にもかけない彼は、誰よりも素敵に見えていたのだ。
しかし・・・
「いいかい? 僕はあまり目立った話を作りたくないから、君に同行してもらう。あとはローダートくらいかな・・・。いちおう”三人で”倒したことにしておけば、まあボチボチ頑張った、みたいなところに落ち着くかもしれないだろう」
そして、”戦いには参加しなくていいから”と言って見せてくれた彼の真価は、憧れを越えて恐怖を抱かせるほどに、暴虐のレベルへと達していたのだった。
(まさか、山を消滅させる、天変 級の呪文まで唱えられるとはね・・・。私にやることなんか、ないっての)
どこか悲しい気持ちになりながら、彼女は歩いている。
もう一人の楽観主義仲間は、心底この冒険を楽しんでいるようだったが、おそらくあっという間に地元へと帰ってくることになるだろう。
「来た」「見ないで」「勝った」
それを成し遂げられるレベルなのだ。今のジンクは。
「・・・あっ、そう言えばさあ・・・」
どことなく空気が沈みかけたその時、すでにお馬鹿キャラが定着しそうな仲間が、また話し出した。
「俺たちの町、《セグル》の町道からちょっとそれた林の中にさ、”帰らずの岩屋”ってのがあるの聞いたか?」
「!」
それは一瞬の反応だった。
たとえ、他の誰かが同じ表情をしても、そこまでは印象に残らなかっただろう。
(ーー何? 今のジンクの反応は!?)
だがそれが勇者、今までに一度も動揺など見せたこともない青年の驚きならば、話は違ってくる。
「・・・ああ、あれだろう? 子供なんかにはただの小さな洞窟だが、屈強な冒険者かなんかが入れば、二度と出てこないとかいう」
すぐにいつもの落ち着いた態度に戻って、ジンクは答えていた。
それも鼻の利きそうな奴に限っていなくなるらしいから、「あの岩屋には、”どんでん返し”みたいな仕掛けがある」とか変な話が・・・
ないない、と笑って勇者は手を振っている。
完全にいつもの調子だ。
「ーー行きましょう、そこに」
と、フィアナがいきなり断言していた。
「!?」
「旅の始まりには、いい腕試しでしょう? セグルの近場にそんな所があるのも危険だし、ここは私たちがーー」
「ダメだ!!」
二人が驚くような声をあげたのは、ジンクである。
彼は、しまった、というように頬をゆがめながら胸の前に手をそろえていた。
「・・・いや、僕たちはそんなことをしている場合じゃないはずだ。一刻も早く、東の果てにある『ミセスヴィア砂漠』に向かわねば。”闇の王”がそこで待ってるし、ヤツを倒すことができるのは僕だけだから」
(だから、それほど力のある貴方がムキになってるってのが、怪しすぎるのよ!)
心ではそう叫びたかったフィアナだが、さすがにそれ以上彼に無理強いすることはできなかった。
実際に、魔神によって今も多くの命が失われているのは間違いがないのである。
どこか釈然としない思いを抱えながらも、彼女は本来の目的へと足を向け、圧倒的な戦いを観戦しただけで帰路につくことになったのだった。
ーーその旅のーー いや、勇者”ジンク”の真実は、それよりも遥か、1600年の昔の話になる。
まだ大陸の人々が、混沌とした小国にわかれて争っていたころ、セグルに『第六天魔王』が出現した。
これは、およそ世紀単位で現れる、『魔獣を統率するほどの、知性と強さを備えた魔族王』などと呼べる生物ではなかった。
その強力さは星すら凌駕しており、5700℃もある惑星の核を、2900㎞の分厚さのマントルごと数秒で凍りつかせるという、もはや手のつけようもない魔力を有していた。
たった一振り手をかざしたために宇宙に虚無が生まれ、”天の川銀河”すら新星誕生させた第六天魔王だったが、彼には欠点もあった。
頭が良すぎて思慮深すぎる点と、聴覚過敏症である。
ーーまず、彼は自分の星を壊さずに人間を絶滅させるのは不可能だと判断した。
第一に、彼らはしぶと過ぎる。
過去の魔王がすべて打ち倒されてきたこともあったが、それよりも飢餓に苦しみながら、泥のついた木の根をかじって生き延びるなど、魔物にすらできることではない。
第二に、彼らの思い上がりが恐ろしい。
「地球を治めるのは自分たちだ」と、どこからそんな思い込みが生まれたのか知れないが、魔物以上に卑劣な行為を繰り返しながら、狂気の眼差しで自分たちへと向かってくる。
そして止めが、己の聴覚過敏症である。
(・・・やれやれ、天は二物を与えてくれんのう)
そんな思いとともに、彼は毎日を過ごすことになった。
むろん、規格外の化け物である彼を脅かす者など現れるはずもなく、概ねは平和な日々が過ぎ去っていくだけである。
ーーだが。
「ドンッ!」
ビクッ!!
部下の魔将軍たちが、今日もヒマ潰しに力比べをして、じゃれつきながら遊んでいるようだ。
もはや手下ですら魔神ほどの力をもつ『第六天魔王』だったが、そこはそれ、体質的な聴覚過敏反応は、どれほど屈強であろうと防ぎようがなかったのである。
”セグル” の地のダンジョン最下層にいた彼は、「いま上で暴れたヤツらを連れてこい!!」と副官 エグリゴリによく命じることとなった。
そしてすごすごと現れたやんちゃ者たちに、さっと爪の垢をふりかけて、苦しみにのたうち回らせてゆく。
・・・ふう。
「ーー いや、エグリゴリよ。本当はこんなことなど、やっている場合ではないのだ。一番の問題なのは、やはり人間の動向である」
「・・・」
鋭すぎる聴覚を持つ主は、そんな風にいつも恐れをなす暮らしをしていたようだ。
「うーん。そうですねー」
難しそうに相槌をうつ副官も、長い年月を”彼”に捧げてきたこともあって、繊細な気持ちを考えるようになっている。
”ーー どうやら、めんどくさいことに、この地には数百年ほどごとに「闇の王」が生まれるらしいですな ーー”
やがて、副官が話し出したのは、彼らにとっては日常だが、人々にとっては“非日常”の伝説である。
魔物に向けられる人間の目は、そういった時には尋常じゃないものへと変わり、闇より恐ろしい、理不尽な虐殺が始まる ーー
大人しく居城に引きこもっている第六天魔王は、ずっと息を潜める過ようにごしてきたのだ。
「・・・わびしいですよね・・・」
「・・・あっ」
恐らく、そのおかげかもしれない。
人間たちが度々勇者フィーバーで盛り上がっているのを思い出し、彼らにある案が浮かんだのだった。
「・・・なあ、エグリゴリよ」
おもむろに、主は部下に問いかける。
「人間は、実際のところ恐れているんだよな? 我々を。だから躍起になって襲ってくる」
「まあ、そうですね」
にべもない返事を返す副官。
「ならば、我々でヤツらの恐怖する『魔王』を倒してしまってはどうじゃ? 出てくるごとに何度も退治してやれば、「魔物なんてそれほど恐れるものじゃないな」と、平和な心を取り戻すのでは?」
「おお、それは・・・」
始めはどうかと思うような案だったが、それほど悪くないかもと、エグリゴリはその話に乗った。
「やってみると面白いかもしれませんな。・・・我々がそのまま倒してしまっては、”より強い魔物がいるではないか”と怯えさせるため、人間に化けてやっつけるのはどうでしょう?」
「うむ! むしろワシが『勇者』とかになってな!!」
ふっはっは!
玉座のひじ掛けをたたいて笑い合ったその作戦を、まさか自分たちで実行するとは予想もしていなかった。
しかし、屈強な魔族はほとんどが大雑把な性格のため、ちゃんと任務をこなせる副官か、”王”のどちらかが行くことになり、相手の力量が未知数であるリスクも考えて、御大出陣、と相成ったわけである。
「光影、割斬剣ーー!」
ドッゴアアアーー!!
今、第六天魔王こと”ジン・クロフォード”は、新しい魔神をこの世界から滅殺していた。
小指をついっと斜めに引き上げる程度の力で、敵を二分したあげく、まるごと消滅させるほどの光の柱を出現させている。
(・・・ふん。人間に転生して面白かったのは、光の属性の力も使えるようになったことだな)
そんな意外だったことを考えながら、ジンクは勇者に代々伝わるという、(・・・というか、副官エグリゴリに『伝説』と共に用意させた)《竜剣》グラムを鞘におさめていた。
どうやら人間は、”精神”や”心”なるものが確固とした一つのものとして存在していると思っているようだが、《天魔王》の頭脳を持ってしても光魔法を使えるということは、彼らの細胞そのものに神の祝福が宿っていると考えていい。
「そういえば、キメラにえぐい細胞移植を行った者が、『前の心臓の持ち主のおかげで、明るくて酒好きのモンスターができた』とか言っていたな・・・」
「やっちまったなー、ジンク!!」
「ホントに! 大丈夫だろうとは思ってたけど、やっぱり実際に見ると衝撃だよねえ!!」
小難しいことをうだうだと考えていると、後ろからローダートとフィアナに、飛びかかられてしまった。
ぐらりとよろめきながら、青年は仲間の身体を抱き止め、その喜びをしばらく共有することになる。
「!?」
しかし、何か魔族の時とはちがう体の高鳴りを覚えながら、ジンクは一瞬とまどっていた。
(・・・ああ。やはりそうだ。いつもなら人間の女なんぞに何も感じないのに、今は思考よりも皮膚から脳細胞にかけてフィアナに心地よさを感じている)
この衝動を心としてよく調べていけば、正体のよく解らない人間なんぞに恐れを抱かなくてすむようになるーー
しょうもない策略を立てていたジンクは、不意にフィアナの胸を思いきり触ってしまい、触られた彼女より赤くなって身悶えることになった。
「ねえ、世界を救うっていう大変な偉業も終えたことだし、セグルの町に帰るまえに、ちょっと例の”帰らずの岩屋”に寄ってーー」
「却下ぁ!!」
ドキドキする心を抑えながらも、想像以上に柔らかくて温かかった女性に告げる青年だった。
ーーこの世界の誰よりも強く、いずれはフィアナを始めとして、全ての未知も克服するーーかもしれない男、ジンク。
しかし、その第六天魔王が最後にたどり着いたのは、愕然とした真実になってしまったという。
それは、ピラミッドの頂点にいる者ほど足場がせまく、誰よりも勝手に動けず、多くの意見のために働かねば即刻ころがり落ちてより危険になる、「己の立場はやっぱり危ういものだった」という事実だった。